第112話 黒鹿街六番区支部
グリモでは多くの魔導機関が迷宮から発掘されるが、その大部分は用途不明だったり、全く稼働しなかったりして手が付けられない。生きた機械が発見され、解析の結果それを再現できたとしても、都市の外に持ち出すと、とたんに全く動かなくなったりする。
それとは別に、半ば都市と一体となった用途不明の機関が日夜稼働を続けている。燃料として魔石をくべられてもいないのに、大量の蒸気を吹き出しながら嘶くような稼働音を立て、蠢き続ける巨像。霞んだ階層の地面から天蓋までを埋める、全くもって用途不明な鋼の塊。その一部は火神フィルクの偶像として、信仰対象となっている。
シャロウシープを頭目とする名も無き徒党の本拠地、迷宮公社黒鹿街六番区支部。地面を貫通した建物は下の天井から階層の半ばまで突き出し、大規模な宿として活用されている。メル・ロメロは旧宅からここに引っ越してきた。これまで蒐集してきた遺体の数々はどこぞの屍術師に売り渡したらしい。彼女は死体を盗むことが目的の怪人であって、その後はどうでも良いのだ。
こういう、自身もしくは迷宮が定めた役割をひたすら全うする者は、専門用語で言えば〈遂行者〉――パルテールっていうのは花壇を意味する語だが由来不明、もしくは〈釘打ち〉――これは多分「金槌を持つと何でも釘に見える」という言い回しが由来か――などという風に呼称される。つまりは役割だ。釘を打つ者と定義されて金槌を手にしたなら、他の動機や意味はいらないってことらしい。
メル・ロメロに対して、あなたは結局屍術師ではないのか、と尋ねると、彼女は厳密に言うと超消極的な屍術師としても定義されてはいるので、そのための技術や知識、道具などは一通り揃えているが、死体泥棒としての定義が強く、それさえ全うできれば満足してしまうらしい。今は死体を盗んでもバブラスの手がかりになりそうもなければ、そこいらに遺棄するか売り飛ばしているそうだ。
彼女以外のメンバーも、自分なりに役割をこなしている。
エルフというものは親や配偶者、主君にしか教えない真名を持っていて、それとは別に普段使う名前を動植物や大昔の英雄などから借りて〈纏名〉として名乗るが、これも他者と重複することがよくあった。そのために更なる通称を名乗ることとなり、団員の一人〈レッド〉もそうだった。
彼はその名に反して髪も目も茶色で流血を好むわけでもなく、正式な纏名を〈赤き滝のオベロン〉といい、それを略しているようだった。エルフの大陸シュマールの古代王に由来する、オベロンという名を持つエルフがこの支部だけで五人も出入りしており、紛らわしいので各々が別のあだ名を持っていた。彼は表面上はシャロウシープやラダマンテュスらと同じくらいやる気がなさそうだったが、日々真面目に迷宮に潜り、魔物を狩っていた。
〈親方〉は年嵩のドヴェルで、鍛冶屋の親方のような雰囲気があるのでそう呼ばれていたが、実際は荷運びが本職で、週末だけ迷宮に潜るという兼業者だった。
他にも自称探偵やら敏腕捜査官といった得体の知れない酔っ払いが、日々この胡乱な徒党に出入りしており、ガラクタや怪文書でしかない捜査資料の山を、日々拡大させていった。
そんなある日、陽が落ちた頃、徒党の一団が公社で飲んでいると、入って来た警備隊の捜査官が言った。
「少しいいかね、あんたらがシャロウシープ氏の率いる、名も無き徒党で合ってるかな。おたくのイアン君が死体となって発見された。おっと、メル・ロメロ嬢よ、盗ませるわけにはいかんよ。捜査? それは我々に任せなさい。で、すぐ終わるのでちょいと話を聞かせてもらえますかね」