第111話 善なる怪人
「その荷物が惜しければ命を渡すがいい」
戦闘の銀仮面がそう言った。言い間違いかどうか微妙なところだ。こちらが何か答える前に、何らかの装置を取り出しスイッチを押した。
配線と歯車がむき出しになった歪な球体から、細長い金属の脚を生やした機械。そんな奴が路地の奥から出現して、こちらに歩いてくる。巨漢が自分と同サイズの大男を肩車しても、余裕で股下を潜れるサイズだ。歩行機械は蒸気を吹き出しながら、仮面の群衆を蹴散らし突っ込んで来る。ラダマンテュスとシャロウシープは左右に飛びのいた。
「こん畜生、リースの闘技場ならともかく、ここじゃ何の景品も貰えねぇ、骨折り損だぜ」
ラダマンテュスはボヤきながら大口径拳銃を発砲した。脚には命中したが多少へこませる程度だ。シャロウシープは火球を放ち球体部に当てる。これも焦がした程度で、致命的ではない。
警備隊が直に来てくれるだろうが、こちらとしても面倒なので撤退すべきだな、と思っていると、
「おやおや、我が静かな散歩道に、今宵は無粋なお客さんがいるようだ」
杖を突いた片眼鏡の老人がいつの間にか立っていた。笑みを浮かべながら彼は「助けが必要かね?」と持ち掛ける。
より厄介なことになる可能性もあったが、それでも場は混乱するはずだ、その隙に乗じて逃げればいい。シャロウシープは二つ返事で助力を願った。
「うむ、よかろう。では下がっていたまえ」
歩行機械の脚が老人を踏みつぶそうと迫るが、彼は消失していた――煌めく軌道を残して。彼が振るった仕込み杖の刃が納められると、次の瞬間には機械の本体と思しき球体が真っ二つに切断され、轟音を上げて爆発した。
まだ無事だった銀仮面の者たちも逃げたようだ。シャロウシープは老人に、助かった、あなたは一体? と尋ねる。もちろん正体を暴こうとしたのではなく、怪人が本能的に持っている、自己宣伝願望を満たすためだ。
「我が輩、人呼んで〈路地裏の散歩者〉〈閃光紳士〉、クエンティン・クイックファイア。今宵のように月が輝く夜、静寂を何人かが乱すならば――また会えるかもな、シャロウシープ君」
恐らく彼は、正体不明・神出鬼没の強者・協力者という概念が実体化した善なる怪人だろう。なんにせよ助かったので、先に突っ走ったラダマンテュスに続き、とっとと逃げ出すのが吉だ、そして荷物を然るべき場所に届けて二束三文の成功報酬を頂戴して――あの爺さんの剣はまるで南塔卿のようだった――バブラスの捜査も、やりたいだけイアンにやらせておけば良いだろう。何らかの結論は、近いうちに出るはずだ。