第1話 過去を失った者
迷宮守りは狭苦しい一室で目覚めた。薄汚れた低い天井には魔力灯が点っていて、ぼんやりと部屋を照らしている。
室内には迷宮守りが横たわっているベッドの他にはテーブルと椅子、鏡だけがある。体を起こし鏡の前に立つと、自分の姿が明らかになった。赤銅色の肌と黒い髪の、大男といった容貌だ。耳には毛が生え、狼のそれのように変形している。
しばらく、見覚えがない自らの姿を見ながら、迷宮守りは佇んでいた。すると、部屋の扉が開き、見知らぬ人物が入って来た。
「ああ、起きたんですね。見たところ異常はなさそうでしたが、どこか痛んだりとかしませんか?」
笑顔を浮かべたエルフの女性だ。華やいだその表情は、この薄暗い部屋には似つかわしくないように思えた。あなたが自分を介抱してくれたのか、と迷宮守りは尋ねる。
「そうです、大したことはしていませんが、この部屋にあなたが倒れていたのでベッドに寝かせ、その間周囲を偵察して来たわけです。幸い脅威となるような魔物や罠は見当たりませんでした、安心してお休みください」
自分が誰か知っているか、と尋ねると、
「いえ、完全に初対面なもので、存じません。ああ、申し遅れましたが、私は迷宮守り、エフェメラと言います。獣人のお兄さん、記憶がないのですか?」
そうだ、と答える。自分は獣人という種族なのか? それがどのようなものかも分からない。
「そうなのですか? ええと、獣人っていうのは種族というか、祝福を受けた方ですね。五感が鋭くて暗闇でも見通せるし、身体能力も高いです、だから迷宮守りとか軍人とかになると、間違いなく活躍できます。どこに行っても歓迎されますよ。ああ、そうだ、そこのテーブルの上にあるのは、お兄さんの荷物じゃありませんか?」
確かに、背嚢と一振りの剣が置かれている。獣人の迷宮守りは、まず後者を手にした。〈ラップローヴ〉という名が脳裏に浮かび、何かの繋がりのようなものが、この武器との間に存在するように感じた。それを口にすると、
「それは魔剣でしょうね、魔剣っていうのは契約した所有者との間に〈絆〉を形成して、他の人は本来の力を発揮できないようになっているんです。
〈絆〉を解除するには所有者が死亡するか、その意志とともに手放すことを宣言するか、あるいは〈外し屋〉に依頼する必要があります。奪われても、所有者は契約している魔剣の位置を探知することができるので、すぐ取り戻せば済む話ですが、強奪の為に殺しにかかってくる相手には注意しなければいけません、お兄さんは強そうなので、そう簡単には奪えないでしょうけどね」
次に背嚢の中を改めると、応急処置のための包帯や魔法薬、携帯食料、水などがあった。
そしてもう一つ、手紙が入っている。それはどうやら〈銀狼洞窟〉という場所の防衛戦で活躍したことを讃える、〈ロドー家〉からの感状のようだった。
宛名は――これが自分なのだろうか。獣人の迷宮守りは、それを口にしてみる。しっくりくる気がした。
〈ガヴィン・ラウ・ワーディ〉、それが自分の名らしかった。