第157話 中断
それからどうなったかはシエラが直接目撃したわけではないが、後日噂話で聞いたところによると、以下のような結果になったそうだ。
〈白き翼の旅団〉の傭兵たちは、意外にもやる気を保持したまま低空飛行を続け、転移者たちは気楽に酒など飲んだり、歌など歌ったりして、下の道をゆく人々に手を振ったりなどもしていた。しかし、急に暗雲が立ち込める。同じく低空飛行していた野良グリフィンが襲撃したのだった。旅団員たちはロック鳥は好きだがグリフィンは嫌いだったので、逃げればよいものを徹底抗戦を選んだ。相手が単独ならどうにかなっただろうが、群れであった。
ロック鳥が攻撃を受け、アヴァ・マコネルは空中に投げ出された。一巻の終わりかと思いきや、一筋の稲妻が彼女を打った。
ヴェントでは銀の髪の持ち主は雷神ソリスに祝福された身である、とされている。それは間違いのないことだったのか、アヴァは魔法具を獲得した。
手にしたそれは勢いよく矢のように浮上し、纏った雷とともにグリフィンを貫いた。辺りには肉の焦げるにおいが漂い、雷鳴と閃光で誰もが怯み、気が付いたときには空は晴れ、グリフィンたちは堕ちていた。本人を含め、全員が信じられなかったが、魔剣はアヴァに強大な力を与えたのだ。
エルナが死闘を演じた南塔卿ラディスラウスのように、ソリスの祝福を受けた者は雷そのもののように迅速で危険な戦士となる。そして、かつて大崩壊の折、ヴェント人の先祖たちを導いた初代王のように、アヴァは無事リニィへと仲間たちを誘ったのだという。
シエラがトゥヘッズを出てグリモへ入ってから、アヴァの話をなぜか何度も聞いたが、ここまでの流れは概ね同じで、話す相手によってこれからが異なっていた。
地下迷宮へ潜り吸血鬼を狩ったり、帝国へ渡ったり、その力を見込んで勧誘して来た烏合衆の一員となった、ヴェントへ行って騎士になった、魔剣を持つ者で徒党を結成し更なる冒険へ旅立った、などだ。
〈語り手〉との邂逅を経たからか、この件に関してシエラは妙な考えを抱いた――何人かによって物語られたなら、それは世界が分岐したことを意味する。それらのうち一つが正しいのではなく、全てが正しく、同時に存在し続ける。それらの分岐した世界で物語られた話もまた、全て存在する。分岐した異世界がこの世界に干渉することもあるし、同化することも、衝突することもある。かつて大崩壊が起こらなかった世界もあるはずだし、ラップローヴが存在しない世界も、愚かなるシェヘラザードが運よく生き延びた世界もあるはずだ。
アヴァが墜落したことで迷宮守りたちが全滅した世界もあるのだろうが、それは大して人気がなさそうなので、いつしか消滅するだろう。
そう考えれば、世界は物語性によってある程度保証されるかも知れない。
そして、今からシエラが相手取るワイルドハントは、物語られることなく中断した者たちの亡霊であり、半ばで朽ちた世界そのものなのだろう。