第132話 千の夜、一つの物語
彼女が語った物語は叙事詩的・劇的なものだったが、シエラがその迫真の語りを削ぎ落して要約したところによると以下のような経緯だ。
〈語り手〉はシエラと同じく、迷宮で望まずに不死となった。知らぬ間に己の中に、無数の誰かの物語が溢れ、それをどうにかして他者に語りたいという欲求が強く存在していた。
それはエルナが倒した仇の一人、カトリネルエ・レッカーマウルと似たような不死の力であり、ひとつの物語がひとつの生命と対応していた。内部に無数の生命を宿した〈語り手〉は、それらを消費しなければならなかった。
奇しくも同時期、時の皇帝が不眠症に悩み、どれほどの名医や偉大なる魔術師によっても快眠が訪れることはなかった。もしこれを成し遂げたなら、思いのままの褒美を取らせると帝国じゅうに布告がなされた。
〈語り手〉は皇帝に対して寝物語を語ることを申し出、それで安眠が叶うのなら、夜毎の死を要求した。
この試みはうまくいった。かつてどこかであったことか、はたまた異世界の出来事か、完全なる虚構かは定かではないが、〈語り手〉は夜毎に皇帝を眠らせ、最も腕の立つ騎士によって速やかな死を与えられた。
千の夜、千の物語を語り終え、〈語り手〉は永遠の死を迎えた。彼女が語った物語の数々は、今日でも帝国じゅうで広く知られている。
【しかし、それでも未だにわたくしはこうして現世を彷徨っているのです。なぜなら、〈語り手〉は死を迎えることはできましたが、千の夜に千の物語を語った〈語り手〉の物語――それは、未だに終わりを迎えていないのです。わたくしは語り手にして入れ子の器、世界によって物語られ世界を物語る者。あなたならお分かりになるでしょう。わたくしの語った物語によって、わたくしは定義されているのです。そして、わたくしは己を定義する物語を語る。この矛盾! ここが物語の外なのか内なのか。その剣ならば、矛盾を一太刀のもとに斬り捨てることが叶うはずです】
イネはそれを聞き終えた後、シエラを見て、
「この人が大変な状況なのは分かった、で、気が進まないのは百も承知だが、その魔剣で殺してやるってのはどうだい。付きまとわれるのが嫌なのだろうが、それも一発で終わりを迎えるんだ。互いにとって、手っ取り早くおしまいにする方が楽じゃないのかね」
本当に気乗りしないが、一理ある。シエラは露骨に嫌そうに、ラップローヴを発現させた。魔剣に選ばれし者は極めて自然な動作で、〈語り手〉を貫いた。