第143話 疑わしい徒党
その場所にはシエラの体感で一週間ほどいた。〈硝子の月の不正規軍〉の気のいい面子は親しく接してくれたが、一切見覚えがないので違和感しかなかった。彼らは過去の英雄譚を酒を飲みながらよく話してくれたが、市民たちはそれを知らないようで、誇大妄想に取り付かれた一団なのではないかという疑いは最後まで払拭できなかった。
〈日課〉と呼ばれる巨大な獣は毎日のように現れて都市を破壊した。そんなことはお構いなしに人々はどこかにある迷宮へ日々潜り、何人も死んで連日葬式が開かれ、代わりの誰かが飛行機に乗って街にやって来る。
ヴァイスは目を離すといなくなっていて、金属の箱に入ったままどうにかして移動しているようだが魔術なのか何らかの他の移動手段なのかは、尋ねてもはぐらかすばかりで教えてくれなかった。
ライラックは聡明そうな人物だったが、夕方くらいになると何処かへ出かけ、両手を血塗れにして帰って来ることが良くあった。彼女も「料理をしている」とだけ答えて、はっきりと詳細を説明してはくれなかった。
カインは〈白亜のメリッサ〉という真っ白い髪の毛の少女と〈仮面卿〉という偉そうな人物とよく組んでいた。仮面卿は仮面をしていないのにその名で呼ばれていて、仮面を蒐集しているのでもないらしかった。メリッサは会うたびに顔をしかめて、周辺の人々を疑わし気に見渡していた。
あるとき、メリッサと人気のない渡り廊下で出くわした。彼女はシエラに対し、不正規軍の面々に不信感を抱いているということを告げる。
「だってそうじゃない? 皆、秘密にしてることとか多いし、説明不足が過ぎるって思うの。過去にあなたと一緒にこの街を救った人たちに、こんなこと言うのも失礼かも知れないけれど」
シエラは、自分にはその記憶はないと告げる――それは記憶喪失というわけではなく、外部からこの場所にやって来ただけだ。ここは〈語り手〉の話す物語の内部であって、自分が不正規軍たちと街を救ったというのは、その物語に付随する設定に過ぎないのだ――そう説明すると、メリッサは驚いたようだったが頷き、
「信じられないけれど、あの人たちのはぐらかしに比べれば、明快で分かりやすい話だわ。ならあなたは、ここに来る前は何をしていたのかしら」
外の世界を放浪していたが、ひょっとすると存在していなかったのかも知れない。自分も〈語り手〉が作り出した物語の一部かも知れないし、魔剣ラップローヴによって定義されただけの存在かも知れないからだ。
「シエラ、私も自分が何者なのか分からないのよ。前に、飛行機でここに来たことは確かなはずだけれど、それも誰かが証明してくれるわけじゃないわ。あなたの言うその剣で私を斬ってみてくれない? そうすれば、本に私の人生が書き込まれて、真相が明らかになるはずだわ」