第116話 〈大王ムカデ〉亭
最初に入り口を入ると、テーブルが並んでいてカウンターの向こうにはバーテンダーがいる、一般的な酒場だ。上下のフロアへ向かう階段と、隣の部屋への扉があり、そのいずれの先にも、同じような部屋がある。もちろん魔物や罠が当たり前のように存在し、客や店員にも油断ができない。先に述べたように、酒にはすべて毒が入っているが、それを浴びせかけてくる者もいるし、言葉巧みに飲ませようという者もいる。
シャロウシープは隣室へ入った。凄まじいほどの煙で、室内は霞んでいる。客たちがふかしている煙草のせいだ。この煙幕に乗じて襲ってくる相手に用心しながら、部屋を抜けた。ジャックを見ると、いつの間にか鉄パイプを手にしている。動きも素早く、足運びに隙がない。平凡そうに見えても、迷宮守りとして熟達者なのかも知れない。
壁や床にどす黒い染みが付着していて、饐えたにおいが漂う殺人現場みたいな部屋で、ナイフを持ったゴブリンが三体襲い掛かって来る。シャロウシープは手元に衝撃波を発生させる術で一体を吹き飛ばした。ジャックは鉄パイプで危なげなく二体を叩きのめす。それから彼は、周囲に注意を配りながらゴブリンのナイフを拝借し、胸部から魔石を摘出する。いつもこうして、誰かと組んで探索をしているのか、と尋ねると、
「最近までそうだったが、相棒の迷宮病が悪化してしばらく休むことになってな。幻覚がひどくなって、始終恐ろしい幽霊が追っかけてくるらしい」
幻覚なら自分も見た。男前の騎士がぐちゃぐちゃな肉の塊に変化するやつだ。
「とはいえ、大して堪えていないようだな」
よくあることだからな。肉が食いたくなったのはそいつのせいだ。それから最近、頭の中によく分からないイメージが浮かんでくる。誰か別の奴の記憶かも知れない。
「なるほど。迷宮を通して、別人の記憶が流入することがたまにあるらしい。ちょっとした転生者みたいなものだ。運が良ければ、なにがしかのスキルや魔術が仕えるようになることもあるそうだ。期待すべきではないだろうが」
それからもジャックは最近のニュースを話しながら、悪漢や魔物を退治していく。警備隊が大規模な組織の摘発作戦を行い、〈ヨルガオ党〉なる団体が捕縛されたらしい。そいつらは鼻水が止まらなくなるチョコレートを密造していたが、押収されたことで市民の関心を惹き、現在とんでもない値段で取引されているらしい。
彼は話しながらも手を動かし続け、〈転がり臓腑〉を叩き潰したり踏みつけて腐った汁を飛ばした。次の一室で目当てのものを発見した。酒場の内部にガラス製の水槽が並んでいて、中に白っぽい人造肉がいくつも浮かんでいる。