第162話 封じられし者
魔力線だけがずっと道に沿って引かれている。これは、どこかの企業や個人が作り上げたものではない。この道もまた迷宮であり、迷宮自身が作り上げたものに、実際に意味はない。
『ピトフーイ、とっとと進むために、あの不浄なる獣を呼び出そうという欲望が、お前の脳裏によぎったのではないか? そのように言語道断な違反行為は許されないのだ』
シグネットが厳めしく警告した。もちろん、シエラはそのようなことは考えていなかった。今彼女が追体験しているエルフは、以前迷宮にて有毒な魔物カトブレパスを召喚する力を得ている。農作物に実際に被害を出し、当局と朔月騎士団に目を付けられていて、〈邪炎のクレウーサ〉と同じように封印措置を受けている。
だから、ピトフーイがどれほど望もうとも、再び怪物の忌まわしき蹄が地面を踏み鳴らすことはないし、金切り声のような咆哮が轟くこともない。決して、有毒の呪詛を吐き散らすこともないのだ。それでも、彼女は自分がまたカトブレパスを呼び出してしまうのではないかと恐れ、幻の警告者シグネットを生み出してしまったのだろう。そして同時に、呼び出したいという願望も抱いている――カトブレパスを放牧する牧場を運営したいなどと考えてさえいたようだ。
その夢は潰え、こうして歩くことしかできないのであるが、その鬱屈がピトフーイをのちに発狂に誘うこととなるのだ。
「失礼、アーンの高街はこの方角で合っているのだろうか? 見慣れない場所で、どうにも往生してるのだ」
一人のエルフが声をかけてきた。東バカンの訛りが僅かにあるように思えた。シエラは、アーンの高街などという場所は知らない、と言った。
「そうなのか? そいつは困った――」言いながらエルフは、服に付着した何かを払う仕草をする。それは、無数のおが屑であった。
チャフ――それがこの人物の名だ、とシエラは思った。〈語り手〉がある日話した、何らの落ちも教訓もない話、その主人公である。なぜこの記憶にチャフが紛れ込んだのだろうか? このままでは、このピトフーイの記憶もまた、意味のない小話と化してしまうではないか。
ラップローヴにてシエラはチャフを斬った。彼は一匹の羽虫に姿を変えた。彼が現れたことに意味はないし落ちもない。何人目のチャフなのか知らないが、服から払い落としたおが屑のように、すぐ忘れてしまうのが一番だ。