表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DUNGEONERS:LIFEPATH  作者: 澁谷晴
4:Shallowsheep
105/164

第105話 都市の迷宮守り

 そのベンシックが生まれる寸前に、どこからか浅瀬に羊が迷い込んだ。逃げることもなく、漁民たちをじっと見つめていた羊は、彼らが少し目を離した隙に消えた。


 〈浅瀬の羊(シャロウズシープ)〉と名付けられた、暗い色の鱗と鋭い目を持つ赤子は、生まれつき魔術の力に長けていた。迷宮守りとして働き始めてから、いつの間にか〈浅はかな羊(シャロウシープ)〉と呼ばれるようになり、彼も同じようなもんだと感じたために異議を唱えはしなかった。


 迷宮都市ラフィアンズミル、今日も蒸気で煙るグリモの都市。新たなる〈怪人〉が街を騒がせ、人々は浮足立っていた。


 犯行予告(メッセージ)――モリアーティ探偵社も宝石泥棒ふぜいに舐められたものだ、とシャロウシープは低い声で言った。夕暮れ時の迷宮公社の酒場は混み合っているが他の客たちも、この新しい事件について持ちきりだ。


「いや兄貴、その〈薔薇孔雀〉って野郎は結構な男前らしくて、女どもは大騒ぎですぜ。ちょいとした舞台俳優(イドル)みてぇな扱いでさ」


 弟分の迷宮守り〈脂下(やにさ)がりのイアン〉が笑みを浮かべて言った。色付きのゴーグルで彼の両目は伺えないが、皮肉げに細められているだろう。


「そんで警備隊(チェス)の方でも、コソ泥(ティー)風情が良い顔しおって、ってんで気合入れてますぜ」


 魔導甲冑(パップ)でも出すつもりなのか、大袈裟なことだ。


「さて、どうなるかね。ここんところ、怪盗どもに好き勝手やられてるんで、これ以上面子が潰れたらやってらんねぇだろうさ」


 グリモの特色は蒸気を吹き出す詳細不明なカラクリと、人騒がせな怪人たちだ。彼らを狙う探偵や賞金稼ぎたちは、街をひたすら騒がせる。経済的損失も人の死も、退屈な市民にとっては娯楽だ。ラジオと新聞をにやつきながら眺め、酒の肴にする。もちろん世界中どこでも、そんなものかも知れないが。


 この都市ラフィアンズミルは、バカンとグリモの国境である濁河のほとりにあった。迷宮守りたちや旅人、行商、風生まれ(ウィンドボーン)たちは隠語や方言、符丁、スラングを使うものだが、それらが入り混じり、ここ特有のものも多い。意味が分からない相手の台詞に対しては、自分も同じように謎めいた言葉で返すという意味不明な文化も相まって、ひどい時にはお互い暗号通信のような様相を呈することもあった。


 シャロウシープは何か忘れていたことを思い出したように呟く――宝石なら自分も何かいいものを手に入れた気がする。〈黄昏〉――


「何言ってんですか兄貴、そんなのあったらこんなシケた所で温いエールなんざ飲んでないでしょうが」


 違いない。酒盛りは大概にして、二人は外に出る。今日は満月ですよ、とイアンが言ったので、シャロウシープも空を見上げる。


 それを見つめた途端、彼は倒れた。公社の職員や酔っ払いたちが集まって来る。脈を取った誰かが、死んでる、と告げた。イアンは死体を揺するが、もちろん起きる気配はない。懐に手を突っ込んで財布を抜き取ろうとした者同士で乱闘となり、ちょっとした混乱だ。


「ほう、事件のようだね。この私立探偵オクタヴィアが調査しようじゃないか」


「待てい。このワシ、北通りのフィアラルこそが解決に導こうぞ」


「事件であれば本官にお任せを。この手柄で殺人課に異動できるやも知れません」


「それより、まずは死体を調べねば。我ら黒鹿街屍術師(ネクロマンサー)ギルドが検視を担当します」


 と、調査官らと葬儀屋や死体漁り、得体の知れない者どもが群がり、シャロウシープの死体を奪い合う。だが、彼らの目の前でいつしかそれは、木の人形に摺り替えられた。そして、辺り一面に紙片が舞う――そこには「死体泥棒ネル・ロメロ参上」と描かれていた。


 慌てる人々の脇を、食肉輸送用の馬車が通り過ぎる。精肉業者に変装した怪盗は、まんまと仕事を成し遂げたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ