第106話 復活
「自覚なき者か。あのような魔剣、なければその方が平穏な人生を送れるかも知れぬな」
幸いにも釘の打たれていない棺桶から出て、シャロウシープは最初に、その異様な人物を目撃した。種族は人間の女性に見えたが、これまでに見たことがないほどの長身で、重厚な鎧を纏っている。被っている兜は引きちぎられたように半分欠損し、そこから炎のように真っ赤な髪が靡いていた。容姿は恐ろしいほどに整っている。
あなたは何者か、突飛な夢の一部なのか、と尋ねる。
「我が名はアレッシア、廃されし英傑、砕かれし世界がための贄。魔剣の継承者よ、再びの生を全うするが良い。わたしは傍観者なれど、一つだけ忠告だ。満月を見るなかれ」
そう言うと彼女は消えた、いや、正確にはまだそこにいるのだが、壁や床やそこらの街路樹のように気にならなくなった。
書き換えの罰則――四腕の悪魔の血を求める――九大迷宮の外郭――鬼火のにおい――変容する獣。これまでのページの断片。頭の片隅に、奇怪なイメージが浮かんで消える。
悪酔いにしては度が過ぎているので、迷宮病の症状に違いない。ひとまずはここから出よう。この死体置き場から。
周囲には棺桶が積まれ、中身の入った死体袋もそこらに放置されている。悪臭はしないので、一応防腐処理はなされているようだ。自分は運び込まれたばかりで、これから手を加えられる所だったのだろう――フォルディアの死体漁りに比べれば悠長なこと――自分はフォルディアなんざ行ったことがないのに妙な――まずは身に着けた装備を確認する。財布も触媒も無事だ。魔術の使用に必要な触媒は、杖や魔石を加工したもの、魔物の骨など様々だが、シャロウシープの場合は混ぜ物をした銀の腕輪だ。
探知の術を使う。代替詠唱として、三つ並んだ目の図表と、〈生命・探す・見る・知る・周辺〉という意味の言葉を圧縮したルーンを思い浮かべ、手を掲げた。体内の魔力器が活性する。今日の魔術の基本は、条件付けだ。反復訓練によって、瞬時に選んだ術を行使できるようにする。壁の向こうに一人いる。誘拐犯、いや死体泥棒に違いない。
懐から魔法銃を取り出す。攻撃用の術のための二つ目の触媒だ。銃口に取り付けられた魔石に向けて、銃身内に刻まれた螺旋型立体魔法陣が術を注ぎ込む。ドアを蹴破り、シャロウシープは、動くな、と叫んだ。
犯人メル・ロメロはバカン風の装いをした少女で、その原色を排した正装は、真鍮の装飾や得体の知れない機械・小道具、ベルトやゴーグルなどを纏うグリモ人の格好に比べれば地味に見える。