第115話 異形騎士の幻影
警備局支部は移転することとなり、森の周囲は兵士が囲み、時折外部へ流出する魔物を退治していた。シャロウシープとともに闘技場へ引き込まれ、爆殺された迷宮守りたちはいつの間にか戻って来ていて、リースも宣伝活動はやり尽くしたと判断したのか姿を消した。
「この国は、我が故郷と比べれば長閑なものと思っていたが、存外、危険も多いようだな」
いつの間にか、目の前に見知らぬ人物がいて、こちらを見ながら喋っている。見たことがない人間の青年で、明るい金髪と整った顔立ちが印象的だ。力強く澄んだ声は良く響いたが、周囲の誰も彼に目もくれない。
「特にあの〈怪人〉という輩よ。我が王国でも迷宮より大勢まろび出る悪党どもが、いつの世も合戦の火種となるものだが――」
何とも古臭い喋り方をする、いや、これはヴェント訛りか。そう思っていると、突如として彼は汁を滴らせる肉塊に変化した。
幻覚に違いない。これは恐らく、自分が肉を食べたがっているためだとシャロウシープは自己分析した。確かに最近は安い野菜煮込みばかりだった。どこかの迷宮で人造肉を取って来て、焼いて食べるとしよう。そう思って外に出ると、あまり特徴のない人間と出くわした。人畜無害な中年男性といった感じで、向こうはこちらを知っているようで「久しぶり」とあいさつして来た。
あなたを知らないが前にどこかで会っただろうか。そう尋ねると「何度か一緒に酒を飲んだ程度の仲だ」という答え。覚えていないということは、見た目と同じく、大して特徴のない人物だったのだろう。ジャックと名乗った彼に、今から肉を食いに行くという話をした。
「自分も最近は、あまり多くは食べられなくなってきたが、そう言われると肉の気分になってきたな」と彼も言うので、近くの迷宮に入ることにした。
ジャックは簡易的な防具すら身に着けていない普段着で、武器も持っているように思えず、丸腰で平気なのか、と尋ねると、
「現地調達するので問題はない。いつも、そうしている」
つまり、石とか棒とかを拾ってそれで戦うのか?
「そうだ。どこでも、大抵何かしらが落ちているものだ。迷宮というのは危険も多いが、その実なかなか親切なものだ」
そうは思えなかったが、曖昧に頷いておいた。
二人が向かったのは〈大王ムカデ〉亭という場所で、酒場が迷宮化したのではなく、酒場を題材にした迷宮として生み出されたものだ。大抵、少し探せば酒が見つかるが、毒が入っているのでそのまま飲んではいけない。解毒のための費用を差し引くと、最初から尋常の酒場で注文したほうが早いため、誰かを毒殺したい時以外、ここで酒を拾う意味はない。