第103話 標的
アスラについて知っていることは、ほとんどない。そう前置きしようとしたが、ブロウの口は勝手に、この悪魔についての説明を開始した。立て板に水といった調子で、すらすらと言葉が紡がれる。
奴らはクーシャ亜大陸を闊歩する悪魔。その実態は土着神の力の余波だ。あの密林はこの地とは別な意味で、特異的な地である。まつろわぬ神々は絶対的な存在として密林を闊歩し、その強大な力は魔物を生み、崇拝、あるいは挑戦の対象となるのだ。
アスラは亜大陸の神々の義憤が形を成した、制裁を加えるための化身だ。しかし今や戦いそのものに囚われ、出会った相手を誰であろうと惨殺することが行動理念となっているのだ。通常、彼らが人族に関心を抱くことはほとんどないが、異世界の自分は何度も襲撃を繰り返し、アスラの注意を惹いた――この世界の自分を誘い込み、亡き者にしようとするほどに。彼らとしても本気でこちらを恐れているのではなく、小癪で面倒な害獣程度に感じているだけだろう。その上で、アスラの本体は亜大陸から出られないので、化身を迷宮に送り込むくらいしか嫌がらせはできない。
もちろん自分は、アスラの血を飲みたいのでこれより亜大陸へ遠征し、狩りを行うつもりだ――ブロウはそう、堂々と宣言した。
「厄介そうな相手ですが、それゆえに倒したときの悦びもひとしおでしょう。実にうらやましいことです。ああ、もしよければブロウさん、我が徒党への加入を真剣に一考してみませんか? もちろん、亜大陸での狩りが一段落し、またこちらへ戻って来た折に、気が向いたらで構いません。帝国じゅうどこの公社支部でも良いので、職員に〈黄金のコウモリ〉を飛ばしたい、と告げてください。こちらの者が迎えに行きますので」
丁重に礼を述べ、別れ際、〈黄昏の宝珠〉を見せて、これに何か特別な効果が備わっているか分かるかと尋ねた。ベルマンは宝石に触れ、
「美麗ではありますが、魔術的な効力が付与されているようには思えませんね、いえ、専門の鑑定師ではないので、断言はできませんが」
やはり、これは異世界の自分との融合の始まりを告げる、象徴に過ぎなかったのだろうか。だとしても、それで構わない。肝心なのはアスラを狩り、血を飲むという今後の予定だ。
明日の日暮れを待ってこの街を出る。そして、南へ向かおう。待っているアスラを狩り、その血をたらふく飲んでやる。そう考えると、自然とブロウは笑い、肥大した犬歯を剥き出していた。