第101話 汚れた休息地、ディセント
夜の街は汚らしかった。路上にはゴミが溢れ、害虫やネズミなどが我が物顔で横切っている。モーンガルドにも薄汚れた街はあったが、そことは住民の目の色が違う。労働者も物乞いも、力に満ちており、自分の役割をはっきりと認識しているようだった。それはフォルディアのように与えられたものではなく、自らが選び取ったものだ。この東方では力が全てで、それは単純な腕力のことだけではない。ちっぽけなことであっても、自らが選んだという確信だ。帝国人が己が道を信じる心は、この地の太陽のように激しい。
この街は自治都市のひとつであり、迷宮守りが集まってできた街だ。そういった場所は帝国にいくつもあり、盗賊団の根城のような暗黒街から豪商の居城まで様々だ。この〈ディセント〉の治安はそこそこといったところで、衛兵たちは真面目で、犯罪がないわけではないがすぐ逮捕され、悪党の顔役も秩序をわきまえている。だが清潔ってわけじゃない、ってところだ。悪くはないが、面白みもない、補給地点としては十分、そんな場所である。
正門にほど近い食堂で、そう説明してくれた店主の料理も、可もなく不可もなくという味で、店内の薄汚れた感じを差し引いたら、都市と同じく、まあまあってところだった。そういった中間的な辛めの肉料理と蒸留酒を堪能し、勘定を済ませて店を出ると、一人の同族が立っていた。
彼はブロウよりも高位の〈ナイトウォーカー〉――昼間は活動できない吸血鬼――だった。西大陸の、古臭い貴族のイメージそのものの、華美な衣装。妙に甘ったるい香水が鼻を突いた。白目が黒く変色した特有の目を細め、肥大した犬歯を覗かせて笑んだ。なんとも気障なものだ。バカンの迷宮守りたちに近い雰囲気だが、それにしては原色の目立つ装身具をいくつも身に着けている。
「この吹き溜まりでよもや、我が獲物に出会えるとは。君から鬼火のにおいが漂っていますよ……二日前の夕日にかけて、三世紀に渡る動詞にかけて、午睡の後の固ゆで卵にかけて。あなたは、ナールに憑かれていますね。隠し立てはいけませんよ!」
突如まくし立てた青年だが、心当たりはあった。エルナが打倒した〈鬼火斬り〉、詳細は未だに分からないままだが、彼は不可解な魔獣、ナールの力を行使していた。ブロウは説明するより見せた方が早いと思い、アレッシアを変化させた。すると、この巨大な英雄の体は、宙に舞う大量のページに変化した。
「おお、これは何と――うーむ、そのものではないな。ナールという現象を内包する症状か――このお方、元はドヴェルだったようですね。うーむ、これでは血を吸うわけにはいかないな。市民としてあるまじき暴挙、それ以前に、血が通っていない、ナールのにおい付き見本――いや失敬。紳士として恥ずべきことでした。我が獲物は極めて希少でして、これでは我が同輩たちに顔向けできませんね。改めて自己紹介を。僕はベルマン、〈黄金の血〉に属する吸血鬼です」