第110話 胡乱な取り引き
リースはその後も公社に居座っていて、何度も挑戦者を募り、その大抵は無残に返り討ちに合った。それでも勝利する場合もあるらしく、表彰台よろしくガラクタの山――捜査資料――に上り、手にした魔法具やら宝石、呼び出せるようになった召喚体などを見せびらかす者もいて、それに触発されて新たな犠牲者が闘技場へ向かう、という循環は生まれつつあるようだった。
シャロウシープは宿代と酒代を稼ぐため、時々はまともに働いている。この日はラダマンテュスと共に真鍮橋区の通りにいた。蒸気のヴェールの向こうを、ずんぐりとしたシルエットの魔導甲冑がゆっくりと闊歩する。
「最近はイアンの野郎が、ますます捜査にのめりこんでやがるぜ。オレには一切意味の理解できねぇ概念図とやらを見せて、バブラスに急接近だと言ってやがった。何でも協力者を見つけたらしいが、どこまで信用できるもんかね。どうせ場末の情報屋か、三文私立探偵だろうが。カシラ、あんたとしちゃ出来た弟分を持って幸せだろうが、あの暗号通信坊やは、どうにも危なっかしいぜ」
グリモでは共同捜査を行う集団が「情報を仲間と共有しない」という、捜査を滞らせるだけとしか思えない手法を多用する。これは情報を「寝かせる」とか「遊ばせる」と言って、敢えてはっきりさせないことで、解決の可能性を引き寄せるという逆説を狙っている。都市全体にかかっている〈混沌の蝶〉という魔術だ――もしかするとあの野郎は何か重要な手掛かりを既に持っていて、しかし言っていないだけかも知れないぞ――そう考えた時、藪の中にそれはある。その相手が失踪したり、不可解な死を遂げたりすれば最高だ。そいつの行動圏内に、無から作り出されたような手掛かりが発生し得るのだ。そして罠や危険な敵も。
隣に腰掛けた、トレンチコートの紳士が「星屑は空き缶の中」と言った。シャロウシープは「歯車が緩んできた」と答え、彼から包みを受け取る。こういった怪しい取引は、バカンやグリモではよくある仕事で、しかし結局は斬った張ったに雪崩れ込むものだ。向こうでは暗黒街の悪漢たち、こちらでは行動原理や正体の不明な怪人がとびかかってくる。相手がブラニア教徒なら作法に則った袖の下でどうにかなるだろうが、この国の怪人たちは自分ルールが吹っ飛んでて手に負えない。
永久に時刻が狂ったままの時計台の前を、銀の仮面を被った群衆がこちらに向かって横切る。奴らはこの荷物を狙っているか、バブラスの関係者か、あるいは全く関係ない人物とこちらを勘違いしているのかも知れない。もしくは、一切関係ない相手を場当たり的に襲うためにやって来たのか。