第114話 闘獣
酔っ払いたちが駆け付けると、確かに一つの区画が密林と化し、鳥獣の鳴き声が聞こえてくる。まるで帝国南部のような熱気――だが生憎アスラはいないようだ――これは中の警備隊も囚人も、死体安置所のイアンも飲まれてしまっただろうか。しかし、タイミングが良すぎるのではないか。あるいは、何者かが捜査を攪乱するために――
「カシラ、ひとまずオレらも果物でも食うってのはどうだい」
ラダマンテュスがそう言うので、確かに何も食べずに酒だけってのも良くないな、と考えたシャロウシープは、森に足を踏み入れようとする。
その時、奥から聞いたことのない獣の鳴き声と、人々の悲鳴が響いた。
木々をなぎ倒しながら、黒い影が突っ込んで来る。とっさに迷宮守りたちは散開した。現れたのは奇怪な姿だ。その巨大なる怪物は、四足獣のようだったが頭がなかった。シャロウシープとその場にいた数人の魔術師は、応援が来るまで持たせようと、討伐ではなく拘束を試みる。魔力の縄が怪物を雁字搦めにしたが、もちろん激しく抵抗する。あまり持ちそうにはないな、自分だけ放り出して逃げるか? と考える。だが、恐らくは他の奴らもそう企んでいるだろう。タイミングをうかがっている間に、場違いに快活な声が響いた。
「苦戦しているようですね、貧弱な迷宮守りの皆さん! そんなことでは闘技場の噛ませ犬にしかなれませんよ!」
円卓の騎士リースだった。彼女は両手に剣を構え、化け物に突進していく。魔術師たちは目で合図し、拘束を解除した。リースが引き受けている間に逃げるつもりだったのだ。
しかし次の瞬間、一同は迷宮化した森ではなく、満員の観客を収めた円形闘技場へ移っていた。
「さあ、現れました騎士リース! 本日の相手は首無しの猛獣だ。ゲストの方々も、飛び入りで参加したまえ。彼女か怪物に傷を付ければ賞金を進呈しよう、奮ってご参戦を! 紳士淑女諸君、そして戦神エギラよ、闘士たちの雄姿をご照覧あれ!」
司会者の声にシャロウシープが面食らっていると、共に召喚された迷宮守りたちは、金に釣られてか、あるいは何らかの異常効果の影響か、血走った眼でリースと怪物の戦いの場に乱入していく。騎士は怪物の猛攻をかわし、その首のない肉体を足場に跳躍すると、
「我が聖なる果実を受けよ!」などと叫び、何かを投擲した。それまで他人事のような気分でいたシャロウシープは、とてつもなく嫌な予感を覚え、障壁を展開する。その直後、凄まじい音と光が炸裂した。
聖なる果実とやらは小型爆弾だった。怪物と乱入者たちは吹き飛ばされ、その血肉は観客席にまで飛び散る。彼らは大喜びで、シャロウシープはこの都市の人々は、戦いと同じくらい、単なる殺戮をも好んでいるのだと知った。