第129話 断片衝突
作戦は変更だ、と〈浅はかな羊たち〉代表の〈名も無き者〉は考える。すり鉢状の更地に降り立った徒党の団員たちは、全員が手にラップローヴを構えている。この魔剣は一人の使用者が二振りを有するのにとどまらず、複数の資格者が複数のラップローヴを携えるという発想に至った。だが、さすがそれは無理があったようで、自分は記憶を失ったのだろう、と〈名も無き者〉は推察する。
周囲を飛翔する流線型の巨人〈猟鎧〉たちがこちらを囲んだ。世界を越えて流れる、見えざるエネルギーの大河――〈奔流〉がこいつらの動力源だ。それを止めることはできないが、彼らが立つ舞台を破壊することはできる。
破壊には武器が必要だ。それもとてつもなく大きなものが。だが、それはちょうど用意されている。好都合なことに、すぐそばに――転移前にいた、グリモの都市ラフィアンズミルがまだ近くに残っているはずだ。それを引き寄せるための道具も手にしている。
団員たちが一斉に地面に――ニンフェルそのものに剣を突き立てる。その向こうにあるラフィアンズミルを貫き、手繰り寄せるために。それは極めて軽かったが、剣を引くと、空がひび割れ、蒸気に覆われた都市が落ちて来た。
世界の断片が衝突したことで〈猟鎧〉も、それをどこかで操っているはずのバブラスも白い光に包まれ、二つの都市は対消滅し、全ては吹き飛ばされた。
次に〈名も無き者〉が目覚めたのは、果てしなく続く荒野だった。辺りには全員そろっている。コーウェル教授、〈脂下がりのイアン〉、〈踊り場のラダマンテュス〉、エレノア・ブラッドショット、〈赤き滝のオベロン〉、メル・ロメロ、〈親方〉、〈膿み傷〉が送り込んだ馴れ馴れしい部隊、〈尋問官〉――なぜか団員ではないクラッスラも魔剣を携えている。そしてやはり〈邪炎のクレウーサ〉はどこにもいなかった。
ここはどこなのだろうか、フォルディアの写本師ロベールが目指したがっていたグランダルズか? いや、あの地は魔力が枯渇していると聞くが、問題なく魔術を使えそうだ。帝国ではないだろう、月が一つだけだ。団員たちは口々に相談するが、結論は出そうにない。
だが、ラップローヴ所有者がこれほど大勢集まっているのだ。何があろうと問題はないだろう、と全員が確信している。とはいえ、問題がなくても気分が晴れ渡るとは限らない。〈浅はかな羊たち〉は皆、ラフィアンズミルでもニンフェルでも、あまり働きたくはなかったし、ずっと気楽に酔っぱらっていたかった。
そういう、やる気も覇気もない迷宮守りたちが行くべき場所があったはずだ。
「モーンガルド。あのろくでもない掃き溜めへ、我らは行くべきだ」
そうして一行は歩み始めた。手持ちの酒を飲み、舟歌を謳いながら。
宵の口にゃ酔いも覚め
オーマの酒は蝶びたし
西のラーレの娘たち
おいらの髭を編んどくれ――