第144話 呪詛撒きのニムロド
その記述もまた、魔剣によって作られたものなのかも知れないが、彼女にとって確かな何かが欲しいということは理解した。シエラは魔剣で無造作にメリッサを斬って、誰かに変えようとした。
誰でも良いと思っていたら、一切見覚えのない人物が出現した。
かなり大柄で、巨大なるアレッシアより少し低いくらいの背丈だ、偉丈夫と呼んでいいのだろうが顔色が病的に悪く、身に纏っている黒い鎧は朔月騎士団のものだった。腰に剣、背中に錫杖があり、どちらも忌まわしい漆黒の煙を絶え間なく発している。どう見ても人体に有害であった。
騎士は何も言わずに、薄い灰色の目でシエラを見下ろすのみだ。あなたは誰か、と尋ねると、
「ニムロド」
とだけ答えが返ってきた。朔月の騎士は全て呪術的防護のため、仮の名を用いる。その名に愛着などないということなのだろうか。
その武具は有害なのではないか、と尋ねると、
「そうだ」
と短くニムロドは答えた。見た目通り、健康被害を及ぼすものらしい。シエラはラップローヴの定義により、剣を十全に振るえないような状態には陥らない。この呪具の影響はどうやら受けないが、メリッサを今戻せば、彼女は危ないかも知れない。そう考えていると、辺りが騒がしくなり、渡り廊下の両側から兵士が押し寄せた。
朔月の騎士ではなかった。この地で呪詛の対処に当たっている僧兵のようだ。彼らは生物を拘束する魔術でニムロドとシエラを捕らえ、連行した。二人は抵抗することもできたが、大人しく従うことにした。僧兵たちは、呪詛への備えは幾重にも施していたが、ニムロドの呪具には抗うことができず、数日後に頭痛・吐き気・幻覚・幻聴が発症し、やがて内臓を冒され大量に喀血、そのまま全員が息絶えた。
あまりに危険すぎるニムロドは、呪具ごと深い縦穴に放り込まれた。彼は食事も睡眠も、恐らく呼吸も必要としていないようだった。ただ腕組みをして、瞑目している。恐らくは朔月の上級騎士か騎士長クラスだろうとシエラは推察した。今後は呪詛で困ったらこの人物を呼び出せばいい、とも考えたが、半端な呪いよりもよほど危険な存在だ。此度のように都市当局に睨まれることもあるだろうし、やはり永久に本に記録されたままにしておくのがよさそうだ。
ニムロドと共に穴に投げ落とされたシエラは、この危険な騎士を斬ってスケルトンに変えた。獄中死したかのように、そいつは動かずに横たわっている。ここの呪詛が消えたら、再びメリッサを呼び戻し、ここから脱出しよう。シエラはじっと、その時を待った。