第123話 膿み傷
〈親方〉とイアンは一つ下の階層で活躍する徒党〈膿み傷〉と合同で大規模掃討作戦を考えている。奴らはチンピラの集まりみたいなもんだが腕っぷしは結構なもので、来たる〈湧出日〉に片っ端から魔物を狩るので、魔石以外はこっちで回収していいという話だ――そんな内容も、クレウーサに対する疑心のせいで頭に入ってこない。さてはこの都市ごと吹き飛ばすというこちらの狙いに気づいて、その上で、どうせできはしないだろうと舐めてかかっているのだ。そして隙をついて〈人格窃盗〉を成そうとしている。
「向こうのバニラ野郎と談話室で飴玉くれてやった。〈横着者〉はヒクイドリと踊ってるってなもんでな。つまるところ三段重ね」
イアンはグリモにいたときとは違った種類のスラングを連発するようになり、その意味はもはや全く分からなかった。代わりに〈親方〉が、〈膿み傷〉の頭目レナーデと話した内容を団員たちに共有した。シャロウシープはその作戦に乗じてクレウーサを始末しようと考えた。もちろん一度殺した程度で完全に排除することはできないだろうが、これ以上好き勝手することに対する牽制にはなるはずだ。
〈湧出日〉が来て公社に入ると、〈タコ迷宮〉で出会った馴れ馴れしい奴らが待っていた。こいつらはどうやら〈膿み傷〉の密偵だったらしく、レナーデの依頼でシャロウシープや徒党のメンバーたちを事前に観察していたようだ。そこにいた顔見知りや全く知らない奴らに、始めよう、と声をかけて下の階層に移動する。
その途中でレッドが「団長、今日はあんたがこれを持っていた方が良い」と、熊のぬいぐるみを手渡してきた。何のつもりだろうと思っていると、それは口を利いた。
「カシラ、奴らはどうも胡散臭いぜ。気をつけるにこしたことはねぇ」
お前はなんだ、と尋ねると、
「なんだ、っておれだよ。〈踊り場のラダマンテュス〉だよ。また酔っぱらって人の顔を忘れちまったのか?」
覚えている、今のは冗談だ。と言ってごまかした。確かに〈膿み傷〉の連中も信用できないが、クレウーサも何だかよからぬことを企んでいるように思えないか、と囁くと、
「あいつが? どういう風の吹き回しだよ。あんたは、彼女は一番信用できる右腕だって常々言っていたじゃねぇか」
確かに先週の半ばまではそうだったが、彼女が全く変わってしまったと自分だけが気づいているのだ。
「どういうことだい? 迷宮病で人格が変質したってのか? それとも魔物と入れ替わったとでも?」
バブラスだ、とだけ告げると、ラダマンテュスは何か思い当たるふしがあったのか沈黙した。