第160話 再現された世界
暗闇を駆けながら、シエラの脳裏に相反する二つの考えが浮かんだ。
一つ目は、せっかく目的を設定したのに、ラップローヴか〈語り手〉か世界そのものか分からないが、さまざまな妨害で全く前に進めないではないか、という嘆き、歯がゆさ、不満。他の保有者も苦しめられた転移の連続、そのせいでギョールへたどり着くことはなかなか難しそうだ。アルバトロスと彼の手勢たるワイルドハント、それらとの対決もろくに出来てはいない。
二つ目は、別にそんなのはどうってことない、という考え。元より自分は目的などないのが当たり前だったし、キャスクボトムへ向かうというアイデアも、偶然出会ったレオニダスという風来坊が思いつきで挙げたもので、無理なら従う必要などないではないか。
一つ目のアイデアは、風生まれとしての本来のシエラではなく、ラップローヴに蓄積された人々の思考によるものだと思われる。
では、ここで二つ目の考えを全面的に採用し、目的地を投げ出すべきだろうか。
シエラは走りながら、否、と答えを出した。まだ、目指し続けるべきだ。風の吹くままに進むのが風生まれという種族であり、ラップローヴという魔剣の到来もまた、自分にとっての風だった。
暗闇を抜けると、熱砂がシエラを出迎えた。再び帝国の地に舞い戻ったのは間違いないが、人々がごく普通に行き交う、都市の入り口だった。吹き抜けの天井の広場と、ダグローラの像。見覚えがある。ラップローヴの中を探ると、ここがベイリンという都市であることを思い出せた。ガヴィンが聖地ロドーを目指す過程で立ち寄った場所だ。
「おう、テセウス。こんなところにいたのかい」
銀髪を後ろで纏めた、浅黒い肌の青年が話しかけてくる。傍らには長身の甲冑を纏った戦士がいる。この二人も、ガヴィンの記憶で見た覚えがあった。〈汽水のカリグラ〉と、癒し手のポーカだ。カルグラは、こちらに話しかけてはいるが、目線は遥かに高い場所に合っている。彼が呼んだテセウスという名は、ガヴィンが組んでいた迷宮守りだ。
そう思った時、シエラは自分が帝国の迷宮守り〈向こう傷のテセウス〉になっていることに気づいた。今や長身の身で、カリグラと視線を合わせている。
「闘技窖でちょいと小遣い稼ぎをな、新入りのエルフがなかなか良いセンスをしてるもんでね」そう言いながらシエラは、これはラップローヴに刻まれたテセウスの記憶、いや彼がいた世界が再現されたものだということを認識する。ラップローヴが成長しているか、自分たち一連の使い手たちが、更に使いこなせるようになってきているかどちらかだ。