第150話 商業利用
シエラがメサに入ったのは正午の少し前だった。活気ある市場が、入り口の門の内側に続いている。無論空には、都市の不気味なマスコット、上半身のみの巨竜ナグムズが浮かび、渦巻く黒雲と赤い稲妻が周囲を彩っている。竜の肉体の切断面から、シエラが見ている前でぼたぼたと、にわか雨のごとく血肉が降り注いだ。近くの屋台の店員らが、「お、もう〈肉降り〉の時刻か。忙しくなるな」などと言いながら慌ただしく動き始める。
屋台の裏手には大きな箱がいくつか並べられ、そここそが血肉の落下点だった。競りが開始され、落下してきたばかりの竜肉に対し、店主たちが値を付けていく。
周囲の屋台は「ナグムズ焼き」とか「邪竜印の血入りソーセージ」といった焼き物をメインとして売っている。観光客たちが驚嘆の声を上げて邪竜を見上げる。毎日決まった時刻に鳴くらしく、地獄の底から響くような咆哮とともにランチタイムの開始が告げられ、「ナグムズ焼肉弁当」の販売や、竜骨の競りが開始される。どちらも人気で、あっという間に黒山の人だかりができた。
近くのベンチで弁当を食べている、黒いローブの人物がいた。シエラは彼に、この街はあの怪物を商業利用しているのか、と尋ねる。
「そりゃあそうだろう。毎日ただで降って来る、精の付くうまい肉を無駄にするわけにはいかないからな。これぞ竜の恵みだ。お前さんも他所から、ナグムズ様を拝みに来たんだろう。たんと食っていくことだ」
その肉には何らかの健康被害はないのか。
「馬鹿言っちゃいけねぇ、こいつで健康になりはしても、損なうってことはない。大方、反ナグムズ主義の商売敵にでも何か吹き込まれたんだな? 真に受けちゃいけねぇよ」
シエラは彼に礼を言ってその場を立ち去る。一般的に風生まれは気まぐれで落ち着きがなく、どこにでも入り込んでくるため、他種族からすればいくら慣れていても、無礼と思われることが多い。おまけに早口で助詞を省略し、独自のスラングや擬声語の多い言葉遣いもあり、言っていることが分からない、と概ね考えられている。ラップローヴが馴染むにつれて、本に記憶されたこれら他種族の考えを参考に、シエラは努めてゆっくりと丁寧に話すようにしていた。風生まれのイメージに反して、丁寧な旅人というよい印象を容易に与えることができる。