第134話 二人目のチャフの物語
翌日、イネが目を覚ましたので先に進むことにした。そういえばここはどこなのかと尋ねると、どうやらデュルガリアという地らしかった。六王国のどこかかと尋ねると、はっきりと断言はできないらしい。
「たぶんバカンかモーンガルドだと思うが、グリモかも知れない。大陸中央のどこかだと考えられるけど、オレにははっきりしたことは分からない。とにかく、オレはここに目的があって来た。もしかするとお前さんもそうなのかも知れないが」
イネに目的とは何かと尋ねると、彼は妹の復讐のためだと答える。エルナの記憶によって復讐は疲弊するばかりで良いことなど一切ないと思っているが、シエラは特に何も言わなかった。
歩きながら〈語り手〉が一つの物語を開始する。昨晩の〈不滅の英雄イネの物語〉に続き、こちらも迷宮守りの一人を主役にした話だった。内容を要約すると以下のようなものになる。
エルフは真名を両親や配偶者、主君などごく近しい者にのみ明かし、生涯を通して秘める。その代わりに纏名という、過去の英雄や聖者の名、動植物、気象などの呼び名を用いるが、さらにそれに代わる通称が付けられる場合もある。
例えば、オベロンというシュマールの古代王の名を纏名とするエルフが多いので、迷宮公社や酒場などであだ名を付けられたりする。〈浅はかな羊たち〉の一員であった〈赤き滝のオベロン〉が〈レッド〉と呼ばれていたように、この話の主役のエルフは、周囲の迷宮守りに〈チャフ〉と呼ばれていた。
なぜ、そう呼ぶのかと問いかけると、どうやらその地域の支部の副支部長が発信源らしく、彼は前に出会った同名のエルフに、彼が極めて似ているのだと言った。
では初代チャフはどうしてそう呼ばれていたかというと、髪の毛におが屑がいつの間にか付着する迷宮病の症状を抱えていたからで、しかし彼はそれを気にしていなかった。本人に言わせると、それこそ些事だ、とのことだ。
そういうわけでオベロンこと二代目チャフは、その名で呼ばれるようになった。
移動しながら話を聞いたシエラは、オチも教訓もないその話を語り継ぐ意味はあるのだろうか、と疑問を漏らした。
【ございます、シエラ、わたくしは物語ることが使命であり、その内容や聞いた者がどう感じるか、といった点は重要ではないのです。そして、こうしてわたくしが貴方へ語ったことで、既に継承は成されたのです】
自分は恐らく、さっきの話をすぐに忘れるし、永遠に失伝するだろう。そう告げても〈語り手〉は動じない。シエラだけではなく、世界が聞いている。シエラと同時に、自分は世界に向けて継承している。シエラ・キャスクボトムに対し〈語り手〉が物語を伝える、その物語が永遠に残る。
何やら完全なる形式主義に思えたが、〈語り手〉は満足そうだ。