第14話 肉斬り巨人
その魔物は緑色の肌をした、ゴブリンの亜種かなにかに見えた。長身のガヴィンからしても、そいつは頭二つ以上上回るサイズだった。耳まで裂けた口からは鋭い牙が覗き、手にはその身に似合った大鉈を握っている。そいつが身に付けている血肉の付着した前掛けと、天井から鉤に吊るされた何かの肉塊は、悪趣味な肉屋のパロディのようだった。
魔物が接近する前に、同行したドヴェルのナッビは火球を放ち、顔面に命中させた。
「今だガヴィン、脛をぶった斬ってやれ!」
獣人の体躯は神速で魔物に接近した。ラップローヴを振るった刹那、相手は焼かれた眼ではなく、皮膚感覚か、さもなくば野性的な第六感で飛びのき、わずかな切り傷を付けるに留まった。
そいつの攻撃も思いのほか素早かったが、ガヴィンとしては一撃たりとも命中することなくかわしていた。それでも、やはり巨人と対峙することは精神的な圧力を受けるものだ。ナッビの魔術とガヴィンの剣で、じわじわと削ってはいるが、なかなか決定打は出ていなかった。
最後にラップローヴで斬ったのはスケルトンだったか、とガヴィンは魔物の攻撃を避けながら思索した。今こそ魔剣が秘めた、変化の力を使いどころではないか。スケルトンではなく、ヒキガエルにでもなってくれたら楽なのだが。
そう思いながら剣が青い光を纏い、巨人を斬った。
次の瞬間、化け物の姿はなく、むっつりとした顔のヒキガエルがそこにはいた。
「おお!? なんだ、その魔剣の力か、ガヴィン? それなしでも、もうじきとどめを刺せたが、手間が省けたぜ、ありがとよ!」
笑いながらナッビが勝利の美酒だと言わんばかりに酒瓶を取り出し呷っている。ガヴィンは魔剣をじっと見つめていた。順番から言うとスケルトンになるはずだが、思い通りにヒキガエルに変えることができた。この魔剣の力を、制御できるようになったのだろうか。
やはり実戦は勉強になる、と呟くと、ナッビは大仰に頷き、
「うむ! ここは六王国じゃねぇ、帝国なんだからな! 戦いこそが我ら迷宮守りの本分よ!」
それからも魔物湧きの地下室で二人は戦闘を重ねた。少なくともラップローヴの一撃が当たればヒキガエルに変えることができるが、鍛錬のためにある程度は効果を使わずに済ませた。何度か試した結果、やはりガヴィンの意志で変身させる対象を選べるようになっていた。かつての自分は、ロドー家の仕事においても、この力で功を挙げたのだろうか。
「だいぶ稼いだな! おし、今日はこのくらいにしとくか! カリグラんとこに戻って一杯やんぞ!」
酒瓶をカラにしてもさらにナッビは飲むつもりらしい。今日獲得した魔石は全部酒代に消えてしまうのではないかとすら思えた。