第145話 都市の残骸
ようやく呪詛が消えたと確信できたので、〈白亜のメリッサ〉を呼び出そうとしたが、彼女ではこの縦穴を脱することはできないので、まず初めに、〈颶風のアーマイゼ〉の乗っている竜だけを呼んで、穴の上まで戻り、そこでメリッサに変えた。ラップローヴの中のアーマイゼはかなり不満そうだったが、彼女はエルナのせいで融通が利かない状態になっているので仕方ない。
「シエラ、ようやく私をこの街から連れ出して――って何よこれ」
メリッサは愕然とした。周囲の様子は一変していたからだ。牢の周囲は荒れ果て廃墟と化している。辺りには苔と下草が生い茂り、古い遺跡さながらだった。
「と、とりあえず外に出てみましょう。とてつもない時間が経過したみたいだけど」
地上に出ると、大都市の残骸と、それを覆う植物が延々と広がっている。どうやら凄まじい時間が経過し、その間に何かが起こってコンフルエンスは崩壊してしまったようだ。ここで発生するはずだった物語は、語り手の沈黙によって遮られ、打ち切られた。再開したとて、誰も聞く者がいない。〈語り手〉は今もこの物語を、デュルガリアの外で紡いでいるのだろうか。そうだとしても、シエラにそれを確かめる術がない。もしかするとニムロドから放たれた猛毒の呪詛がデュルガリアそのものを覆いつくし、外側にいる〈語り手〉にも害を及ぼしたのだろうか。
そうだとしたら、やはり彼は単なる一騎士ではなさそうだ。あるいは、総長スコルから直接に呪いを注がれた者か、神そのものにでも罰せられているのだろうか。以前会った呪詛愛好者カプリムルグスでもなければ、彼を再び呼び出そうとは思わないだろうし、ニムロドについて記述されたページが、閉じたままでも黒く変色しているのが分かる。あの騎士については今は忘れることにした。
樹海と化した大都市の残骸を、シエラとメリッサは進んで行く。自動車は路面で停止したまま植木鉢と化している。気温も湿度も高く、帝国南部のジャングルに似た気候と化しているようだ。ブロウがクーシャ亜大陸へ向かう最中に見たような、熱帯地方の鳥獣らしきものが茂みに見え隠れする。
「コンフルエンスが完全に森になっているわね……しかもこの気候変動、何が起こったのかしら」
シエラは自分の見解をメリッサに説明する。〈語り手〉が本当にニムロドの呪詛で死んだとは思えないが、エノーウェンへ何らかの作用をもたらし、あるいは彼女が語る予定だった部分がごっそりと世界から抜け落ちたのかも知れない。エノーウェンは複数の世界が寄り集まって出来た断片の集合体で、しかも多数の階層が重なり合っているので、欠落が発生すればそこを何かが埋める。本棚に出来た空白を、横から押されてきた別の一冊が埋めたように、〈都市の残骸を彷徨う旅人の物語〉がデュルガリアを上書きしたのではないだろうか。
「何言ってるのか分からないのだけど。世界は本に書かれているわけじゃないのよ、そんな簡単に変わったりするなんて」
困惑するメリッサとともにシエラはとにかく進んで行く。進む以外にやることはない。風生まれという種族の本能だ。