第126話 特務部隊員クラッスラ
不遜な表情の、黒髪の若い人間女性がいた。シャロウシープを見ながら、にやにやと笑っている。
「ほう、其処許にとっての某も、エルナと同じ姿なのか。興味深いことよ。して、継承者よ。その罪、実に素晴らしい。ああ、計画だけでも震えるほどの大罪よ。このカトリネルエ・レッカーマウル、その咎を祝福しようではないか」
古臭い武人のような口調だ。自分は彼女を知っている。この人物を殺すために旅をしていた、〈第八聖堂のエルネスティーネ〉、この復讐者の記憶に出てきた相手だ。
「街を焼くための手段がなくて立ち往生か。だが、既に其処許はそれを手にしている。後は気づくだけなのだ。分かるか、〈名も無き者〉よ」
名前ならある、自分はシャロウシープだ。と、ぶつぶつ言っているとカトリネルエの幻影は消えた。具体的なことを言わずに仄めかすだけで、何も得るものがない、もどかしいことだ。
薄汚れた、生ごみが散らばる裏道の袋小路だ。壁に向かってどれだけの間、幻影を見ていたのだろうか。ふと、背後で足音がした。
振り返ると、妙な格好の人物がいた。純白の長衣を着ているが、その裾は真っ赤に染まり、多量の血痕が付着しているかのようなデザインだ。厳父といった感じのエルフで、穏やかな目的のために来訪したのではなさそうだった。
「シャロウシープだな。本官はバカン最高評議会直属の特務部隊〈血濯ぎ〉が隊員、クラッスラである。貴君には都市機能喪失画策の疑いがある。こちらは超法規的に貴君を取り調べたり、拘束したり、処罰したりといった権利を有している。あらゆる手段を用いて、未然にニンフェル壊滅を阻止することが、最高評議会の上意である。
宰相ミダスと議長ファフニール並びに迷宮公社総統デリラ、ブラニア教会大助祭
グルヴェイグ、貴族院議長タルペイア、司法長官クリュソテミス、
財務長官シャイロック、エボンウィング館長マモン、海軍提督アンドヴァリ、警備隊長官ジューダス。以上の最強評議会議員からの許しを得た上で〈血濯ぎ〉隊長メッサリナが当書を発行する」
命令書の署名を大仰に読み上げる声が路地裏にこだました。他人事のような気分でシャロウシープはそれを清聴している。
「ところで注意して欲しいのは、あくまでこの命令は当該領域におけるものであり、異領域においては何らの実行力も有していないという点だ」クラッスラは堅苦しい様子で続ける。「一つの都市が破壊されるというのは痛ましく、大仰で面倒なことだ。誰にとっても後始末を考えれば頭痛の種。もし貴君が、ここではないどこかの世界、例えばほんのわずかでも異なる場所においてニンフェルを吹き飛ばすというのなら、不問とするがいかがか?」
シャロウシープは、そうだ、ここではない場所でやる、と断言した。それだけでバカン最高権力である評議会の厳然たる命令書を、クラッスラは目の前で燃やして去った。