第159話 劇中劇
そこでふと、シエラはアレッシアを見やった。この異世界の英雄は、確か世界を破壊したり改変したりすることに対し、あまりよい顔をしないのではなかっただろうか。うろ覚えだが。彼女に、今からニムロドを呼び出し、この非現実だか劇中劇だか幻覚だか分からない場所を崩壊させる、と宣言する。腕組みをしたまま巨体の英雄は、ただ頷いた。もとよりアレッシアの評価など、あまり気にする必要のないことではあった。
しかし、未だラップローヴは、無から誰かを生み出すことはできず、生物を斬って変身させる必要がある。だが、大崩壊の渦中の帝国には、どこにも生物は見当たらない。砂の中に蟲一匹くらいはいるだろうと思っても、いやしないし、砂煙の中、何かの影が揺らめきはしても、そこに目をやると既に消えている。
これはラップローヴの大きな弱点だ、とシエラは認識を新たにした。無から何らかの生物を生み出す力でもない限り。そう考えると、メリッサのようなデュルガリア人が持つ、デュルガー召喚術は理想的な力かも知れない――正確には召喚術ではなく、迷宮病の症状と呼ぶべきものだが。メリッサがこの病理に罹患さえしなければ、無事にフォルディアで魔女の私兵として使命を全うし、今頃は騎士階級にまで上り詰めていたかも知れないのだ。
そのようなことを思索しているうちに、砂煙は濃さを増し、辺りはやがて完全な闇に包まれた。キャスクボトムの地へ向かうためにアルバトロスと相まみえるどころか、このまま帝国とともに崩壊に巻き込まれるのではないか。やることもなくなったので、シエラは風生まれの本能に従い、ひたすら駆けることにした。
暗闇の中には、世界そのものが軋むかのような音が響き渡り、それも消えると〈語り手〉の歌い上げるような声が幾重にも反響しはじめた。無数の物語を朗じる、その語りはあるいは、一つ二つの世界が崩壊しようと再び生み出してみせるという彼女の意思だったろうか。語りの内容は判然としないが、未知の英雄たちが困難に立ち向かう印象的な場面のようだ。幾通りもの逆境に、彼らは翻弄されはするが、今のシエラと同じく立ち止まることはしない。彼らが足を止めない限り、物語も止まらない。
暗闇にやがて、光が射しこんだ。それを目指してシエラは疾駆する。