第108話 まだ名付けられていない
翌朝、公社に戻りイアンや他のたむろしている迷宮守りたちに会ったが、彼らは昨日のことに言及しなかった。昨晩、満月を見たら死んで騒ぎにならなかったかと尋ねたら、「まだ酒が抜けてないんですかい?」と言われて終わりだった。
そのまま飲んでいると昼ぐらいにメル・ロメロが起きて来たので、こいつと徒党を結成して〈バブラス〉を退治するので、加入したい奴は声をかけてくれ、とその場で募った。イアンや〈レッド〉、〈親方〉、〈踊り場のラダマンテュス〉といった面子が希望したので、その場で徒党申請の書類を書いて公社に提出した。一団の名は、まだ名付けられてないので空白、代表者としてシャロウシープとだけ書いた。
前にもこういった経験をした気がする――帝国のダグローラ広場――妙な話だ、帝国ではソラーリオが信仰されていて、ダグローラの女神像なんてあるのだろうか? 向こうじゃ〈雨乞い師〉、テセウス、それから魔女見習いと――
「とりあえずさ、カシラよ、捜査方針を決めようじゃねぇか。その〈バブラス〉っつう野郎について、目ぼしい情報を教えてくんねぇか」
ラダマンテュスは帝国の迷宮守りのように、顔を布で覆っているので正体は不明だ。向こうの出身なのか、ただ真似しているだけなのかは分からないが、彼からは熱気と香辛料の混じった大気の香りはしない、グリモ人と見て間違いないだろう。
バブラスは昨晩ここに姿を現し、自分を挑発して去って行った。必ず次なるアプローチをしかけてくるはずだ、とシャロウシープは告げる。好きなものはワニ肉と安ワインで、得物は鉄パイプと土鍋、年齢四十歳くらいに見える人間の男だ、と説明した。〈親方〉が真面目にメモを取っている。
それからも今頭に思い浮かんだ内容をそのまま喋って、それを肴に飲んだ。
「ううむ、団長よ、この人物はどうも不明瞭に思えてならんわ。ひょっとすると、じゃが。こいつぁ……」
〈親方〉が髭を撫でながら言う。あんたの与太話じゃないか? と言われるのを待っていると、
「一人じゃないのかも知れんぞ。バブラスっちゅうのは、犯罪組織の名じゃないのか?」
「確かに、そうかも知れやせんぜ、兄貴。厄介だけど、構成員が多いってんなら足が付きやすいってことでもあるからな」
「オレたちがバブラスをぶっ潰したってんなら箔が作ってもんだぜ」
何やら盛り上がって来たので、少々酒の量が過ぎていたシャロウシープは、組織も何も、そんな野郎は存在しない、自分の作り話なんだ、と暴露した。
その瞬間、にぎやかだった建物内は一瞬で静寂に包まれ、誰もがこちらを凝視した。数十秒、その沈黙は続き、そして喧騒が戻ると、何事もなかったかのように団員たちはバブラスの追跡について熱のこもった話を再開した。