第155話 水上都市、トゥヘッズ
渡し舟は一挙に幅の広い濁河を渡るのではなく、中継地点の中州へ到達した。そこはいくつかの小島の上に架かった橋の上にあり、そのまま中州を意味する〈トゥヘッズ〉と呼ばれていた。船着き場を出るといきなり、二首の竜の像が鎮座している。これはもしかすると、この街の名と「二首」を掛けた冗談なのか、それとも実際にこういう竜が昔生息していたのか、とシエラは考えたが、あえて誰かにそれを尋ねることはしなかった。
市場では蟹がとてつもなく大量に売られている。これまでに見たこともないほどの、大小さまざまな蟹が生きたまま水槽に入れられたり積み重ねられたりしていて、ガサゴソと動いている。近くの酒場の前では、柄の悪い野郎どもが何かを話し合っている。これが噂に聞く河賊という奴かと思ったら、むしろ彼らは河賊を狙った賞金稼ぎらしいと会話の内容から分かった。この都市はシエラのように渡河の途中で立ち寄った旅人や賞金稼ぎ相手の商売と、蟹漁で成り立っているようだ。
「おい、そこのあんた! 見た所暇そうじゃないか!」いきなり、そういった失礼な呼びかけがあった。そこには酒のにおいを漂わせる人間がいた。彼女は、これまで会った人物の中では、エルナが最初に打ち倒した仇である侠客〈逃げ水坂のメイヴ〉に最もよく似ていて、そこから暴力とアウトローの雰囲気を拭い去ったような感じだった。歳も彼女より若く、輝くような銀髪が目を惹いた。
シエラはとりあえず、どうしたのか、と尋ねる。
「あたしはリニィの迷宮守りなんだけど、さっきいきなりこの場に転移しちまったんだよ。さっきつってもほんの一分前くらい。そんで、同じ酒場にいた仲間が何人かいるんだけど、ビビって吐いたりガタガタ震えてる奴もいて大変なんだよ」
転移を何度も経験しているのでエルナは、それはビビっているのではなく空間移動の後遺症で、落ち着いて休めばすぐに収まる、とアドバイスした。安い酔い止め薬で十分収まるから、そこらの店で買っていくと良い、と告げると、メイヴに似た人物は少しばかり落ち着いたようだ。
「そうかい、ちょいとその辺まで付き合ってくれるか? ここがどこなのかすら分かんなくてさ」
移動しながら、ここはバカンとグリモの国境である濁河、その中州のトゥヘッズという街だと説明する。モーンガルド王都であるリニィまでは遠く、長距離の転移門を使うか護衛を雇った方が安全だ。
「そんな金ねぇぞ、ああ、なんてこった。いや、だけどヤバい迷宮の深層とか、帝国の大砂漠に放り込まれなかっただけツイてるか? あたしも吐きたくなってきたぜ」