第136話 吠え猫通り
ここはデュルガリア第二の都市コンフルエンスであり、その第五十三階層西地区に位置する吠え猫通り。デュルガリアというからには、デュルガーのいる土地である。デュルガーとは、バカンとグリモの国境付近に出現するという小鬼であり、特に理由もなく強烈な殺意を抱いている。通常のゴブリンは、畑から作物を盗んだりいたずらで町人を困らせて笑うという程度がせいぜいだが、デュルガーはとにかく殺しを好んでいる。家畜も住民も殺傷したがる。
しかし、実際にデュルガーを目撃したとか、戦ったとか、殺されたとかいうケースはあまりなく、そういう伝承とか噂の中にだけ出てくる存在ではないか、とされている。そのようなデュルガリアが実際に闊歩するのであれば、やはり当地は物語の舞台に相応しい。
シエラはそこいらを相変わらずさまよっていた。二日経っても〈語り手〉が現れず、彼女にとっても予期せぬ出来事が発生し振り切ったのだろうと考え始めていた。見知らぬ家の老夫婦が朝食を摂っている所に闖入し、そのさまをじっと眺めていたら、突如クローゼットが開き、〈串刺し将軍の物語〉を謳い上げながら〈語り手〉が姿を現した。老夫婦はじっと彼女を見つめ、何も言わずに食事を続けた。
【シエラ、どうやらこれは〈断片衝突現象〉と似たような出来事が巻き起こった模様です。ニンフェルとラフィアンズミルが〈浅はかな羊たち〉によって融合したように、入れ子が一つ外側の世界・物語と融合したものと思われます。すなわち、わたくしが語った〈チャフの物語〉と〈語り手がシエラ・キャスクボトムへ継承を行う物語〉が融合したのです。いわゆる落丁のようなものでしょう。しかし、動じることはありません。どこであっても〈語り手〉は物語ることができるのです】
依然として彼女以外の全員が何も言わなかった。
シエラはそれからも〈語り手〉の話をやはり聞き流していた。そのうちこの街から移動しようと思ったのだが、そこいらの道や屋根の上を駆け抜けても吠え猫通りから出られなかった。吠え猫通りは砂利道がずっと続いていて、その左側にはチョコレート屋、右側には柱時計屋が延々と並んでいる。底に穴の開いた鍋を売る屋台と、空砲と刃の無い剣を携えたローギルの武装道化、そしてデュルガー狩りが大勢いるが、いずれも何もせずにうろうろしている。シエラがどこまで疾走しようとも、砂利道とチョコレート屋と柱時計屋と無為にさまよう人々の群れが続いているのだった。
どうやらここで何事かを成し遂げなければ先に進めないようだった。同じページ、同じ段落を延々読んでいるようなものだと〈語り手〉は言ったが、「読み飛ばす」ということができない以上、何か目的を見つけ出すしかない。