第124話 邪炎のクレウーサ
エノーウェンの迷宮都市はどこでも、すべてがごちゃごちゃとしていてサイズがむやみに大きく、構造も理にかなっていない。建物や道路などの都市構造を、人族の体に合わせて作った後で数百倍に拡大し、必要なぶんの数千倍多く作り出し、それらを横向きとか逆さまにごちゃごちゃに組み合わせて、さらにその隙間にも建物や通路、配線、橋梁、路地などを張り巡らせたような構造だ。
この煩雑さと無秩序に対して住民はうっすらと疑問を持っているが、通常あまり気にはしない。熱を出して体調が悪いときや酔っぱらったとき、感情が不安定になっているときなどに疑問を呈する――「一体誰がこんな無茶苦茶な街を作った?」と。答えは迷宮自身だ。街以外にも迷宮から生み出される奇怪な魔物や迷宮病の症状、産出される魔法具の効果など、多数の項目について神々はこの世界そのものにダイスを振らせる機能を付けたとされていて、人族はその決定に無理やり従わされている。それでも、住民は都市に適応し、その意志があれば、どこにでも行くことができる。特に徴税官など、人々がどれほど居場所をごまかそうとも、目当ての住所に辿り着ける権能を発揮することが可能だ。
シャロウシープは団員の記録が記載された手帳の記述を、穴が開くほど熟読していた。クレウーサが加入した際の面接で得た情報を記したページだ――確かにあの煙の中の人が言っていた通り、前にこうして誰かの人生行路が書かれた本を読んでいた記憶がある、繰り返し何度も――
クレウーサは直接に触れずとも見たり、においを嗅いだりしただけで健康被害を及ぼす、呪いの炎を発生させる力を左手に宿していた。十四歳の時に家を焼いた後、朔月騎士団によって封印処置を受け、毎年都市当局によって検査が行われている。
「カシラ、そろそろ〈竜獄観測所〉に到着するぜ。くれぐれも〈膿み傷〉の奴らには注意するこったな」小脇に抱えていたラダマンテュスがそう言った。
今回探索する迷宮は建ち並ぶ高楼の上に斜めに据え付けられた巨大な棟で、建物内にある縦穴からは恐ろしい光景を覗くことができた。欲深い竜が死後落とされるという冥府の領域〈竜獄〉。そこで彼らが永遠に苦しめられる様を窺い知ることができる。その恐ろしい場所には竜神ヴィロックスによって竜とみなされた人族もまた落とされるという。
出現する魔物はしかし、それほど危険ではなかった。僅かににじみ出る、竜たちの怨念の一部を餌とするために集まる怨霊や、竜に深い憎しみを抱いている反竜主義者などだ。ここは湧出日がはっきりとしていて、難易度が大したことのないため、事前に申し込んでいる徒党の中からクジで掃討任務の担当が選ばれる。〈膿み傷〉はその権利を勝ち取り、片っ端から魔物たちを狩り、魔石以外はこちらに回してくれる――そういった利の多い仕事のはずだ。だが、どさくさに紛れてこの名も無き徒党をも狩ろうとしているのではないか、そう団員たちは警戒している。もしそうなればむしろ好都合だ、とシャロウシープは思っている。バブラスの手の者、あるいは本人であるクレウーサを倒す絶好の機会だ。