第139話 ハイランド・イェーガー
イネとシエラは間隙地帯を歩いている。一つの都市の中に突如として現れる、何もない場所だ。それは広大な荒野であり、二つの別の街の間を移動しているようにも思える。背後を振り返ると、地平線の辺りに都市の影が見え、行く手にも同じように目的地を望むことができる。
時折どこからかおぞましい叫び声が聞こえて、その都度イネがそちらへ走っていく。冒涜獣レントゥールである。妹の仇である割に、イネはそこまでこの怪物を憎悪していないようだった。彼の性格もあるのだろうが、それは復讐者としてあるまじき態度だ、とシエラの中のエルナが彼を揶揄している。毒を浴びて戻って来たイネにそれを指摘すると、
「まあ、そうだな。前にも言ったが奴と戦うのはこちらの強さを引き上げる目的と、単なる習慣のためだ。妹は死ぬことを覚悟して奴と戦った、無謀な挑戦だが本人は納得していたからな。だから、復讐というにはいささか不適切かも知れないな。他の目標とまとめて仇敵だ復讐対象だと呼んでいるけど」
他の目標、とは何かと尋ねると、
「俺の妹は何人もいて、皆別の奴に殺されてる。俺は生き残りとしてそいつらに復讐しなければならない。レントゥールは二歳下のリリアンの仇だ」
どうやら〈語り手〉の物語が流入したせいでおかしなことになっているようだ。随時彼の復讐と因縁の物語は追加されていくのだろう。突如〈仇〉が乱入して戦闘を始めたとて、気にしてもしかたがない。
荒野を進み、行く手の都市の影が大きくなる中、〈語り手〉は長編を伝承し始めた。
〈高き地の猟兵の物語〉と彼女が題したそれは、グリモの精鋭部隊にひょんなことから加入した、民間人の少年を主人公としたものだった。異世界の技術で作られた人型魔導機械〈猟鎧〉を駆り、迷宮で魔物と戦い、陰謀を暴く。しかし、この物語は暗示的な台詞がやたら多く、主人公の上官も仲間も、何を指しているのかはっきりしない比喩を連呼する難解な代物だった。
話が呑み込めぬまま進み、強大な魔物との戦いの最中、主人公は猟鎧の動力源である世界を越えた魔力流〈奔流〉に取り込まれた者の意識や、異世界からの大いなる存在と交信するのだが、そのシーンの台詞が輪をかけて分かりづらく、シエラは〈語り手〉が何も考えずに即興でただ喋っているのではないかと訝しんだ。
そして、数多くの謎を残したまま主人公とその機体は敵と共に〈奔流〉に呑まれ、第一部完、と〈語り手〉が宣言したところで一行は街の入り口に到着した。そこもまた、デュルガリア第二の都市であるコンフルエンスという名前だった。