第118話 ニンフェルの信用できない語り手
ニンフェルはとにかく騒がしい。自動車や列車が何層にも重なり合った陸橋を通る時の軋む音や雑踏のざわめき。鼻歌や呟きまでもが耳に届く。路地裏では暴力沙汰が起こっているらしいが、はっきりとは見られない。路上で手際よく迷宮守りたちは大型昆虫を解体している。商人と客が、合法的なのだろうが何故かいかがわしい雰囲気で金銭をやりとりする。詐欺師か盗賊だろうと思っていると、その人物は聖職者だったりする。
どこにでもいる烏たちは鳴かない。それは、彼らが富の神ブラニアによって監視の任務を帯びた使い魔だからだ。あらゆる取引は見張られている。バカンはどこでも、黒い翼の内側だ。
グリモではおおっぴらに事件は報道され、誰もがそれを口にした。頻発する劇場型犯罪が市民たちにとって何よりの娯楽だ。だが、この国では事件は秘められている。語るにしても、こっそりと囁くのみだ――沈黙は金。
シャロウシープは爆発物の取り扱いについて調べ始めた。強力な爆弾そのものは、作るのは難しくない。材料もそこらの薬局や雑貨屋で全て手に入る。だが、それを完成させ、仕掛け、起爆するまでに必ず察知されるだろう。このような大都市では夥しい数の予見者がいて、近い未来に起こる破滅を未然に防ごうとしているし、魔術的な結界によって非合法の術や危険物は自動的に察知される。
とはいえ、それらも完全ではない。歴史上何度も迷宮都市での殺人・殺戮は発生したし、都市機能が停止するほどの破壊もあった。破滅が、都市機構そのものの一部として生まれたのなら、誰にも止めることはできないのだ。エルナが標的にやったように、都市を定義する記述を改竄するなら――
とはいえ具体的に、そんな手法など思いつかないので、迷宮守りとして無難に、虫退治などをしていた。ある時、レッドに似たエルフ――本人たちに言わせればまったく似ていないらしいが――と知り合った。彼もまたオベロンという名で、下宿している建物から〈錠前屋〉と呼ばれていた。
彼は魔法を用いる際、まず胸に手を当て、そこから炎や雷などを引きずり出すかのようにして行使した。その上、聞いたことのないくらいひどい訛りの呪文を唱えた。そんなやり方を見たことがなかったので、シャロウシープは、どうしてそういったスタイルに落ち着いたのかと尋ねる。
「オレは昔からこうしているよ、こっちからしてみりゃ、他の奴らの方が変だ。胸から腕を通して魔力を伝わすのは無駄が多いから、手で直接引っ張り出すのさ。呪文? これは師匠から教わったもんだ。帝国のどっかの迷宮でずっと暮らしてる一族だとか言ってたな」
〈錠前屋〉はしかし、その風変わりなやり方にも関わらず、素早く強力な術を多用できた。シャロウシープはそれを真似してみようと考え、魔法事故を起こした。