第154話 目的地
シエラはキャスクボトムの地について調べることにした。脳裏にこの不可解な場所を思い浮かべ、どのような風景か情報を得る。単なる空想であり、それは現実とは何らの関係もない、と、ラップローヴ内部の人物たちは否定的な考えを抱くが、それは彼らが風生まれではないので無理もないことだ。
大穴の上に広がる蒼穹、流れ込む熱い空気、底の市場の香辛料の香り、どうやらこれは帝国だ。ブロウが目指したクーシャ亜大陸や、風生まれの商人〈露天商〉が滞在していた集落などが近い気がした。すなわち、コスの南部だ。
シエラが、では帝国へ向かおうかと判断しかけたとき、市場の人混みの中に、不敵なる影が見えた。それを目にしたとき、ワイルドハント討伐者である〈不覚のエイレーネー〉と最後に交わした会話がよぎる。
彼女は、風生まれであるシエラに特別な警告を授けた。注意すべき大敵、その名は〈アルバトロス〉こと〈隠れ径のオベロン〉。このエルフの邪術師は悪辣な騙し屋である。彼の目的は他者を迷わせ、〈ワイルドハント〉を人為的に生み出すことであった。通常、旅の果ての横死と膨大な魔力という偶然の条件が揃って初めて生まれる魔物だが、アルバトロスはその邪悪な命装にて、人造迷宮を生み出し、思いのままにワイルドハントを作り出すことができる。
歴史上多くの風生まれが、彼の手にかかり、悍ましき魔物に変異させられてきた。
シエラは誤った道を選ぶところだったと気づいた。もし、このまま帝国を目指したのなら、その旅路がアルバトロスによって迷宮化され、たどり着けもしない場所へ向けて延々と劫罰のごとき歩みを強制されていただろう。それこそが、この邪術師の最初の罠だったかも知れない。
キャスクボトムは帝国ではない。むしろ――ギョールだ。かの極寒の地にこそ、目指す灼熱の大穴はあるのだ。マルゴルよりの天啓のような突飛な考え、だが、それは風生まれにとって明確な道しるべである。
シエラは北を向いた。それは、〈隠れ径のオベロン〉の第一の挑戦を退けたことを意味していたが、同時に彼との長い戦いの始まりでもあった。
進むべき場所が決まったのでシエラは駆ける。数日で、バカンとグリモの国境である〈濁河〉へ到達した。
湖のように水平線まで続く濁った水、さすがのシエラも水上は歩けないし、泳いで渡るというわけにもいかない。渡し舟か転送門の世話になる必要がある。後者はすぐに向こう岸へ行けるが値段が高い。シエラは舟を選択した。
復讐者エルナの最後の標的であり、彼女が仕留めそこなった風生まれのスリ〈シャンティ〉が、ラップローヴの中でその本領を発揮したがっている。ベンシックの漕ぎ手が歌うそれに合わせ、エルナも景気づけとして口ずさむ。やがて他の舟からも、その歌が聞こえ始めた。
ああ、深きマーキィ・リヴァーよ
酔いどれの妖精たちよ
故郷の空まで風よ吹け
雲よ晴れろ 岸よ近づけ