第113話 取り調べ
この国はドヴェルをはじめとする酒神オーマの信徒が多く、もちろんそれ以外でも始終飲んでいる者が多数いて、酔っ払い相手の事情聴取という、藁の山から針を探すような行為が王国中で公人・私人を問わず常態化している。探偵の中には話を円滑にするとか、推理力を活性化させるとかいう名目で、聞き取る側も酔っているケースすらある。
それに比べれば団員たちは皆ほろ酔い程度だし、捜査官の方は素面なのでどうってことはないだろう。問題は、イアンが〈バブラス〉という正体不明の怪人の追跡に当たっていたということだ。
そいつは自分が考えた嘘だから、真面目に取り合うことはない、とシャロウシープは確固たる口調で言ったが、捜査官は聞き流した。そして、団員たちはそれぞれバブラスがどのような人物像か、違った姿を証言した。
「奴は人間の女性で、矍鑠とした婆さんなのさ。元はフォルディアの魔女階級で、反逆を企て追放となったんだ」
「エルフの若造で、他者を殺すと神になれると信じておる。犯行は三の付く日で、これは奴が三つ子だったからじゃ。墓場の土しか食わんから、飯屋に張り込んでも無駄じゃな」
「モーンガルドから逃げて来た吸血鬼の殺し屋だとよ。元はドヴェルで、王都リニィの正規兵だったらしい女だ。殺した相手の髪を凶器にして次の標的を絞殺すんだ。髪を短くすりゃ狙われねぇ」
「雲突くオークの大男だ。馬鹿でかい鉄球を、小石みたく軽々とブン投げて来るから、退治するのは骨だ。僕には分かるぞ、イアンはぺちゃんこにされてたんだろ?」
「バブラスは他者に化ける魔物なのです。イアンこそがバブラスだったのです」
「バブラスとは六十七名の葬儀屋からなる秘密組織の名で、彼らは仕事を増やすために殺しをするのさ。お巡りさん、あんたにも思い当たるフシがあるんじゃないかい。事件が起きないからって自ら……え、ない? そういうことにしておこうか、今はね」
「おれがバブラスだ! 何をするか自分でも分からんぞ! 今すぐ逮捕してくれ!」
団員ではない酔っ払いも集まって来て口々にバブラスについての話をする。捜査官は、いちいち真面目にメモを取ったり、さらに質問をしたり、黙考したりしていたが、やがて「協力に感謝する」と言って去って行った。
シャロウシープは疑問を抱いていた。イアンは本当に死んだのか? なんとも疑わしい。どうにかして直接見た方がいいのではないか。
そう思っていると、夜半過ぎに外が騒がしくなる。
「警備局が迷宮化した! 森になっちまったそうだ。今なら木に生ってる珍しい果物が食い放題だとよ!」