第11話 巡礼
ところで、ここは何処なのかと今さらながらガヴィンは尋ねる。
「ここはバカン王国のシヴ=イルヴァ……その群竜棟って地区の下層にある駐車場だ」
そう言うピットハインドは原色を排した正装を纏っている――この地の迷宮守りはいつでも夜会に出るかのような装束と態度で、迷宮に臨むのだと聞き及んでいたが、事実らしい。
「いや……正確には、まだおたくは帝国を出ていないというべきかな。この街は少々特殊だ、なんて言うか……バカンの中にありながら、漂ってるとでも表現すりゃいいのかな」
古代の双子聖人シヴとイルヴァは、強大な魔物と戦い、その命を落とした。だが、魔物を倒すことは叶わずとも、封じることには成功した。魔物を世界から隔絶するためか、あるいは魔物が残した呪詛か――この都市には、外部から直接入ることはできず、どこか別の場所から迷い込むしかないのだそうだ。ガヴィンのように、他所から転移する人物の数も少なくない。
広大なる道路と線路が、同心円状にどこまでも広がる異形の大都市、それがシヴ=イルヴァだった。どこに向かうでもなく、大量の歩行者と自動車と列車が、日々この街を廻り続ける。それは双子の聖者に捧ぐ巡礼であるという。
「どの街にもシヴ=イルヴァへの入り口がある……おたくが鉄の軋む音と煙たい香りを感じたらな。さて、少し走るかね。帝国からのお客に、この街を見せよう……」
車は駐車場を出て、上り坂を進んでいく。バカン――帝国の西にあるイーグロン大陸、その地が抱く六王国の一つにして、最大の国家だ。大陸中央部から東にかけて広がるこの国は、帝国との間の海に突き出した〈香辛料半島〉を擁するために、古くから交易で栄えた。さらにある時から、国全体で異様な都市化が進んだ。遥か高みまで空を突く高楼と、自動車や列車、夜であろうと都市を覆うまばゆい魔力灯。あたかも商人や、富の神ブラニアの僧侶、そして迷宮守りたちが、礼儀正しく、そしてあくどく金稼ぎに精を出した報酬とでも言うかのように。迷宮化が進む猥雑なバカンの大都会で、今日も烏のような正装を纏った人々が蠢くのだ。
奔流のような車列に乗って、ピットハインドは〈盗賊鴎〉亭という彼女いきつけの宿屋に乗りつけた。今夜はここに泊まると良い、私の紹介だと言えば、いくらか安くしてくれるだろう、と言って彼女は走り去った。
ここから出て帝国へ戻る方法は、朝っぱらから飲みに来る爺さんに聞くと良い、と最後にベンシックの便利屋が口にしたアドバイスを脳裏に留め、ガヴィンは異国の地で眠りに就いた。