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序章2.慎ましき日々

■あのときとの違い

「ふわぁ……眠たくなってきちゃったなぁ……」

出発準備中なのに、あくびが止まらない。これも今が深夜と言っても過言ではない時間だから仕方ない部分でもある。

迷宮探索の枠、調査という名の狩りを行うには事前に予約が必要である。勝手に入る事は許されない。

そんな予約枠の取れたのが、この時間、深夜の第三層の一角。

低層である1~3層は各ギルドにそれなりの数の予約枠が設けられており、その中でも一番深い場所。これだけなら良質な魔石などが取れそうに思えるが、実際のところはただ遠いだけ、しかも出現モンスター自体はそれなりに強くなるのに、実入りは別に増えないという悪条件。だからこそ枠が空いていたとも言う。

それだけに事前の準備はそこそこカッチリと行い、通常ではあまり持ち込まない治療薬や魔法の準備、武器の手入れを行っていた。

「さすがに3層じゃ出番が無いから、これは持っていかなくていっか」

調合用の機材は、1層や2層では出番が余り無いため、空き時間を自由に使って良いと言われていた。

そのなかでやっているのがこれ、錬金の準備である。

場所が場所だけに、安全でいい環境とは言えないが、そこそこの治療薬を作っておいたり、消費するアイテムの補充程度には出来る。しかも掛かる経費に関してはパーティーの出費だからと、負担も極わずかで自分の鍛錬になる。

それほど出番が無いけれど、下準備はとても大切なのだから。

「でもなぁ、この時間はさすがに……」

そう愚痴りたくもなるけれど、稼ぎは3層の方が多少は効率は優れる。

1層や2層では交代時間が2時間程度と短いが、3層はある程度長丁場で、約6時間占有出来るので、一度の予約枠での収入は大きく増える。

ただ危険度はそれなりに上昇するので、準備不足ではとてつもなく危険となる。

違うところを挙げるとすれば、出現数が単純に増える。しかし出現頻度がやや下がる。

他にも出現するモンスターから得られる魔石の価値も多少は上がる。だが強さに比例してるかと言えば、それは無い。強さが2倍だからと言って、魔石も2倍になるとは限ららず、せいぜい2割、3割多い程度であった。

それでも一度の狩りで1層に比べれば4倍以上は稼げるので、時間効率、枠効率どちらから見ても優れてはいる。


「おはようございまーす、って時間じゃないですよね」

ドアを開けて二人にこれで良いのだろうかと挨拶をする。

「ああ、おはよう。という時間では、たしかに無いな」

そう笑うのは青髪をきゅっと後ろで縛っているセレンさんだ。同じパーティーとして活動する前衛戦士の人で、すらりとした体躯からは想像できないほどのパワーを秘めている。

一度お願いして腕を触ったりしてみたけれど、筋張って硬い訳でもないのに、鋭い剣技を持っていた。

(しかも結構柔らかそうなのも不思議だね)

たぶん魔力自体で自身の身体能力を補助しているのだと思う。

「冒険者というのはいつの時間でも動くから、これで良いのだと思います」

もう一人はティーナさん。今日に限ってはメイド服のようなローブであった。

ティーナさんは戦士ではなく、セレンさんを補助する役割のようで、剥ぎ取りからお茶を淹れたり、身繕いを整えるので、戦うメイドさんのような感じであった。

「お昼寝はしてたんですけど、やっぱりこの時間になると……」

「確かに時間が不定期なのが一番堪えますからね。荷物は大丈夫ですか? 私も預かりますよ」

「お願いします。ではこの作った物を半分くらい……あら」

ポーション類の類をいれたカバンをひょいっと持ち上げてくれる。手慣れているのか、わたしが持つよりは安定している。これが戦士とそのお付きなのだろうか。

「今回は3層だから、気を引き締めていく。これまでも何回かやってっみて、お互いの事はある程度知れてるからと思ったが……危なそうなら遠慮なく言ってくれ」

「はい、それはもちろん! ……ッ!?」

元気よく答えると壁ドンされてしまった。廊下で騒いでいたらうるさい時間帯だろうし、これはわたしが悪い。

「それでは向かいましょうか、セレン、睨まない睨まない」

ティーナさんになだめられつつ、宿を出る。

すると満天の星空、と言いたいところが、ところどころ曇りで、これから6時間もしたら雨が降りそうな気がする。


町中に出てくると、この時間でも中央の通りは明るい魔法灯が掲げられていた。

これもギルドい卸した魔石が使われているそうで、迷宮で得られた稼ぎは街に還元するのが義務らしい。どうやらこれで税として賄っているとか。

「このあたりは明るいが、ミリーは路地裏には絶対に入るなよ」

「そ、そこまで子供じゃないですよ! これでもしっかり分かってますから!」

小さな子供のように心配されるが、上京して思ったのが一つ通りを超えたくらいでは、まだそれほど闇は見えない。だが2つ3つと奥に行けば、暗がりが出来るのも仕方のない事なのだろう。

「実はミリーのように、迷宮で稼げるという噂を聞きつけてやってくる方は結構いるのですが……職能的に厳しい事が多いのですよ」

ティーナさんが言うには、迷宮での狩りをするには、どこかのギルドに入らないといけないが、これ自体はそれほど難しくは無い。

基準としては文字の読み書きができればほぼクリアである。

じゃあ何が問題かと言うと、その人物と組みたい人がいるか? という問題に直面する。

戦士としての技能があっても、だいたいどこのパーティーもリーダーが戦士であることが多い。

実際に一番危険で、どのくらい戦う事が出来るのかで、稼ぎが大きく変わるし、役割文体にも影響する。

そんなパーティーに、実力未知数では収益を分け合い、危険を共に備えるのが難しい。

だいたいどこのパーティーも募集するのは回復役や、その後の剥ぎ取りに始まり、サポート役を欲している。

回復役はパーティーの金銭的負担を軽減するし、本人も技術の修練になるので関係性としては良好で、どちらか一方が負担するようなのは避けられる。

サポート役も迷宮内部の明るさを保ち、武具の手入れ、戦士役の交代要員として支えることが出来る。

そしてこの2つの役割はどこも喉から手が出るほど欲しがっており、ミリアンのように治療も魔法も錬金も出来るようなサポートタイプはとても珍しいのであった。

では肝心の戦士役はどうかと言えば、実のところ余り気味とも言える。

戦士が十分な強さを持っているのなら、その戦士自身をサポートするメンバーを集めれば良いのだが、回復役もサポート役もどちらも希少でなかなか集まらない。

かといって戦士ばかりを集めても、十分な強さを発揮できない。狩りをするのが迷宮の一角であり、低層ではそこまで強力なモンスターも出ないことも響いてくる。実際にミリアン達にとっては1層ではセレン一人でいくらでも戦える。

となると2層3層で出現数が増える階層を狙うことになるが、そこは1層に比べると一気に出現するモンスターが強くなる。

強さは変わらずとも出現数が倍になれば、一気に厄介になるし、強い一体が出るのも1層でしか狩り出来ないような戦士には手が負えない。

そのため、戦士としての技量を鍛えてきた者の大半は、3層では通用せず、かといって1層では複数名のパーティーが優先されるというギルドの都合、単身ソロで挑むことになり帰らぬ人となる、などの自体が起きていた。

「わたしって結構運が良い方なのかな」

「いえ、むしろミリーと出会えた私達の方が幸運ですよ」

ティーナさんにナデナデされるが、どうも子供扱いな気がするのは、なぜだろう。

「さてと、それじゃあ今日も頑張るとしよう。ミリー、ティーナ、よろしく頼む」

「こちらこそと、わたしも頑張る」

ぐっと気合を入れて、今日はたぶん攻撃魔法も使うことになるだろうし、心構えはしっかりとしておかないと。

初めて冒険に挑んだとき、セレンさんが戦っているところにいきなり火魔法を打ち込んでしまったのは、今思い返せばすごい失敗だったと思う。

敵に向けて打つはずのものを、味方に当てるかもしれないのだから、今はしっかりと取り決めをしてある。ティーナさんが周辺警戒を行っているので、実際に使う場合はティーナさんの指示に合わせて打ち込むという感じで落ち着いた。

元から二人で組んでいただけに、広く周りが見えているティーナさんなら誤射を防いで、かつ増援に出てきたモンスターもよく見ていた。

深夜の町中はとても静かで、会話をするのは憚れるものの、この時間でも意外と他のパーティーの冒険者を見かけた。

「おや、これからかい? こっちはなかなかの釣果だったよ」

「ああ、深夜の3層だ」

セレンさんと仲よさげに話しているのは赤毛の戦士だと思う人が一団を率いていた。

やはり四人組がちょうど手頃なのだろうか、戦士戦士魔法使いに大きなバッグを抱えた四人で、身だしなみも整っている。

「あの人達は? なんか仲良さそう」

隣のティーナさんに話しかけてみる。たぶん会話もあるから、敵対はしてないと思うんだよね。

「同じ宿の人たちですね。名前は……ルージュと名乗っていた覚えがあります」

見た目通りにルージュさんね、覚えやすくて良さそう。

軽戦士のようで重たい金属鎧ではないけれど、急所は補強されており、その補強部分に細かい傷があることから、かなりの経験を積んでいるように見えた。

魔法使いの人も使い込まれた杖のようで、魔力をしっかりと通した痕があり、使い込まれた様子がうかがえる。

その後セレンさんと二言三言やりとりをして、そのまま立ち去っていった。

「ふむ……」

その後姿に、セレンさんが何かため息を付いていた。

「どうかしたんですか? 何か彼らと問題とか?」

「いや、そういう事は無いのだがね。ただ彼らは4層以降に挑んでるそうだ」

「4層?」

いまわたし達が所属しているギルドでは3層までしか予約枠が無い。ということは別のギルド所属なのだろう。

「嫌味とか言われる事は無いが、やはり先を越されている相手を見るとな」

多少の嫉妬と羨望。さっぱりとした性格だと思っていたセレンさんにも思うところがあるようだ。

「私達は前まで二人でしたからね。むしろ3層でも予約が取れる事を誇りましょうよ」

ティーナさんがフォローしてくれているようだけど、浮かない表情だ。


迷宮に入る前に、沈むような気配があったけど、入れば気持ちを切り替えられるのか、特に問題は起きなかった。

「マジックトーチもだいぶ安定してると思うな」

「ミリーのおかげですよ、本当に」

松明を燃やさなくていいから、片手が塞がることもないし、明るさがブレることも無い。

杖の先に明かりを灯し、迷宮を歩く。目印になるのが少ないので、いま自分がどこを歩いているのか分かりにくい。

それも新しく3層まで足を伸ばしたのだから、しっかりと覚えておかないと。

(右に曲がって3つ目の扉を開けて、出たところを左。帰り道は逆だから……あれ?)

頭の中で地図を書いているつもりだけど、逆になる帰り道がちょっと怪しくなりそうで、現地についたら地図の書き出しをしてみた方が良さそうだ。

「待ってください。通路にモンスターが出てますね」

まだ何も聞こえなかったのに、ティーナさんが警戒を促す。

「何かいます……?」

「2層の場合、部屋だけじゃなくて通路にもモンスターが出ることがあるのですよ、ほらあれです」

明るさの差から、とてつもなく発見しにくいのだけど、確かにモンスターが居た。

「このあたりの部屋も予約されてるはずなんだがな……ミリーとティーナは周囲の警戒と魔法の準備を」

さっと剣を取り出し、即座に構える。それを合図としたのか、暗がりから1層とは違った角のあるわたしよりは背の低い魔物が現れた。

通路で出会ったわりにそれが3体まとまっていて、1層とは違い複数体出現するようだ。

構え、詠唱、集中、集中、放つ!

「準備するよ! 少し待っててね! マナよ、炎の矢となり燃え上がり、ファイアボルト!」

急に唱えるのではなく、集中して魔力を固めてからの詠唱で、威力と精度を高めた炎の矢が魔物に向かって飛んでいき……

ズドン!

「おぉ……これは、あたったら不味いな」

「あれ、なんか威力がちょっと思ったより高かったかも」

命中したあたりに炎を巻き上げるのだけど、思った以上に魔力が高めになっていて、爆発してしまった。

普段の倍以上の威力が出てしまい、緊張して余計に魔力を込めていたのかもしれない。

「どうやらこのあたりは魔力濃度が高いのでしょうか?」

ティーナさんが原因の一つとして思い浮かんだことを言う。たしかに周辺の魔力は地上よりも濃いので、魔力を込める時点で思った以上の威力になるほど高くなってしまっているので、扱いには細心の注意を払わなければならなそう。

「しかしこの威力でも壁には特に影響無いのだな。結構強い衝撃だと思ったのだが」

セレンさんは命中したあたりを検分していた。たしかに焦げたり、壁に損傷があったりしてもおかしくない爆発だったけど……特に影響は無さそうだ。

「この辺のゴブリンファイターくらいなら一撃なようだな」

「でも吹き飛ばしすぎてしまいましたね。魔石も……壊れてかけてしまっています」

いつものように剥ぎ取りしていたティーナさんが取り出した魔石を見せてくれた。

「うーん、倒せるけどこれじゃあまり活躍は無さそう……」

「出現数が多かったら、危険を排除するためにも使ってくれて構わない。こちらはこちらで回避や警戒するから、魔法を使うときの詠唱はしっかり唱えてくれ」

「はーい、了解」


その後は特に何かと遭遇することも、問題が起きることも無かったけれど。

「…………」

「ふっ、ふっ、……ふっ、ふっ…………」

「新しい魔術理論ということで本を買ってみましたが、真実2割ってところですね」

気を抜きすぎでは無いだろうか?

セレンさんは剣のメンテが終わってからは、筋トレのようなことをし始めていて、ティーナさんは持ってきていた本を読んでいる。

「ミリーもずっと集中してなくて大丈夫ですよ。出現する前に濃い魔力が発生するのでわかりますし」

「そうなんですけど……」

やはりここにもあるソファーに座っていると、気を抜いてしまったら再度集中するのが難しそうである。

「うーん、ちょっとだけ手持ち無沙汰って感じだし」

「余裕があるときは、錬金とか、自分の技能を、鍛えておいた方が、良いぞ」

筋トレしながらも周囲をしっかりと警戒していた。

「けどこの場でやるのは……ちょっとどうかなって」

「あら、危ないんですか?」

危なくないと言えば嘘になる。そうそう失敗しないけど、ゼロじゃないからね。急に調合中の薬品が爆発したり、魔力を込めて作業してると周りのことが全然入らなくなってしまうし。

「む、そろそろだな」

不意に周囲に重たくなるような、魔力の塊が吹き出てきたのを感じた。きっとこれが出現の予兆なのかもしれない。

じりじりと肌を刺すような魔力の圧、それが徐々に魔法陣の形となって、1層と同じように召喚の魔法を発動する。

「ぐ、がが……が!」

出てきたのは通路で出会ったのとは違い、灰色の肌をした角のあるゴブリンと思われるものが出てきた。

「数が多いな。ミリーを守っていてくれ!」

「ミリー、詠唱中は私が守りますので」

ティーナさんの背に守られながら詠唱時間を稼いでもらったので、落ち着いて構え、集中、確認、放つ!

「マナよ、小さき炎の矢となり爆散せよ、ファイアボルト!」

あえて小さくとつけて威力を抑え、それでいて広範囲を攻撃するために着弾したら爆発するように詠唱を変更する。

想定通りに、威力を抑えつつ、命中したゴブリンを爆散させる。これも事前の打ち合わせ通りに、数が多いなら一気に削ることにしている。

「ミリーばかりに負担をかけたりしませんわ!」

わたし自身は魔法の発動による反動で、ちょっと動けなくなっているのをティーナさんが守りながら戦っている。

近づけさせないように、わたしよりもずっと前で小型の弓でセレンさんの援護をしつつ、近寄ってきたゴブリンは短剣で切り払う。

セレンさんは爆風で怯んでいる群れをバッサバッサと剣を振るう。

なんだろう、掃除するようにどんどん斬り伏せていき、暴走する馬が蹴り飛ばすようになぎ倒していった。

現れた群れの方が戸惑うぐらい、セレンさんの鋭い踏み込みからの一閃。ただそれだけで正面に立っていたゴブリンを打ち倒す。

そして返す一閃で別のゴブリンを切り払う。一連の動作に迷いは無く、あれほど居た魔物の数がどんどん減っていく。

そんな暴走馬車のように、魔物をなぎ倒す様を見ていたら、ようやく魔力を一時的に喪失して脱力していたのが回復してきた。

「なんというか3層の方が、セレンさんいきいきとしてない?」

「ん? まあ、1層とかに比べると数が多いから振り回し甲斐がある」

なるほど……そういう事なのね。1層では一度の出現で1から3体程度しか出てこない。

それが3層なら十体以上出てくる事もある。振り回せば一気に何体も倒せるとなれば、気分の上がるのだろうけど、なんだかバーサーカーみたいでもある。

「むむ、ちょっと散らしすぎですね。魔法で攻撃した方が魔石が残ってますよ」

「う、それはすまない。が、数が多いのだから仕方ないだろう」

「そこはまぁ、威力を抑えたりしましたし」

ティーナさんは手慣れた剥ぎ取りで、倒した魔物からどんどん魔石を取り出していく。さすがに数があるから、破損させてしまったものを除いても十個近くとれたようだ。

「これだけでだいたい銀貨40枚くらいですね。ポップするとしたらあと10回くらいはありそうですし、狩り方が良ければ500枚くらいまではいきそうですかね?」

「うわぁ、1層よりも3倍近いって……」

なんだか何も無いはずの部屋が宝物庫に思えてきた。出現して倒して剥ぎ取り含めて死骸が床に吸収されるのを1セットとすると、だいたい30分くらいだ。

これをこの部屋の予約が深夜の6時間だから、ティーナさんの予想はほぼ正しいと思う。

「けどこの死骸の吸収って、不思議かも」

召喚魔法によってこの場に魔物が出現しているが、倒されて術式が破壊されてしまうと、剥ぎ取った物以外は床に吸収されて無くなっていく。

おそらくこの場で魔力へと分解されているのだろうけど、これが迷宮というものなのだろう。

「さて、次のが出てくる前に準備を整えるとしよう。む、ティーナ、それは擦りむいているな?」

軽症くらいならそれほど魔力を使わずに治せるし、錬金の練習で作っているポーションの実験……おっと。

「ティーナさん、治すから手を出して。マナよ、癒やしの光となりて、ライトヒール!」

「ミリーは上手ですね。すっと痛みが引いていきますし」

治療院だと結構長引くのと、痛みが残るらしい。練習だからそういうものだと思うけど、痛いのは困るなぁ。

それに治療系の魔法は受けると非常にお腹が空くし、傷は治ってもふらふらとしてしまうもので、それを抑えるのが腕の見せ所でもある。

……簡単な治療でこんなにもらってて良いのだろうか?

「そう言えばセレンさん達って、どうしてこんな感じの狩りを?」

わたしの方からは話していたけど、セレンさん達の事は聞いてなかった。

「理由としては面白いものじゃないが、同じパーティーメンバーとしても必要ではあるな」

いまはインターバルみたいなもので、手持ち無沙汰とも言える。話を聞くのにはちょうど良いかも知れない。

「まあ私は貴族令嬢ではなくて、ただの騎士爵の娘だったから、というのが一番か」

戦士としての技量はそこから来てるのだろうか。だからドレスや小物よりも剣と筋トレ。

「ここで稼いでいるのはちょっとした意趣返しもある。この迷宮が出来たのはいまだと4年前くらい、時間が過ぎるのは早いものだな」

迷宮が出来たとき、まだ管理なんてろくに決まっておらず、中がどうなってるかも未知数だった。

だからこそ衛兵やその他、軍人含めて調査が行われる事になったそうだ。ただ財宝が出るとなれば、欲望と権威の2つによって手が付けられない魔物となり、冒険者含む一般はギルドごとに割り当てを要求し、いざこざが起きるようになってしまった。

冒険者以外も、調査という名目で下級貴族からは私兵を、それすら出せなければ本人が挑む事になった。

だが調査は無惨な結果となった。

たしかに財宝が得られるが、奥へと進めばあまりにも強烈な魔物が調査に向かった一団を襲い、戻ってこれたのは数名。ほぼ全滅という結果であった。

「父様もそんな調査隊に駆り出された下級貴族というものだ。私は何があったのかを見てみたい、というのもあるが……半分は自棄、だな」

「そんなことが……」

「あとは単純に稼ぎの問題だな。ろくに俸禄があるわけじゃないとなれば、技量で稼げることをするしかない」

「それを私も補助してるんですよ。じゃないとセレンってば、身だしなみも整えられないのですから」

先立つものはお金という世知辛い現実もあったようだ。

しかしそれも分かるもので、この迷宮からはかなりの財宝を得られている。それこそ故郷の村に居たときとは比べ物にならないぐらい稼いでいるのだから。

「おっと、話し込んでる場合では無さそうですね」

ちょっとしんみりしてたところだから、不意に早く魔物が湧きそうで助かったかも。

「仕事の時間、だな」


■1枚の金貨

「これがソウルクリスタルって言われてるもの……」

つんつんと触っているのは小さな輝く結晶体。迷宮の魔物を倒したときに極低確率、およそ万を超える数の魔物を倒してようやく得られるという噂のもの。

この結晶には魔物の力が封じられているらしく、取り込むことで永続的に能力や新たな才覚を得られるものの、取り込める数には限りがあるほか、取り込む種類によっては重複せず、前に使用したソウルクリスタルの高価が失われしまうものもある。

「ゴブリンのソウルクリスタルって器用さが僅かに上昇する、だったっけ」

指先の動きがより精密に動かせるようになるが、他の防御系スキルとは排他的であり、あまり人気がないのと産出量が他のソウルクリスタルに比べて圧倒的に多いことが特徴である。だからこそ極低確率でしかドロップしないのに、これが金貨1枚で取引されている。

高いことは高いが、宿代2ヶ月分程度と思えば、異常なほど高価とは言えない。もちろん効能の良い物ほど高いが、これはしょせん1層でも出るゴブリンのソウルクリスタルである。

そんなそれなりに高価なものがいま手元にあるのは……



「…………あぁああ~~。また、また抽選落ち……」

ギルドの掲示板の前で悲痛な叫び声を上げてしまったのはティーナさん。このパーティーの代表として予約枠をかけた抽選に参加したのだけど。

結果は3層落選、2層落選、1層深夜。また深夜かー。競争率が低い時間が早朝か深夜くらいなもので、お昼は激戦区。

「仕方あるまい。前回3層取れたからおそらく私達のパーティーはしばらく3層は落選だろうな」

「分かってはいるんですけどね。でもこう、落選って書かれているとやっぱり落ち込むところはありますよ」

2層や3層は同じパーティーが連続して入れないらしいが、参加費を払って抽選に参加はしている。じゃないと2層も1層も入ることが出来ないからだ。

「とはいえギルドにも枠の上限がありますから、仕方ないと言えば仕方ないんですが……はぁ」

稼ぎを考えたらできれば3層、駄目でも2層、最後の望みは1層という形で抽選に参加している。

「げ、元気だして頑張っていきましょう!」

こういう時は率先してわたしが元気を出すように、二人に声をかけてみるが、さすがに連続3連漏れ。今回も3層は抽選が外れてしまったので、前回入ったのがもう一ヶ月前になる。

「ミリーの言う通り、落ち込んでも仕方ない事だし、ティーナのくじ運が悪い訳じゃないから気にしないで……」

くじ運と言ったあたりから余計に落ち込んでるところを見ると、ティーナさんって運が悪いのかもしれない。

「……そうですね、落ち込んでも仕方ないですね。1層があたったのだから、気を取り直して準備しておきましょう」

でも来週は深夜かー。深夜だとお昼まで寝て、夕方起きての不摂生な生活になってしまうし、時間を調整しないといけない。

わたしはお昼まで何してようかな。せっかく時間があるのだし、自分の技能と3層ではそこそこ使う治療薬とかその辺を作っておこうかな。

「じゃあ準備はいつも通りかな。1層なら荷物を出来るだけ開けておく感じの」

「そうだな。深夜枠で2連続取れてることだけは利点だし、そこそこ拾えるだろうし」

「では明日の深夜まで、自由行動ですね。時間は24時ですから23時半くらいには宿を出ることになります」

よーし、それじゃあ町中をちょっとウロウロしてこようということで、セレンさんとティーナさんとは別れて、準備を兼ねて通りから外れた素材屋に向かう。

中央通りの大きな商店では、迷宮から産出された魔石や周囲の村、ギルドから採取系の依頼によって納品されているのだけど……質がちょっと悪い?

ギルドで案内された別の商店より品揃えは良いけれど、質が悪いのだったら意味が無いような。いや、質が良いものもあるけれどあまりにも高価なため手が出ない。

「んー……」

回復用のポーションも多少の怪我を治すには十分だけど、重症だったり火傷だったり、大きな怪我には力不足な出来だと思う。

ただこれは素材の問題でもあるからある意味、しょうがないことだ。採取地から離れれば離れるほど、素材の品質は低下してしまう。

しかも高度なポーション類はほとんど売れないという現実もあって、低品質なポーション類が並んでいるのだろう。

(値段的に、治療院で受けられるのより高いとどうしてもだし……携帯出来るメリットはあるけど、金銭的負担が大きかったらね)

治療院なら擦り傷程度の軽症は割高な銀貨20枚前後だけど、大怪我で重度な火傷や骨折なんかでも銀貨40~50枚程度とかなり安い。

逆にポーション類は軽症を治す程度なら銀貨数枚で出来るけど、高度なポーションは金貨数枚になってしまうので、割に合わないとも言える。

他にも魔石類はギルドに卸した値段よりは当然高いから、使う必要があるときは自前で産出したものを使うべきだろう。

それにしても松明や照明になる魔石類はずいぶん値上がりしているようだ。やはり予約が取りにくくなったのも、人が増えたかららしい。ただ強さ的に問題が起きてるともギルドで聞いた。

とりあえずいま買っておくべきはポーション類の素材を買っておくべきかな。ストックしている物がだいぶ減ってきているし、古くなって廃棄したものもある。

3層、せめて2層でないと使うことがあまり無いというのが問題でもある。が、ストックしておかないといつ何が起きるか分からないのも現実で、準備しないわけにはいかない。

「これください、あとこっちのも」

「まいど。全部で銀貨15枚のところをまとめ買いしてくれたから13枚と半。銅貨はあるかい?」

「全部銀貨でお願いします」

素材の薬草類とポーション用の瓶を銀貨で支払って、商品を受け取る。ここの瓶は値段の割に頑丈で容量も安定している。

他の商店だと瓶は瓶でも容量の不均一があったり、やや脆かったりしたせいで運んでる最中に割れたりと、いい商品を扱う店を探すのにだいぶ苦労した。

あと持っておくものは、向こうでつまむ軽食になるものかな? 長丁場になるし、深夜ともなればお腹が空く。

前回2層で長丁場になったときはずいぶん困った。満腹だと眠くなってしまって危ないけど、深夜にハラヘリのままぼーっとしてしまったのも危ない。

(身体が資本だからね。ちょっとくらい深夜に食べても大丈夫)

となればナッツ類とかでクッキーを焼き上げておくのがいいかな。保存性と味、どちらも確保出来る。

お湯は調合に使う錬成版と自前の魔法でどうにかするとして、鍋もできれば別のしておきたい。薬草を煮るのもお茶を煮出すのも一緒と言われたらそれまでだけど。

いま泊まってる宿は持ち込み可能で、調理するスペースもあるし、オーブンも薪代負担のところを魔法でちょいちょいと誤魔化してーとやれば、かなり安く作ることが出来る。

「小麦の袋売りって、ありませんでしたっけ?」

「それは裏の倉庫に仕舞ったままだよ。何袋買うかい」

「うーん、2袋で」

「そんなに買うのかい。じゃあ取ってくるからどこ産が良いとか指定はある? あるなら割増だよ」

「特に指定無しでお安いの2袋でお願いします」

深夜の軽食を確保するのは結構大変で、クッキー焼いたりパンを焼いたり、たまに錬金に使ったりと個人的にも消費量が結構多い。2袋くらいすぐに使えてしまう。

あとは実際に準備しておくとして、他に漏れは無いか一つ一つ指折り数えていく。

軽食用のクッキー、治療用のポーション、緊急用の魔法の触媒、魔力の代わりに使える魔石、下着の替え。水筒の破損チェックはしたし、たぶんこれで漏れは無し、のはず。

「良いもの買えたなー。指定なしなのに一級品の袋だし、混ぜものもカサ増しもなし、ありがたいね」

普段から通っているから、顔なじみになりつつあるのかなと。

「それにしても人増えた感じね。並んでるわ」

私達のパーティーが抽選落ちするだけに、ギルドの在籍人数がかなり増えたようだ。ここのところ1層すら落ちる事があったのだし。

枠が増やせればいいのだけど、割当がギルド毎に決まっているため、勝手に増やすことは出来ない。となると人気の低い時間帯や場所を選んで、少しでもライバルの少ない時間に参加しようとすると……ここのところの寝不足の原因な深夜帯だったり、狩り場が遠かったりと場所が悪いところしか無い。

「ふぁ~~……いい天気なのにね~」

まだまだ日差しが暖かく、町中は穏やかな風が吹いている。


「なんだか外が騒がしいな……なんだろう?」

宿に戻ってきて軽食用のクッキーを作っていたところ、外が異常なほど賑やか、いや怒号が紛れ込んでいるので騒動が起きているようだ。

ほわほわといい香りを漂わせるクッキー片手に、窓から外の様子を伺う。すると喧嘩だろうか? にしては殺気立っている。

厨房の窓からこっそりと眺めてみると、男女合わせて5人くらいがつかみ合いになっていた。何かを騒いでいるが、3人と2人で分かれて、二人の方を激しく糾弾しているようだ。

「いやね、町中で騒ぐなんて。あらいい香りしてるじゃない」

「結構いい出来になりました。キッチンありがとうございます」

この宿のメイドさんに挨拶をしつつ、お一つ賄賂という感じで分けてしまう。

「外の連中はアレよ。レアドロップが出たとかで持ち逃げされたみたいよ」

「ああー……なるほど」

「肝心の持ち逃げしたのはすでにどっかに雲隠れしてしまったようだけど、宿の引き払いはどうするのかしらね。うちの宿の一人だったみたいだし」

なるほど、なのでこんな近くで騒ぎになっていたのようね。残していたものよりレアドロップらしき物のほうが高価だったのだろう。

「このクッキー、業物ね。売りに出したら売れそうなくらいだし、夜回りのときに欲しいくらいだわ」

「えへへ、もとからこれは迷宮でつまむ予定なので」

手軽に混ぜられるナッツをカリッと香ばしくしてから、ややしっとり目の生地で包んで焼き上げる。ふんわりといい香りを漂わせる欠点はあるけれど、片手でつまみながら時間を潰すには最高の一品だ。

あとは現地にソファーとかもあるし、簡易錬成陣にヒーターのようなものを持っていけば軽いお茶会になりそうで、戦うセレンさんには少し悪い気がする。

結局、次の陣のクッキーが焼き上がっても外の怒号が止まらず、最後は衛兵に御用となってしまったようだ。

「なんだかなー、ああいうの見たり聞いたりするだけでもしょんもりしちゃうね」

「うちみたいなそこそこ高級宿では、あまり起きないことなんですけどね。それではベッドメイクはいつも通りでよろしいですか」

「はい! では出発してきます」

「お気をつけて、いってらっしゃいませ」

すっと頭を下げるメイドさんに見送られて、厨房から荷物をまとめ、仕事に向かう。


「――っていう事があったんですよ」

「それはまたずいぶんレアな体験をしたようだな。にしてもたかが金貨十枚程度のものなのにな」

夕方にあった騒動の話をセレンさんに振ってみたところ、そんな感想で一刀両断されてしまった。

「こういってはなんだが……我々も似たような事をされてしまったからな……」

「持ち逃げはありませんでしたが、引き抜きですもんね」

ティーナさんとお茶をすすりながら、魔物の出現を待っていると、二人から過去の話が飛び出てきた。

「それって聞いても良いことなんですか?」

「ええ。それにしないのは貴方に不誠実でしょうから。……ただ楽しい話じゃありませんけどね」

「それでもミリーも知る権利があるだろう。このクッキー、美味しいな」

結構な自信作だったので、単純に褒めてもらえて嬉しいところで、紅茶とクッキーという場所さえ考えなければお茶会のような状態である。

ただまぁ、今のところ迷宮のソファーに座ってお茶を楽しんでいるので、そんなものかもしれない。

「む、これから話そうという時に限って……やや早いな」

言われてわたしも周囲を警戒すると、魔力の波を感じる。だいたいこれが魔物の出現前の前兆で、そう間を置くこと無く出現する。

現れたのは獣系の魔物で、これはよく出会うコボルト種だと思う。武器を持っていたりいなかったりするもので、危険度はそれほど高くないが油断は出来ない。

そんなコボルトもセレンさんの一閃とわたしの魔法で簡単に蹴散らしてしまう。慣れたもので、もう慌てて魔法を打ち込んでセレンさんを巻き込んだりはしない。

「こんなもんか。これでまたしばらく出現しないだろうから、話の続きだな」

重くなった口を軽くするためか、気を紛らわせるように剣のメンテを始めるセレンさん。そんなセレンさんを気遣うようなティーナさんもいて、二人はかなり仲が良いのだろうと思う。

「ミリーが来てくれる前までは私達は四人組のパーティーだったのですよ。私とセレン、いまはここに居ない神官と魔術師のなかなか良い構成だったとは思うのですが……」

「音楽性の違いですか?」

「いや私達は楽団じゃないんだが」

ティーナさんの説明に軽口を挟んでみたものの、セレンさんが冷静にツッコミを返してきてしまった。

「み、ミリーも不思議な子ね。っふふ」

逆にティーナさんはツボってしまったのか、吹き出しそうなのを我慢しては変な声をあげてしまった。これは場を明るくのに成功だったのか失敗だったのか。

気を取り直してティーナさんが咳払い一つして、また真面目な話が続く。

「所属するギルドで行ける階層や部屋が割り振られてしまっているでしょう。混雑や迷宮内の治安維持のため、なんて言われてますけど」

「実際は産出物の独占なんだがな。深層はアルクスの奴らにそれに加担するギルドしか入れん」

「えー、そんな事してるんですか!? 独占って……」

魔石は浅い層でも出現する魔物を倒せば得られるけれど、良い素材は深層のほうが取れるそうだ。たしかにわたし達も1層で狩りをしたときより、3層のほうが質も量も良いものが取れた。

「この迷宮が確認されたときはそうでもなかったんだがね。いや、現れた時が大きな転換点だったのかもしれないな」



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