第131話 風来
シエラは旅をしている。その理由は彼女が風生まれであるから、で足りるが、何かを探しているのかも知れないし、どこか辿り着かなければならない目的地が本人の意思と無関係に設定されているのかも知れない。いずれにしても、その移動したい、旅をしたいという衝動・宿命は避けがたいものだ。
今もまた、平原を駆けているのだが、奇怪な追跡者が近づいてくる。帝国人に多くいる浅黒い肌と銀の髪をした、どちらかといえば地味な感じの少女であるが、大して筋肉もついていないし魔力も感じられない体なのに、異様な速度で疾走するのだった。
【シエラ・キャスクボトム。再度の要請になりますが、ラップローヴをお使いなさい。それでもって、この矛盾に満ちた我が身を抹消するのです。なにとぞ、救済を成してくださいませ】
この〈語り手〉を名乗る人物は、よく通る、歌い上げるような明朗な声を発する。それを耳で聞くと同時に、そうした声を発しているのだ、と書かれた文章を、今まさに読んでいるかのような認識を覚える。
彼女はシエラに対して、一つの要望を繰り返し唱え続ける。ラップローヴを用いて、自己を消し去って欲しいというものだが、もちろんそんなことをする義理はないので避け続けている。そもそも、ラップローヴ自体が知らぬ間に背負わされた荷物に過ぎず、使う気などなかった。
日が暮れる頃、ダグローラの神像の下で野営している旅人と出くわした。風生まれたちは子供の姿をしているためか、マルゴルが与えた祝福か、他者にすんなりと受け入れられやすいという特性を持っていた。イネと名乗ったその若い人間も、ごく自然にシエラに対して、夕飯を食っていくかと誘った。
塩が少し足りないと思いながらスープを飲んでいると、何の前触れもなく〈語り手〉が出現した。こちらに対してはさすがにイネは警戒を露わにする。シエラが、自分を付け回している相手なので追い返して欲しい、と告げると、イネは〈語り手〉に「そうなのか?」と質問する。
【いかにも、その通りでございます。我が身は尋常の手法では傷つけることの叶わぬ身にて、そこなシエラの持つ魔剣ラップローヴによって完全なる滅びを与えて欲しいと願う次第です】
「魔剣か、そんなのを本当に持っているのか?」
シエラは、自分の意に反して獲得したもので、使うつもりはないと口にする。
「らしいが、そこいらの不死殺しとかに依頼するのじゃだめなのか、〈語り手〉さんよ」
【厳密にいえば我が身は単純な不死とも異なるのです。これまでに巻き起こった我が物語、語ってもよいでしょうか】
「ああ、勝手にしてくれ、酒場の吟遊詩人か何かと思うことにするぜ」
イネがそう許可したので、〈語り手〉は明朗な声で語り始める。