第137話 冒涜獣レントゥール
思いつくままに試してみようと、シエラはデュルガー狩りの一人を斬ってイネに変えた。
相変わらず彼は淡々とした口調で、久しぶり、などと挨拶したのだが、出で立ちが違った。最初に出会った時はありふれた旅装だったのが、重厚な鎧や魔法具と思しき武具を装備している。話を聞いてみると、彼は妹を殺した怪物を追跡しているのだが「向こうも自分も不死なので決着がつかない、しかし、既に復讐というより習慣と化しているので奴を斬らないと落ち着かない」とのことだ。怪物は〈冒涜獣レントゥール〉という大蛇で、この化け物は斬られても再生し、そのたびに少しずつ強くなるが、その血を浴びたイネとその武具も強化されるので、互角に戦い続けているらしい。
〈語り手〉があの夜に話した内容と同じく、イネは不死と化した。このデュルガリアの地にて、彼に対して物語の流入とでも言うべき現象が発生したらしかった。
イネと再会したが、特にここから出られる気配もない。他の道を探さなければならない。この場で〈語り手〉から全ての物語を継承される、というのが脱出条件の可能性もあったが、それを待つことはできない。
そうしているとイネと冒涜獣レントゥールが、吠え猫通りのど真ん中で死闘を繰り広げ始めた。この怪物の血は、神によって祝福され力を与えられたイネ以外には猛毒だ。見物していた武装道化やデュルガー狩り、穴開きの鍋売りなどは悶え苦しみ、一人また一人と息絶えた。それを見ていたコソ泥、追い剥ぎなどが身ぐるみを剥ぎ、穴の開いた鍋を盗もうと接近する。しかし彼らは三流であった――真に優れた盗人は、己の身の安全を最優先するものだ――気化した毒によって彼らもまた、骸と化した。
怪物とイネは戦いながら移動しており、既に毒の血痕を残して姿を消している。残されたのは死体だけだが、シエラが傍観している前で彼らは黒い靄に包まれ、起き上がった。
このような都市であれば防衛用の結界が張られており、屍術の入り込む余地はないが、レントゥールの尋常ならざる力がそれを上回ったのだろうか。
「いや、違う。これは〈ワイルドハント〉だ。尋常ならざる現象なのだ」
そう言って現れたのは両の目を閉じた女官であった。装いは旧帝国中期のそれで、彼女を見た時、シエラの中には継承された物語、〈不遜なる上﨟エイレーネー〉の名が浮かんだ。不本意にも、〈語り手〉の後継者として物語が蓄積しつつある。