第12話 〈盗賊鴎〉亭
早朝、〈盗賊鴎〉亭の一階にガヴィンが降りていくと、人間にしては相当な巨躯の老爺が酒を飲んでいた。自分が隣に座ればずいぶんと狭苦しいかも知れない、と思いながら、ガヴィンは彼に挨拶し、ピットハインドに紹介された、と告げる。
「なんじゃと? あのうさん臭いトカゲ女、まだ生きておったか。奴の生存を祝って乾杯よ」
老爺はガヴィンにもワインを注いだ。ここはこんな朝早くから営業しているのか、と尋ねると、
「いいや、ワシだけの特権じゃ。ここのオーナーじゃからのう。そいでお前さん、帝国人じゃろう。どうしてこんなごちゃごちゃしたとこにおるんじゃ? 東のもんが、この大陸に用があるなど――ああ、もしや転移したのか?」
その通りだが、どうして自分が帝国人だと分かった? ガヴィンが尋ねると、老爺は笑みを浮かべ、
「そりゃあ、匂いじゃよ、東の地の、砂と香辛料のな。ワシはな、帝国の商人やら迷宮守りやらをさんざ相手にしてきたんでな」
フランシスと名乗った老人は、商船の護衛から始め、やがて自らが船を所有し、東方との貿易で結構な財を成したそうだ。
「南の海は戦場よ、何百年も前から海賊どもと海の魔物、そしてあの騎士ども――アウル騎士団などと名乗っておるが、奴らも海賊よ。魑魅魍魎どもが大暴れ、ワシら商人にとっちゃいい迷惑じゃ。時にはヴェントの〈水軍〉までもが積荷を狙って――」
フランシス翁の話を一通り聞いたところで、この街から脱出し帝国に戻る方法を教えてくれ、と尋ねると、
「なんじゃと? 方法なんざ、お前さんの好きなものを選べばよかろう? タクシー、地下鉄、馬車、徒歩、より取り見取りじゃ」
ピットハインドは、ここは通常の方法では出入りできないと言っていたが、それは嘘か?
「あのベンシックは、適当なことを言って人を煙に撒くのが好きな悪趣味な奴じゃ、真に受けちゃいかんよ。よいか、この店を出て左の坂を下ると、右手にブラニア教会が見えてくる。その前に地下鉄の駅がある、四つ目の〈断崖城駅〉で港行きに乗り換えるんじゃ。帝国西端のパルダリア行き定期船が昼前に出とる」
ガヴィンは礼を言って店を出た。
言われた通り地下鉄に乗り込んだが、二つ目の〈十五番街市場駅〉から次の駅になかなか到着しない――そして「終点、〈メッサリナ鐘楼〉」というアナウンスの後で列車は止まった。
ピットハインドとフランシス、どちらかあるいは両者が嘘をついていたのだろうか? ガヴィンはゆっくりと降車し、辺りを見回した。薄暗いプラットホームからの出口は眼前の鉄扉だけらしい。注意深く開き、中に踏み入った。