第153話 出立
「いささか難しい目標じゃねぇのか? 先祖が夢で見た場所って、手掛かりが少なすぎんだろ」
風生まれは、そのような考えになじみがない、とシエラはレオニダスに説明する。目指すか目指さないかという二択であり、目指す場合近づけて目指さない場合近づけない、というのが基本的な意識だ。目指すつもりがなくなったらそのとき中断すればいいだけの話であり、その意欲・衝動のみが目的地へ到達する裏付けになる、と風生まれとマルゴルは定義している。
「そうかよ、オレは止めるつもりはねぇけどな。こっちも今熱い猟官運動を続ける。我が衝動に従う、あんたと同じだ。ナグムズの至高者やオオヒバリ商店街ふれあい騎士、エレノアズポート海鮮グルメ勲章叙勲者といった魅力ある地位を、オレは金で買う」
レオニダスはあまり意味のない趣味に金を使う浪費家と思っていたが、バカン王国内の地域振興に貢献しようという気持ちはかなり強いようだった。留年のためにエボンウィングへ支払った学費も含めて、母国へ金で寄与する姿勢はある意味模範的とも言えた。ナグムズ肉を食べ終えるとレオニダスは、自分に用があったらエボンウィングの神学部寮に来てくれ、と言って去った。
キャスクボトムを目指して、メサの街を後にするシエラだったが、黒い雲が晴れた辺りで、二度と聞くことはないと思われた〈語り手〉の声がした。
【新たなる物語に、足を踏み入れたのですね。わたくしは未だあなたを後継とすることを諦めてはおりませぬが、それよりも外側より、あなたを物語ることといたしましょう】
あなたはニムロドによって呪殺されたはずだ。
【そのようなことはありませぬ、ただ、ページについた染みによって物語がひと時、中断したに過ぎないのです。努々、忘れることなかれ、シエラ。世界は常に、誰かによって物語られているということを。あなたのキャスクボトムへの旅は、我が君をも楽しませましょう。まだ夜は長いのですから――】
彼女は今、東の宮殿の閨において、皇帝に物語っているのだろうか。現在、シエラのいるエノーウェンでは、愚かな語り手として、既に伝承の中にしか存在しない。こちらが彼女を物語っているとき、彼女もまたこの世界を物語っている。
今や、語り手シェヘラザードの声は聞こえなくなった。眼前には白紙のページのような平原だけがある。