序章1.旅立ちの時!
■プロローグ 幼き日の憧れは
「ねぇ、それでどうなったの?」
大荷物を抱えて行商をしているお父さんに向けて、キラキラと輝く目を向けて話の続きをせがむ。
乳はさっぱりと短くした髪を撫でながら、困ったような顔をして、優しく返事をする。
「こらこらミリアン。まだお父さんの仕事は終わってないんだから、もう少し待ってなさい」
「ぶー! いつもいつもわたしのことは後回しー! たまにはお母さんだけじゃなくてわたしにも構ってよ!」 と小さく頬を膨らませて怒った素振りを見せるけど、お父さんには通じない。
ぷりぷりと不満を口にしても、どこ吹く風で、そんなわたしをお母さんが茶化してくる。
「あらあらミリーが可愛く膨れちゃったわよ? ほらぷにぷに」
膨らませた柔らかい頬をぷにぷにとお母さんが突いてくるけれど、全然お父さんは構ってくれない。
「ミリアン。積み込みが終わったらいっぱい話してあげるから、調合の方をお願い」
「はーい」
結局、わたしが折れてポーション作りを再開する。
小さなお店だけではなかなか売上が良くない。だからこそお父さんはここで作った様々な道具を都会に向けて運んで売り歩いている。
「あなた、これがミリーが頑張って作ったものよ。贔屓目無しでなかなかのものでしょう」
そう言って取り出したのは魔法で清めた水の入った小さなボトルだ。
ポーションなどの原料と合わせて調合することで作成出来る素材で、お父さんはじっとその品質を確かめるように目を細める。
そこそこいい出来だと無い胸を張ってみるが、まだお母さんほどの出来では無い。
「うむ、十分売り物になるな。ミリアンは魔法も頑張ってるな」
わしゃわしゃと頭を撫でてくれるのは嬉しいけれど、お父さんの力だと髪の毛がくしゃくしゃになってしまう。
「だってついにクラス“魔女”になれたんだもん!」
嬉しさを表現するようにくるりとターンすると銀色の髪がふわりと舞い踊る。
「12歳でクラスを修得するとは……お父さん、感激だぞ」
「わー、だから髪の毛くしゃくしゃにしちゃダメー! お母さんも止めてよー」
しかし微笑ましい光景とでも思っているのか、微笑みを浮かべたままお父さんを止めることなく一緒に眺めてばかりだ。
「ふふ、大きくなったら冒険者になりたい、っていっつも言ってたのよ」
「ふーむ、娘が冒険者というのはちょっとなぁ……お前からは止めなかったのか?」
「あらあら、興味を持つように仕向けてたのはあなたじゃないですか? いつも外のお土産話をしてましたし、今日もさっきまで話していたでしょう」
バツが悪そうに頭をかくが、やっぱり外の興味を持ったのはお父さんの話が大半だ。
冒険者の集う街に悪の魔法使いが作った迷宮が出来た話とか、竜が住む山野の話、しかもその竜と友達になり記念の鱗を貰ったとか、伝説にしか存在しないような魔法の金属の話に、大地の魔力が吹き出した場所に住む妖精の話……数え上げればきりがないほどに行商に向かったお父さんが土産話として持ち帰ってくる。
子供心に冒険心を植え付けるためではないと思うけど、辺鄙な村では聞けないようなものばかりである。
……別にこの村が寂れた村ってわけじゃないけど。
わたし、ミリアン・シャリエの住む村は辺境の村と言っても過言ではなく、周辺で取れる薬草やらが王都では珍しかったから出来たようなもので、大都会どころか完全な田舎である。
怪我を治す薬やらは神官たちが使う神聖系法術魔法でも代用が出来るけれど、魔力自体を回復するのはなかなか無い。
おかげで辺境にしては園芸師が多かったり、錬金術師が居たりと村の規模に対しては珍しい村の出身で、お母さんは結構すごい錬金術師でいつも修行と称して一緒に勉強してたりもする。
「よいしょっと……これで全部かな」
お父さんが使っている荷車に、材料と製品を載せるお手伝いもようやく終わりそうだ。
お父さんはお母さんとわたしが作ったポーションやらを王都の方に運んで売り歩く行商人をしているけれど、本業はれっきとした園芸師兼戦士で、少ない人数でも王都と辺境を行き来できるほどに強く、方角を見失いそうな森であろうと歩くことの出来る一流の園芸師である。
だけどそのせいで家に居ることが少なくて、年齢が一桁の頃は寂しくて泣いた覚えもあるけれど……今はそこまで子供じゃない。
「よし、よく手伝ってくれたミリアンに続きを話そうか」
「うん!」
最近のお駄賃にねだっているのは外の土産話を求めている。
「ここ三ヶ月前くらいかな? 王都に売りに行った時に見てきたんだが……王都近くに魔法使いが迷宮を作ったっていうものだ」
お父さんが話すに、ダンジョンと呼ばれるものを作った魔法使いがいるらしい。
このいるらしい、というのは深層に居るとされているものの、まだ誰もそこまで到達したことが無いから噂の域を出ないとか。
「そこではモンスターが溢れ、冒険者たちは立ち上がり、王都の兵士とともに討伐にあたっているようだがまだ攻略されたとは聞いてないな」
あふれる魔物を倒して名乗りをあげようとする冒険者や、得られた魔石で一財産を築いた商人の話、はてはそんなすごいモンスターを呼ぶ手段を解明しようとする研究者の話……それらを劇にした人の話まであって王都はとてもにぎやかな街なようだ。
「わたしも挑戦したい!」
「こらこらまだ子供だし、たとえクラスを修得したといってもまだまだだろう?」
「お母さんから魔法もしっかり習ってるもん」
クラス:魔女は魔法使いのような元素を操る魔法に僧侶や神官が使うような神聖系法術魔法、錬金術師のような鑑定と調合を得意とするものだ。
……でもまだ使える魔法は少ないし、未熟なのは分かっているけど。
「せめて15歳になったらな。それまでしっかり修行するんだぞ」
そう言って大きな手を頭に乗せるお父さん。大きくて固いけれど温かく力強い手で、またくしゃくしゃと頭を撫でてくれる。
「さてそれじゃお父さんはまた出発だからお母さんと一緒に留守を守るんだぞ。それと修行も勉強もサボらずにな」
「むー、わたしそんなにサボらないもん」
「ハハッ! 次の帰りは来月くらいだから、元気にしてるんだぞ」
ゴトゴトと荷車を引くお父さんの姿を見たのはこの時が最後だった……ただ一つ、お父さんのギルドカードだけを残して。
■旅立ちの時! それは憧れへと近づく記念日!
ミリーはさらりと広がるお父さん譲りの長い金髪に指を通して形を整えつつ、今日も鏡の前でポーズを決めて妙な笑顔を浮かべる。
そんな自分の姿をまじまじとその翠玉のような瞳で、姿見を見つめて……
「にへへへ……ついに、ついに鍛えた魔法を役立てる時が来た!」
へんな決め台詞を言わなければ年頃のかわいい娘と言われるが、村の友達にすら変人と言われてしまっている。
だがそんな些細なことなど全て忘れるくらいに、今日は浮かれている。
それはずっとお母さんに止められていた、冒険の旅立ち日が迫ってきているのだ。
三年前にお父さんが迷宮都市に向けて出発し、そのまま帰らぬ人になったけれど、贔屓目抜きに村で一番強かったお父さんが簡単に死ぬとは思っていない。
きっと何か事情があって帰れないだけなんだろうと、お母さんも何か思うところがあるのか、わたしには見せない手紙が届いているのも知っている。
ただ近況を知らせるにしてもわざわざわたしから隠してるのが怪しいものの、クラス魔女としてはお母さんのほうが上手で、しっかりと封印されていた。
となれば元から冒険や新しいことに興味津々な身としては、実際に迷宮都市に行ってみたいと思うのもので、大人になって魔女としての力がある程度備わるまでダメとずっと言い聞かされていた。
それもこれも修行に明け暮れ、厳しいお母さんの元で修行すること3年。
村で唯一の教会で能力をしっかりと調べて説得をしなければ……
「こらミリー! また薬研をそのまま!」
「わっとと……これから片付けるからー!」
日も昇らぬ朝から薬草を粉にして、そこそこの傷薬を作っていた。
修行の一環で作ったポーション類やら加工した素材、おやつになりそうなお菓子を作ったときの売上からほんの一部を受け取るような感じで、お小遣いは基本的に無し。
素材とかは村の友達や外からの商人、ときには自分で採取も行く程度だけど、拾ってくれば無料と考えるのはちょっと違う。
(鑑定費は持った。準備はずっと続けている。あとは実力を見せて説得するだけ、なはず)
ポケットに忍ばせたお財布はチャリチャリと小銭がいっぱい入っていることを教えてくれるし、愛用の杖は魔法の影響でだいぶくたびれてしまっているが、駆け出し魔女には丁度良いかもしれない。
「まだ教会は開いてないだろうし、片付けしちゃおっと」
薬研ですりつぶしたのをしっかりと回収し、小さな瓶に移し替えていく。
この辺で取れる夜露草は、夜じゃないと分かりにくいけどたっぷりと魔力を蓄えた草で、すりおろして調合用の浄水に混ぜてあれやこれやして作る魔力回復薬は結構良い値で買い取ってもらえる。
けれど間違って雑草を混ぜた場合は失敗作になってしまって、ただのまずい水になってしまうから夜露草の選別採取だけは得意になったものだ。
(残りはそのうち作るとして……あとは磨いて乾かして終わりかな)
乾いた布で回収しきれなかったへばり付いたものをこそげ落とし、きっちりと乾かしておく。道具の手入れは基本だしね。
「ミリー、朝ごはんにするから片付けたら来てー」
「はーい」
朝から元気に食べて、勉強して修行して……いつの日かこの人ありと言われるほどの魔女になるために。
そんな思いを抱きながら、キッチンに入っていくとふんわりと甘くて香ばしい匂いがする。
卵と牛乳と砂糖で浸したパンを軽く焼いて、付け合せに肉屋から貰ってきたウィンナーを焼いたもの、そこに葉野菜のスープと朝から食べるにはとても豪勢な朝食である。
「あれ、こんなにいっぱい作ったの?」
「だって今日はミリーが教会に行って、自分の力を確かめるのでしょう。誕生日みたいな記念日かしらねって」
さっきまでフライパンで切り分けたパンをトーストしていたお母さんがやってくる。
「わー……いい匂い~。お母さんのスイートトーストはこの村で一番だねー」
「あらあら甘い物にいつまでも釣られちゃうなんておこちゃまね、ミリーは」
「だって美味しいんだもん。甘くてふわふわで……ってなんでわたしが子供なの!」
と息を荒げてもお母さんに口で勝つのは不可能なので反論を聞き流す。というのも口喧嘩では今まで一度も勝ったことが無い、勝てない勝負はしないに限る。
わざわざ朝から手をかけてお祝いのように準備してるのに反対する……ありえないどころか、かなりその可能性が高いけど、そこまでお母さんは意地悪じゃないはず。
(でもどうにか説得しないとって思ってたけど、意外と好意的?)
昔からお転婆だなんだと言われたけど、魔女として一人前になったら好きにして良いとも言われている。
熟練度とかは教会でしっかり鑑定してもらうとして……使える魔法もそこそこの怪我を治せる神聖系法術魔法もそれなりの腕前になったし、夜露草を探すためにも鍛えた灯の魔法、獣くらいは追い返せる火元素魔法と使える魔法が増えている。
クラス魔女としても結構成長してるだろうし、そろそろ立派な一人前……だと良いなぁ。
「それじゃ行ってきまーす!」
元気よく家の扉を開け、外に出ると同い年の子が同じように教会へと向かっていく。
15歳になったら旅立ちってどこかの何かで聞いたような見たような……不思議な記憶があるものの、成人の儀式が終われば一人前と認められる。
誕生日、ではなく数え年で一括なのも風習なんだろうなと思いながら、同じように列へと加わる。
「なんだミリーのくせにこんなに早いのか」
「失礼ね。いつも寝坊するのはそっちでしょーが」
「ハッ、それもこれも昨日までの話だ」
村の友達であるくせ毛のビリーはそう言って格好つけている。
わたしと同じように成人したら王都に行くと息巻いていて、自信に見合っただけの剣の腕もあり、すぐにでも戦士として活躍出来るのではないかと思う。だけど妙に絡んでくるんだよね……
「あ~あ、せっかくの鑑定日なのにビリーと一緒かー」
「なんだ今年の技能勝負はまた俺の勝ちで良いのか?」
「普段から上がる戦士と、学習と実験が必要な魔女で比べてることについてはどうなの……」
上がりやすさは圧倒的に戦士の方が上がりやすく、魔女は万能型……もとい器用貧乏型なので複数の技能を上げないとクラスレベルがなかなか上昇しない。
去年の魔女レベルは8、それに対してビリーの戦士レベルは9と一つ負けていた。
そしてクラスレベルの指標としては、一桁の間は駆け出しみたいなもので、10を超えたらまぁ一人前、20を超える頃には熟練とみなされるものである。
今年こそせめて並ぶ……できればわたしの勝ちでありたいものだけど、結果はどうなることやら。
「っと教会に着いたか。じゃあまた後でな」
「成長してないからって隠すのは無しよ」
と強がってみるものの、まあまあ難しい。
それにしても扉前には同じように鑑定待ちの人が三々五々に散らばっている。
辺境の村といってもそこそこ人口も多いし、技能を調べることでやる気を上げる人もいる。
「こりゃ結構待ちそうだな……愚痴ってても並ばなければならんし」
「ビリーは待てが出来るのかしらね」
「うっせ。俺だって普通に待てるわ!」
ふふん、たまには勝てるところで勝負を仕掛けなければね。
けれどいつもなら開いてるであろう時間だと思うけど、未だに扉を閉ざしたままだ。
(鑑定日ってこんなに遅かったかしら?)
そんな扉を尻目にがやがやと賑やかに喋っている人たちや、なぜかここで力比べを始める戦士風の人とか、ちょっとしたお祭り騒ぎになっている。
やっぱり他の人の技能レベルとかの差が気になるのは普通で、魔法使い同士もきゃっきゃと火や水を呼び出したり、風を吹かせたりとしているけれど……スカートがまくれそうな風はやめて欲しいところ。
「ねぇビリーはあの人に勝てそう?」
「ん? んー、ちょっとキツそうだな」
あっちで力比べをして勝った人がガッツポーズをしていて、見た目は細身なのに服から覗く手足は鍛えられた鋼の肉体といった感じだ。
またしても別の人と力比べをしていて、細身の人よりも一回りも二回りも大きい相手を簡単に投げ飛ばしていた。
「ありゃ相当な格闘技の達人ってところか。やっぱり半年に一回しか無い鑑定日だしな」
あまり娯楽の無い辺境だからこそ、こういう特別な日にわいわいと騒ぐのだろう。
「見て、ようやく開くみたい」
しまっていた扉の前に、ここ3年ほど前に新しく来た司教さんが鍵を開けて宣言をしている。
「押さないで下さい! 押さないで下さい! しっかり並んで前から詰めて!」
大きく声を張り上げるものの、周りの喧騒に飲まれてあんまり聞こえてこない。
「ほらミリー、その、い、行こうぜ……」
「? うん、良いけど……あっちの人も凄そうだなぁ」
こんな辺境! なのにどこからか人が湧いてくるのだ。
混雑するから普段からやればいいのにと思っていた時期もあったけど、道具の準備やら警備やら何やらを考えたらお祭りのついでにやってしまおうというものになり、地方の武道大会予選みたいな状態になっている。
「おい、ぼさっとしてると横入りされるぞ」
「あっと、ごめんごめん。けど気になるよねー、ああいうのって」
炎や氷を飛ばしている魔法使い同士のお披露目も見応えがある。
自由自在に動かせるようになるのには一つの技能でも年単位での熟練が必要になり、技能レベルの甲乙を競っている。
「ま、世の中は広いからな。こんな辺境じゃすごくても迷宮都市とかに行けば普通になっちゃんだろうな」
「そうなんだろうね……わたしも珍しいクラスではあるけれど、きっと多くの人が競い合ってるんだろうなぁ」
魔法は素質よりも大事なのが反復で、ひたすら地道に鍛えるのが一番の近道で、わたし自身も複数の魔法をずっと使い続けて鍛えてきた。
おかげでだいぶ魔力の消耗が減ってきたり、精度の向上と目に見えて能力が上がってきている。
それがまた自分の努力として見えるので、自分を褒めてやりたい。
並ぶ人の列に加わり、待つこと一時間。
ゆっくりと亀のような歩みで列が消化されていくのだけど……
「……まだ入れねーのかよ」
隣でビリーが愚痴をこぼしていたので、ここぞとばかりに口撃を仕掛けに行く。
「普通に待てるんじゃなかったっけ」
「……はぁ、言い返す元気もなくなってきたんだよ、こっちは」
普段なら返しの一つでもしてくるかと思ったけど、さすがに待つだけで一時間も経てばげんなりしてしまったようだ。
わたしはただ待ってるのも暇なので、自分の中で魔力錬成をして鍛えつつ、半分寝てる状態を維持していた。
「それにお前、上の空って感じで反応ねーしよ……」
「まぁ、瞑想中みたいなものよ。待つしか無いんだから時間の有効活用ってね」
そんなやり取りをしていたら、ようやく人の列が進んでいき、順番が回ってきた。
中で名前を記して奉納を済ませて席に並ぶ。
外とは違って、さすがにこちらで騒ぐ人は居ないようで、数年前から新しく来た神父さんが説教を始める。
「えー、皆様本日はよくいらっしゃいました。重大な儀式の場で緊張されているかもしれませんが、いきなり本題に入るのは少々不躾かと思いますので少しわたしの方から皆さんの緊張を解く意味で軽くお話しなどさせていただきます」
気遣いをしているようだけど、村の荒くれとかは顔に、いいからとっとと本題にいけよと言わんばかりの顔をしている。
やっぱり偉い人というのはこうも話しが長いのは、どこの世でも共通なのだろうか?
他愛のないことを考えていると、前列から神父様の前に並び、水晶球で出来た魔道具に魔力を注ぎ、一人ひとりの能力を確かめていく。
見極められた方も、その結果が予想を上回る人は喜ぶように飛び上がったりするものの、中には落胆したかのように肩を落とす人もいる。
わたしとしては前年よりは一つでも上がっていればと思いつつも、成長が無かったらやっぱり悔しいと思ってしまう。
「そろそろ俺たちの出番か……」
少しぼーっとしていたものの、どんどん列が消化されてようやく順番が回ってきたようだ。
毎年やっていても、やはり試験や鑑定の時はどうしても緊張する。
「敬虔なる信徒ビリーよ、台座に手をかざし、強く自身のことを思い浮かべるのです」
「はい」
台座の水晶球に手をかざし、自分の気力や魔力のたぐいを分け与えるようにし、反応を待つ。
すると水晶球に徐々に光が満ちていく。赤く燃えるような、それでいて見る人に安らぎを与えるような暖かな光が強くなる。
「あなたは戦士として10の位階を持つようになりましたね。日々のたゆまぬ訓練の成果です。これからも精進に励みなさい」
「ありがとうございます!」
力強く頷き、わたしの方を見てぐっと親指を立てる。先に一人前としての二桁に行かれてしまったか……
これでこっちが10に届かなかったら、きっと決め顔で自慢してきそうだ。
「次は敬虔なる信徒ミリアンよ。台座に手をかざし、強く自分のことを思い浮かべるのです」
「はい」
錬金術や魔法を扱うように、強く魔力を台座に向けて放つ。少しでも結果が良くなるように。
ほどなくして水晶球に戦士系とは異なる青い光が現れる。これは魔法使いとしての魔力の強さに依存する光だけど、妙に揺らぎがあり、とても不安定に見える。
「……ミリアン。雑念を振り払い、集中するのです」
ビリーの結果が良くて、心の焦りが出てしまったのを見透かされる。
落ち着くように一度深呼吸をして、魔力を再度放つ。
「……?」
自分でも思わぬ結果として、今度は暗青色の光と緑色の筋が現れる。
これは魔法使いとしての青色と、錬金術師や薬師としての緑色が混じり合ったような色で、クラス魔女の証でもある光だ。
「やはりミリアンは魔女としての才覚がありますね。見事に10の位階へと到達しています」
「ありがとうございます」
会場となっているスペースが狭いため、何度も人の入れ替わりをしてようやく終わったものの……
「うーん、終わったー!」
伸びをして大きく息を吐く。一年の成果がしっかりと現れたおかげで気分は上々。
15歳になり、魔女としての技能も磨いてきたのは、冒険に旅立つにあたっての両親との約束だったけれど、肝心の父親は三年前に王都に行商にいったまま帰らないままの行方を調べたいというのもある。
村一番の強さだったし、何より母親の元に手紙自体は来るので死んではいないと思うけど、ずっと家をほっぽらかしなことに文句の一つは付けたいところ。
「なぁ、ミリーは……」
「ん? なぁに?」
「お前はどうするんだ? いつか旅立つとかずっと言ってたよな」
そのためだけに学習と実践をしっかりとやってきたのだ。あとは許可をもらうだけだけど、これ自体は簡単だと思う。
「そうね、行き先とかは決めてあるしあとはお母さんに許可貰うだけだし」
「……それって大変じゃないのか?」
「そうでもないよ。だって前々から条件とかしっかり決めてあるしね」
位階を10まで上げる、15歳までみっちり修行する、しっかり一般常識も弁えるといった感じで条件が出されている。
「わたしよりビリーこそ、どうするの? たしか……騎士見習いを目指すとか?」
「おうよ、王都近くに迷宮もあるとかだけど、やっぱ男は騎士を目指さないとな」
「そういうものなの? 相変わらずねー」
まぁ将来の夢なんて人それぞれだし、冒険者みたいに自由を目指すのも、騎士を目指すのも、村娘のままなのもあり。
その中でせっかく父親がいろいろな自慢話、もとい冒険譚を語ってくれたので同じようにいろいろなことを知りたいと思う。
(肝心のお父さんは王都で行方不明なのがね……)
やりとりがゼロじゃないけれど、非常に気になる。
「ま、途中までは一緒に行くか?」
「それもそうね。けど日程合うの?」
「そりゃミリーに合わせるから、よ」
「そう? ならもうちょっと準備がいろいろあるから結構待たせちゃうよ」
「構わんぜ。どのみち定期便に乗るしか無いだろうしな」
片田舎の村だけど、そこそこのポーション作りで有名所なのもあり、承認が仕入れに定期的に訪れる。
そのときにお母さんの作ったポーションの納品や原材料の薬草類と引き換えに、都会からの流行品や村だけでは生産の難しい農具を仕入れていて、月に数回しか来ないものの、村人含めてその日をみな待ち遠しく待っている。
「まぁ徒歩で行けなくも無いけど……わざわざ野宿確定の旅は大変だしねぇ」
「だろ、ならとっとと準備だけしておけばいいじゃないか」
「そうしよっと。じゃあわたしは一旦お家に帰るかなー」
準備をぱぱっとしていかないとね!
■準備は念入りに
「ただいまー」
「あら、ミリー、遅かったわね。やっぱり混んでたのね」
「うんー、恒例のだけどほんとに人いっぱいだったー」
教会で貰った証書を調合台に置き、お母さんに声をかける。
「見て。しっかり目標達成したから、今度の定期便であそ……じゃなくてわたしも迷宮、見に行ってもいいでしょう?」
受け取った証書を見て、技能の習熟状態を見ながらも、少し迷っているような……これでも約束の技量までは到達してるのに。
「仕方ありませんね。約束は約束ですし……ただ冒険の心得はしっかり覚えていますね?」
幾度となく口を酸っぱくして教えられたのが、冒険には危険がつきまとうこと、お父さんですら大変だった事、と耳にタコが出来るほどに言い聞かされてきた。
しかしそれでも憧れは止められず、ダンジョンに行ってみたい、納品したポーションがどう使われているのかとかも見てみたい、王都ってどんなところだろう、と夢が広がる一方であった。
考え込むお母さんはついに決意を決めたのか、わたしには触らせなかった鍵のかかった戸棚を開けていた。
「たしかここに仕舞っておいたはず……あったわね」
ゴソゴソと取り出したのはやや古びているものの、複数の宝石が飾られた杖を持っていた。
お母さんが杖を握り、魔力を通すと少しずつ宝石に光が溢れ、見た目だけでなく実用的な魔法の杖のようだった。
「これを使いなさい。先に魔力を溜めておけば会う程度の下級魔法をすぐに撃てるだけでなく、ミリー自体の魔力もある程度増幅してくれるわ」
受け取った杖を持つと、少し温かいくらいに魔力が込められている。
(これなら元素魔法も魔術魔法も普通に使うより、かなり楽できそう)
使用者の負担を減らすために、魔法を宝石に溜め込むようだ。これなら手が空いてるときに込めておけば奥の手のようにも使える。
「けどこれって、結構高いのじゃない?」
「良いのよ。ミリーの旅立ちに相応しいものよ。でもね」
「でも?」
「それを売るような羽目になったら一旦帰ってきなさい」
「っ、はーい……」
お母さんは遊び呆けるな、と釘を刺しておくことを忘れなかった。
「他にもちょっと古いのだけど、この調合板も使いなさい」
昔、わたしが練習用に使っていた調合板を受け取る。高度な調合は出来ないものの、小さくて持ち運びしやすく、簡単なポーション類を作るにはお手頃な調合板だ。
いつかお金を貯めたらもっと良い調合板を作るか買うかすれば、より高度な調合も出来るだろうし、魔女としての技能を磨くことも忘れてはならない。
大きなバックパックに調合板を入れて、予備の着替えを一着と雨具、簡易調理器具としてのナイフや小さな鍋を詰めると結構な重量になってしまった。
しかし調合で使う物は置いていくわけにもいかず、減らせる荷物が無い。
「それも旅立ちの洗礼よ。しっかりね」
「うん! 頑張る!」
と、元気よく答えたものの、「う、重い……」と声がこぼれてしまうのも仕方のないことだった。
すべての準備を終えて、定期馬車の乗り入れる村の入口に来たものの……村人が居るだけで、肝心の馬車は来ていなかった。
じりじりと暑くなり始めた日差しは夏の兆しを届けてくれるものの、まだ風が吹くだけで涼しくなる。
「お、ミリーも来たか」
「ようやくねー……うんしょっと……はぁ、重たい……」
ドスンとバックパックを地面に下ろす。
「ってか俺より荷物が多くないか……?」
ビリーが呆れているものの、どうしても減らせない荷物が多くなってしまってこの惨状である。
「薬研や乳鉢に、秤は必要だからね。他にも使うものは多いけど、これだけは普段使ってたのを持っていきたいし」
道具が変わると慣れるまで手間がかかったり、やりにくかったりするし、何より愛着のある道具を置いていくのは気が引ける。
そのせいで女の子としては着替え類をかなり省くことになってしまったのは仕方のない事である。
そのうち買い足せば良いでしょうし……見せる相手がいるわけでもないし。
「なんだよ……?」
「ん~ん、別に何も無いよ」
ちらっとビリーの方を見るが、やはり無いなと頭を振るう。
「お、ようやく到着みたいだな」
土煙を上げながら、遠くの方に馬車が見える。
「さぁらっしゃい! 王都から運んできた物ばかり! しかも流行りの装備もバッチリよ!」
御者をしていた商人がどんどん荷車から商品を降ろして並べている。
見れば流行りらしい色鮮やかな服に、なかなか業物っぽい刀剣類、かと思えば鋼鉄を使った農具まであり、ラインナップが少々謎である。
あ、でも考えればちょうど旅立ちの日に合わせてるし、いい装備をここで買っていってもらってって事なのかも。
「……むしろよく考えてる?」
集まってきた人だかりがどんどん購入していき、市として並べていたものがなくなっていく。
それにしてもすごい業物っぽいのに、よくこんな片田舎の村に持ってきたなぁ……
と関心していたら。
「お、こいつはいくらだ?」
ビリーも一振りの剣を握っていた。今まで使っていたのと比べて、明らかに素人目にも作りが良い。
しっかりと鍛えて手入れも欠かさずに大事にされていたようで、木の葉が刃に当たるだけで切れている。
「そいつは金貨5枚の業物だ」
「5枚だってーーーー!!」
やっぱり片田舎に持ってくるような安物じゃなかったようだ。
「俺の予算、大銀貨10枚なんだけど……金貨1枚分と考えれば結構な額なんだがね」
うん、そうだよね。そんな大金持ってる訳ないし。
諦めて剣を戻すけど、その手付きは取ったときとは比べ物にならないくらい、丁寧にかえしていた。
「けどそんな高いのって……この村で買う人居るのかな?」
ぽつりと感想をこぼしたところ、商人も顔を曇らせている。
「うーん、また売れず、か。このまま売れなきゃ在庫処分だから困ったもんだ」
「すごく良さそうなのにね」
「はは、良い目利きなんだがね。良いものだからって売れるとは限らないってことさ……はぁ……」
「王都じゃ売れなかったんですか?」
強い冒険者とかは王都に集まりやすいし、こんな片田舎で売るよりは絶対に売れそうだと思う。言ってて悲しくなったけど、辺境なのは間違いない。
「……前は金貨10枚で売れたんだがね。どうしても高額なものだと需要もな」
「ふぅん……そういうものなんだ」
結構気さくに色々と教えてくれる。たしかに高額なレア物ともなれば購入にはぽんと出せるような凄腕か、稼ぎと相談して計画的にならないと難しい。
他にも商品を見れば、やっぱり結構なレア物らしきものがかなり混じっている。王都では売れなくなっちゃったんだろうか?
「さて、市に卸すものは済んだところで……君たちも乗るかい?」
「乗ります!」
■不穏な空模様と馬車の旅
「ちょ、ちょっと……そっち詰めてよ」
「んなこと言われてもな。こっちだって狭いんだが」
ゴソゴソと簡易座席で身じろぎをするものの、たしかに売れ残り品も含めてかなり狭い。
それにプラスとして、今日は同じような旅立ちの人が多く、車内は混雑していた。
「ハッハッハ。なんだ君たち二人はあれか! 仲がいいね」
「そ、そんなんじゃないですよ!」
「……そこまで必死に否定されるのもなぁ……」
小さくビリーが何かを零していたが、ただの幼馴染だし一緒にいるのは今だけだし。
「ま、人の縁は不思議なもんだからな。大事にするもんだぞってただのおじさんのアドバイス」
一緒に乗り合わせた人は同じような人たちで、気さくでおしゃべりする暇も余裕もある。
男性四人組のパーティーもいれば、単独なのだろうか、あまり他の人と交流する素振りの無い人に、仲睦まじい二人組と観察してるだけでも暇は潰せる。
しかしそんな旅路で気になったのは、隙間から覗ける空模様が暗く淀んでいることで、今にも雨が降り出しそうな天気になっている。
「なんか一雨来そうだな……雨の匂いもするしな」
「だねぇ。荷物確認しておかないと」
村と村の距離がだいたい約2日で、荷馬車の旅では約3日かかるから、雨具や携帯食と荷物はどうしても多くなっている。
「小休止の予定だったが大休止にしよう」
頭である商人の合図で、荷車をとめ、乗り合い側も外に出る。やや湿った風が頬をなで、もうすぐ雨が降ることを告げていた。
「ん、ん~~……はぁ。乗ってるだけでも疲れるね」
トントンと腰のあたりを叩いたり、座ったまま凝り固まる肩を揉みほぐすと気持ちよくなってくる。
と身体をほぐすだけでなく、そろそろ休憩用の簡易テントを張らなければならない。
荷馬車自体は所有者である商人達が使うので、雨が降る前に身を休めるテントと食事を取っておかなければ休みにくくなってしまう。
なので荷物から取り出した雨除けをそばの木に立て掛け、避難場所を作る。
しっかりと結べているか結んだ紐をくんくんと引っ張ったりしてみる。外れる様子もなく、しっかりと結べていた。
「お、そっちはもう出来たのか」
「ビリーも準備できてるんだね」
「あとは今のうちに薪を集めておかんとな。雨が降って湿気ったら火を熾すのも大変だぜ」
雨に濡れないように今のうちに確保をしっかりしておこうと準備を進めていき、燃え広がらないように土のかまども作っていく。
この辺は魔法が得意な人の独壇場で、わたしも得意なほうだ。
せっせと土の壁に魔法を練り込み、鍋の重さで潰れないようにしっかりと固めておかないといけない。
それにこれからの天候はおそらく雨が降るのもあって、水避けもしないといけない。
丁寧にいつもの調合をするように、土を練り固めていく。ふぅ、ちょっと疲れるけど、ここで手を抜くとあとで大変な事が起きてしまう。
「この辺は本当に得意なんだな。ほい、多めに採ってきたからよ」
「ありがと、軽くご飯の準備しようか」
途中の村で補充するとしても、行程分の携帯食はしっかりもっていないといけない。
鍋に水を張り、火を熾して温める。あまり色々なものは作れないけれど、味気ない干し肉をそのままかじるよりはスープにしてしまったほうが美味しく食べられるし、量も多くとれて満足感も得られる。
ただ味付けに色々な物を使うことは出来ないのが旅の食事事情である。残念。
何はともあれ、お湯を沸かせた鍋に干し肉と乾燥野菜とキノコを放り込む。干したキノコを茹でるといい出汁が出て美味しく飲める。
スープを作りながら荷物の中からパンを取り出す。今朝焼き立てのものだからまだサクッとした食感が残っているはず。
ライ麦と小麦を混ぜて作ったもので、混合比次第で結構味が変わってくる。
小麦の割合が増えるほどパンは白くゆるみが増していき、ライ麦が増えるほど黒く長持ちで強い味になっていく。
旅の場合は鮮度が長く保てる黒パンが主になるけれど、硬いのでこれは薄切りにしてバターやジャムなどを塗って食べたいところ。
(小瓶にジャムとか作っておいてよかったー♪ 旅になると楽しみがご飯しかないって言われてたし)
取り出したのはポーション瓶だけど、中身はアプリコットのジャムだ。
村の近くでとれるアプリコットは酸味が強くやや甘みが薄いものの、干してドライフルーツにするとさっぱりとしつつも柔らかく食べやすい。
ポコンと瓶の蓋を外してたっぷりとパンに塗りつけていく。味気ないパンもこうやって食べれば美味しくいただける。
――ポツン
「あ、降ってきた」
頬に雨のしずくが当たる。この時期の雨はそこまで冷たくは無いけれど、それでもずぶ濡れになったら大変。
「こんなときに魔物が出なきゃいいけどな」
「雨の中じゃねー、でもこれだけいい匂いさせてると出そうね」
煮炊きによってふんわりと香りが広がっている。そんなところに魔物が出たら、乗り合いの人ともともとの護衛が迎撃に当たることになる。
今回のプランは安く戦える人として乗っているので、魔物が出たらきっちり頑張ろう。
この辺で出るのは獣系の魔物が殆どだし、これくらい相手に出来ないようでは王都で頑張るという目標が達成出来ない。
(ただあんまり狩りの手伝いって……してこなかったのよね)
家の薬草園を守る程度には経験があるものの、もとから狩猟や防衛を主に担っている人に比べては経験が浅いのは間違いない。
周りを見れば、簡単な柵を立てて防備を固めているところもあった。
「刺して立てた枝のところ、土魔法で固められるか?」
「オッケー、固めておくね。――錬成、土の陣!」
グラグラとしないように、立てて刺したのをどんどん固めていく。土魔法で固めてしまえば多少の雨でも緩んだりはしないし、野生の獣の突進を防ぐ程度には役に立つ。
そんな感じで防備を固めていたら……
――グルルル……
雨音に混じって、唸り声がわずかに聞こえた。
「来たな! 備えろ!」
隊商を守る護衛のリーダーが声を張り上げる。それを皮切りに戦える人は武器を持って立ち上がり、襲撃に備える。
「ガウッ!」
一匹のウルフが茂みから飛び出してきた。体長約1メートルの森に溶け込む暗い色をした中型個体だ。
「荷馬車に近づけるな! かかれ!」
合図とともにリーダーの配下が槍でウルフを突き刺しにいく。
身軽なウルフはそれを避けるものの、別方向からもう一人がカバーし、避けて体勢の崩れたウルフを一突きにする。
ウルフが悲鳴を上げるが、怯まずにとどめの一撃を入れていく。
「こっちにも出たぞ!」
もともとウルフは集団で狩りを行うのだから一匹だけな訳もなく、一気に残りが飛び出してきた。
ご多分に漏れず、こっちの方にも数匹か向かってきた。
「ミリー! 足止め頼むぞ!」
「わかった! ストーン!」
得意なのは火や水の元素魔法だけど、さすがに森が近い場所で火元素魔法はよろしくないし、水元素魔法の攻撃的な魔法はろくに使えない。
消去法で自分が使える元素魔法の中で、そこそこ威力があって使えそうな土元素魔法を選ぶ。
単純な石礫の魔法だけど、数を撃てばそれなりに脅威になりうる威力はある。ただ……
やっぱり得意じゃないから、拡散範囲が広がっていて威力に乏しくなるうえに、連続発射の反動で狙いが大きくブレていく。
そんな散らばった石礫の一部がビリーに襲いかかる。
「イッテェ! 範囲しっかり絞ってくれ!」
「ご、ごめんー!」
謝るものの、手を止めるわけにはいかず、制圧用に石礫を飛ばし続けること数分、ようやくこっちに向かってきたすべてのウルフを仕留めきった。
不意な襲撃をしてきたウルフの群れも撃退し終えて、その処理を始める。
皮は鞣して毛皮をとり、肉は肉で食べたり途中の村で売り払ったりと旅立ちの幸先は良い。
「ほいよ、分配で貰った分だ」
解体して切り分けて貰ったお肉を野菜スープに足して煮込んでいく。
さすがにそれほど活躍していないので少ないものの、それでもスープにお肉を足す程度にはもらえた。
干し肉は道中で補充しようとすると購入するしか無いので、節約出来て助かる。
「さすがに解体すぐのは難ありだねぇ」
「そりゃそうだろ。だが新鮮なのが食べられるのはこういう時くらいだしな」
しとしとと降り続く雨でも温まる料理をお腹いっぱい食べれば元気になれる。
■王都の門
旅立ちの日は雨の中戦う事があったり、その後もゴブリンやら何やらが襲いかかってくる事もあったけれど、無事に王都への旅が終わりを迎えようとしていた。
「わぁ……大きな門だねぇ」
遠くからでも一望できる、分厚い城壁と立派な門が見えてきた。しかし見えていてもまだまだ距離はある。
それに旅路が終わることで一つありがたいことがある。
(ちょっと、みんな、臭うんだよね……)
口に出して言わないものの、自分は水元素魔法で浄化しているけれど、そうでない人は戦闘での汗に匂いに、食事の匂いと結構気になる臭いがする……
かといってみんなに浄化をかければ良いかと言うと、あまり他のパーティーに口出しするのはそれはそれで問題になるから困ったものである。
しかしそれもこれももう終わりで、ようやく解放されるわけである。
「んー、んんっ……ふぅ、ずっと座ってたからお尻痛くなっちゃったよ」
腰に手を当てて身体を伸ばす。それでも振動と長時間の座りが疲労と痛みとなって各所に現れている。
やはり浄化だけでなく湯屋にまず向かおうかな? 身を清めてからギルドに登録、そして仲間や依頼集め、夢が広がっていく。
それだけではなく、泊まる場所も考えないと……でもどこが良いかな?
登録するべきギルドから遠いと大変だと思うし、市場から遠いのも考えものだしと考慮するべき要素は多いけど、一番は宿賃かもしれない。
(そこそこお金はまだ残ってるけど……)
万が一、地元に帰らなければならないような事になっても平気なように、ある程度予備として蓄えておくとして……当座は大銀貨10枚程度の生活を考えないと。
「さてと、ここでミリーとはお別れか。俺はあっちだしよ」
「うん、ビリーも気をつけてね。ただ……ちょっと」
「ちょっと?」
「身綺麗にして行ったほうが良いんじゃないの?」
「むっ……まぁ、うん、大丈夫だろ!」
「えぇ…………」
まぁビリーには同じように浄化はかけていたから、そこまででは無いけれど、浄化があれば何でも大丈夫ってわけじゃないしね。
「それに騎士団行けばそんなもんだろうしな」
「もう、しっかり掃除洗濯しなきゃだめだよ」
「ハッハッハ。大丈夫だ、問題ない」
本当かな……
ビリーと別れたあと、大門前で聞いた宿が連なる通りにやってきた。
湯屋も近くにあるし、どこかの部屋を借りたらさっそく行きたいところ。
「どこにしようかな?」
通りに面した宿はどこも見た目はとても綺麗にされており、掃除が行き届いているようだ。
あとはどのくらいの宿賃なのかも聞いているし、よっぽど相場から離れたものなら分かるし、とりあえず目についたところから当たっていこう。
どれにしようかなと最初に選んだのは入口横の窓に花が飾られていて、なんとなく気に入ったところの扉をあける。
カランカランと小さく鈴が鳴り響き、一緒に優しげな声で出迎えの挨拶をされた。
「お客様はお一人で? ええと、空室は……ありますね。どのくらいお取りしますか?」
「とりあえず10日予定でお願いします」
「はい、では銀貨6枚になりますがよろしいですか?」
一泊だいたい銅貨60枚前後と言われていたので、ほぼ平均的な宿賃のようだ。
「お願いします」
「はい、それではお名前を頂いても?」
「ミリアンです」
「ではこちらが部屋のカギとなります。朝夕は隣の酒場のメニューですが、宿賃に含まれておりますのでカギをお持ちになってください」
なるほど、カギとタグが結構特徴的だなと思ったのはそういう事なのね。
タグには宿の名前と部屋番号、それを囲むように花柄が彫られていて見た目も可愛い。
2階に上がり、借りた部屋の扉にカギを差し込み、カチャリと開く。
開け放たれた部屋はしっかりと掃除と換気がされているのか、籠もった部屋の匂いもせず、綺麗に片付けられている。
(この広さでも十分道具は広げられるね)
寝台と衣装箱、机があるだけでそれほど広くは無いけれど、活動する分にはそれほど支障はない。
背負った荷物を床に降ろし、替えの服をしまう衣装箱に浄化をかける。一応ね、一応ってことで。
しかし特に汚れもなく魔力を消費したくらいで、どんどん仕舞っていく。
……まだ一組しか替えが無いけれど。
あとは机に調合板を置いたり、乳鉢や薬品を置いていく。完全に自室と同じように配置していき、使い勝手を揃える。
「ふぅ、こんな感じかな?」
ここまでやれば、あとはお待ちかねの湯屋への旅路。となればお金とこの部屋のカギを握って行くのみ。
浄化だけでは得られない満足感を求めて出発だー!
部屋を出てカギを閉め、気分上々で受付に降りると、何やら人だかりが出来ていた。
さきほどまでは居なかったけど、どうも揉めているのだろうか?
「申し訳ありません、大部屋はすべて埋まってしまっておりまして……」
聞き耳を立ててみると、どうやらどこかのパーティーのようで、大人数で泊まれるような部屋を探しているようだ。
「ここもか……ったく本当にタイミングが悪いな。どこの宿も埋まってる」
となるとわたし自身は結構運が良かったのかな? 一人部屋で隙間を埋めたような感じで取れたし。
「なら何人かに分かれるとしたら、どうだろうか?」
「それですとこちらの中部屋2つになりますが……よろしいですか?」
「……仕方ない、割高になるがどこも埋まってる」
やっぱりこの時期って人の往来が激しいみたいで、都合よくぱぱっと決まったのは幸運かも。
宿のある通りにある湯屋にやってきた。
ちょうどいい感じにお風呂を沸かしているのか、もうもうと湯気が立ち上がっている。
受付で料金を支払い、かごを借りて脱いだ服を畳んでいれておく。
他のお客も結構入ってるようで意外と混雑しているものの、足の踏み場がないほどでは無い。
湯に入る前に、湯気で身体を湿らせつつ、汲んだ桶のお湯をかぶり、汗を流す。
やはり汗をしっかりと流して身を清めると、浄化とは比べ物にならないほどの爽快感がある。
「はぁ~~、ゆっくりするの気持ちいい~……」
ちゃぷちゃぷとお湯をじっくりと浴びていると、ふわふわとしたいい気分になっていく。
長旅をしてきた後なのもあって、とても気分晴れやかな気持ちになり……
「ふぁ~~……」
間抜けな声を漏らしても気にしない。すべてはリラックスのために、何者にも邪魔されず、解放感を楽しまなければならない。
たださすがに貸し切りではないので、他のお客さんの会話も聞こえてくる。
「そっちの景気はどう?」
「まぁそこそこよ、そこそこ。予約が取りにくいのが一番大変よ」
大げさに身振りをしつつ、何かの予約が取りにくいと愚痴をこぼす。
見れば長い髪をアップにまとめて、同じようにリラックスしている様子である。
友達なのか、近況の報告をしているようだった。
「それよねー、ウチのパーティーもここのところ週ニか三くらいしか迷宮入ってないわ」
「こっちも同じよ同じ。それでも稼げるから十分なんだけどね」
活動日数が少ないと嘆いているようだ。これは週の活動日を決めるときのやつかもしれない。
みんなが週五日と決めても、実際にはマッチする日が少なかったりするあれだ。
「あ~あ、中層とか開放されればいいのにねぇ。上層の予約のつまり具合が酷すぎるわ」
「大手ギルドしか入れないもんね~、まぁうちらの戦力じゃ分からないけどさ」
その後も他愛のない話をしつつ、お風呂から上がっていく二人組を眺めつつ、わたしも早くパーティーを探さなきゃね。
けれど一つ気になったのは、予約とか上層とか中層ってなんの事だろう? しっかり下調べをしておかないとね、安全を買うためにも。
こうやって情報をしっかり集めるの大切だし、これからもしっかり聞き耳を立てていかないとね。
「さっぱりしたなぁ~……」
ほこほこと温まった身体をタオルで拭いていき、身支度を整える。
あとは荷物を置いてからギルドに向かって募集を眺めてみようかな。ただ魔女ってどうなんだろう?
言ってて悲しくなるけれど、元素魔法も神聖魔法も調合もと色々出来るけど、どれも中途半端なのが気になるところ……うぅ、どうなんだろう。
うーん、やっぱり専門的な能力を伸ばすべきだったんだろうか……しかし今更という話で、これからの自身の育成方針を考えないとなぁ。
悩むよりもまずは突撃してみるしかない。腹を決めてあとは行動するのみである。
湯屋から宿に戻ったらまずは魔女らしい装備に着替える。術士として持つ武器はお母さんから借りた杖を持ち、ローブの襟を正してしっかりと着込む。
……フル装備だとちょっと暑い。いや、ちょっとどころか結構暑い。でも脱ぐわけにはいかない。
見た目の第一印象もアピールするべき要素の一つだし、これから冒険者だ! と宣言するときに装備がしょぼかったりすると下に見られる。
鏡のようなものは無いけれど、手ぐしで髪を整えつつ、衣類にシワが無いかよく確認し、くるりとターンをしてみては何となく杖を構えてみたりとイメージトレーニングをしてみる。
そして最後に一つ深呼吸をして……バッチリだね。
「さぁ、ついに……ついにここまでたどり着いたわ!」
目標は2つ。
1つ目はいつも聞かされていた冒険譚に語られるような、立派な冒険者になりたい。
そして2つ目はこの地で消息を絶ってしまったお父さんの足跡をたどること。
これには第一目標も大きく関わっていて、村で一番強かったお父さんに何かあったということは、わたしも立派な冒険者にならなければ調査すら難しい事だろう。
「でもそれもお母さんの説得も終わって、長い雌伏の日々を乗り越えてここまで来たのだから!」
ぐっとこぶしを握り、目標をしっかりと確認する。
「うるせぇぞ!」
「ご、ごめんなさいー!」
壁ドンされてしまった……借りた宿の部屋なのだから、周りにも気を遣わないと。
そのうち一軒家なんてもってみちゃったり? 街で噂の魔女だーなんて……
妄想から気を取り直して、持つべき荷物である杖、かばん、何かあった時用のパン、そしてお財布。
すべての準備を整えて、いざギルドへ!
■ギルドにて
宿のある通りから出て、大通りへと出てきた。
「えっと……教えて貰ったところは……たしかフォリウムって書いてあるって」
ギルドと聞いていたけれど、どうも複数あるようで、どれがどれだか……
分からないときは一つ一つ読んでいき、アルクス……これは違うね。
隣は……ここがフォリウムって書いてある。ここが教えてもらったところで間違いないみたい。
「おじゃましま~す……」
戸を押すと、小さく軋む音をさせながら開いていく。
露わになったギルド内部は……あれ、意外と人が少ない?
こういう時って普通は登録するときとかにライバルっぽいやつが皮肉を言いに来たり、謎の絡まれがあるものだとお父さんは言っていたけれど……そんな様子はまったくなかった。
「おや、お上りさんかな?」
「一人……募集はあるんだろうかね?」
「まぁ難しいんじゃないかな」
と一応小声で噂をしているようだけど……うう、たしかにお上りさん丸出しかもしれない。
慣れてる人が戸口であたふたするわけないし……と、とにかく行動するって決めたんだから!
それにしてもあまり人が居ないというか、併設されている酒場側は繁盛しているものの、ギルド側は閑散としている。
「新規登録は……ここね」
窓口には暇そうにしている受付嬢が座っていた。
ギルドの制服らしく、上着は肩や関節部、心臓部には鞣した皮が使われており、軽装鎧としての機能をもたせつつ名前プレートが貼り付けてある。
何かあれば即応可能といった感じでいかにもギルドの職員! というものだろうか。
下もスカート状になっているが膝丈まであり、ポケットも複数備えられている。どちらかと言えば、オシャレよりは実用性を重視した作りになっていた。
「おや、何か? ご新規さん?」
「あ、はい。そうです……」
受付の人は事務処理をしつつも、現れた新人に向けて書類の山から何かを取り出した。
「登録料は銀貨6枚になりますが、今まで登録は?」
「してないです。今回が初めてで……門のところで案内されました」
「ふむ、紹介なら銀貨5枚になります。あとはこちらに名前とあれば鑑定書もどうぞ」
渡された紙に書くべき欄は名前や技能傾向、マッチング条件、目的と書かれたものがある。
「このマッチング条件ってなんですか?」
「それはあなたの目的と募集がどの程度合ってるかなどですね。例えば護衛を主に行い、町から町を旅するタイプなのか、それとも迷宮を主に探索するのかなどです」
「あー、なるほど」
項目としては迷宮探索なのか、狩猟を主にするのか、護衛に代表する旅をするかで紹介先は異なるだろう。
となればわたしのやりたいことは、お父さんを探す上で最後に関わっていたのは迷宮だから……探索がメインになるかな?
探索にチェックを付けて、自ら募集するかは……色々と見て回ってからの方が良いかなってことで保留。
書き上げた書類と登録料を支払って、代わりに受け取ったのは小さなプレートだ。
「それがあなたの登録証になりますが、再発行は大銀貨6枚になるので気をつけてくださいね」
「ええ……無くすと大変だぁ……」
「再発行は非常に手間がかかりますので」
そう言われても小さなプレートで、角に穴が空いているからそこに紐を通して身につけるしか無いのかもしれない。
プレートに番号と登録日、名前をカカッと不思議な針で刻み、台帳に写しをしていく。
なるほど、登録日や名前と番号で照会することで身分証みたいに使えるのだから、下手に無くすとひどい目を見るだろうし、このくらい厳重な方が良いのかも。
台帳にはおそらくわたしの見た目やその他、特記事項を書いておくことで本人の確認にしているのだと思う。
「さてと、それじゃ募集とかは……」
掲示板に貼り付けられているのは募集よりは、パーティーに参加希望が多く見受けられる。
他にも一般の依頼が貼り付けてあったり、なぜか食べ物の美味いお店の情報に、いまいちよく分からない単語が羅列してるだけのものまである。
(これなんだろ? 本? 探す? 新品?)
新品の本を探してます、大銀貨5枚って……随分高いし、意図がよく分からない。
魔術書とか、技能書を指定してるわけでもなく、ただの本とだけ書かれていて、謎が深まるばかりのものだった。
「そいつは嬢ちゃんにはオススメしないやつだぞっと。これを貼り付けるから、ちょっといいか?」
「あ、失礼。どうぞ」
掲示板の目の前でぼーっとしていて、邪魔をしていたようだった。
ギルドの制服ではなく一般の冒険者のようだけど、手慣れた手付きで掲示板に新しい何かを貼り付けていた。
(やっぱり謎依頼だなぁ)
今度は完熟果物を売りますとあった。どちらかと言えば商業ギルドに適しているようにも思えるが、一般の冒険者にあえて伝えることに何かの意味があるのかもしれない。
「っといけないいけない。パーティーを探すとかソッチのほうが大切だったのに」
興味を惹かれたものに目移りしてしまったが、本来の目的のものを探す。
(戦士の人やら狩人とか色々な人がいるけど、どこも参加希望ばっかで残ってるなぁ)
やっぱり、募集は殆ど無いようで結構日付が経っているのに、このまま掲示板に残っている。
ギルドの掲示板には好き勝手には貼れないようで、登録料が僅かにかかるようだ。
だから内容を書き直したりはあまりしないそうだけど、それにしても一ヶ月前のまで残ってるのはどうかと思う。
(となるとやっぱり気になるよね……)
わざわざ銅貨数枚とはいえ、謎の依頼を貼り付けることの意味は……って気になったことにすぐ頭が行く。
悪い癖かもしれないけれど、気になってしまったら頭の中でぐるぐると回り続ける。
どんな人が貼り付けたのか? 今までリアクションが無かったのだろうか? 本って結局なんのことなのだろうか? 実は何か悪いことの比喩なのではないか?
一度始まった妄想がなかなか止まらなくなってしまった。だからだろう、声をかけられていたのに全く気がついていなかった。
「……もしもし?」
■出会いは突然に
ぼーっと眺めていたら、なにか呼ぶ声がしたような……と思って振り返る。
「ごめんねー、そこちょっと使うからー」
そう声をかけてきたのは二人組の女性だった。
一人は青い髪をしっかりとまとめてアップにしており、ちらりと見える腕は鍛えられているが、しっかりとした防具に身を包みつつも女性らしさのある、しなやかで長身の女戦士だった。
もう一人は逆に軽装で、普段着よりはたぶん頑丈なローブに近い素材でできた衣類を着ていて、ぱっと見では魔法使いかなにかなのだろうか。胸元まで伸ばした輝くような銀の髪に、なにかアクセサリーでぱちりと留めている。
「あ、すいません……」
掲示板の前で長々と妄想してたせいで、かなり邪魔になっていたようだ。少しは反省しなければ……
「よっと……これも安いもんじゃないんだけどな。でも必要だし」
女戦士然とした女性が掲示板になにかを貼り付けるようで、手に持っていた紙切れのようなものをしっかりとピン留めしていた。
その内容が気になってちらっと眺めてみると、募集と書いてあった。
なになに、治癒系魔法が使える方や水系魔法を使える方を募集と書いてあった。
これを見たわたしは天啓に打たれたかのような気がした。今を逃したら、チャンスが無いのじゃないかと。
「あ、あのぅ!」
思いっきり上ずった変な声を上げてしまったが、二人組の女性に声をかけた。
「ん? 何か用かな」
さっぱりと落ち着いた声で女戦士の方が返事をしてくれた。
「その! えと、こ、この募集って……!」
「ああ済まないが火魔法とかそういうのじゃなくて、書いてあるように治癒と水が得意な人を探しているんだ」
わたしの見た目から、攻撃的な魔法の使い手だと思ったのだろう。真っ先に火魔法のことに言及していた。
「い、いえ、ち、違います! わ、わたしその辺、得意なんですっ!」
「その辺と言いますと?」
もうひとりの女性も興味を持ったのか、こちらに振り返る。
「失礼ですが、貴方のクラスについて、聞いてもよろしくて?」
銀髪の女性が前置きをしつつ、優しく響く声でクラスのことを聞いてきた。
「あ、はい! だいじょうぶです!」
見た目通りな優しげな声が耳をくすぐるままに、わたわたしつつも元気よく返事ができたと思う。
「そうですか、ならここで立ち話は……邪魔になりますし、そちらの方で」
よくよく周りを見れば、変な声を上げて注目を浴びていたのだろう。周りからかなり見られていた。ただその視線は好奇心がかなりあるようで、ちょっと舐め回すような視線だったせいで、居心地が悪い気がする。
「よし、なら何か頼むか。これから飯に出るよりは良いだろう。君も一緒で良いか?」
「あ、はい。わかりました!」
どうも大人相手に、最初に「あ」が出るのを気をつけなきゃと思いつつも、出てしまうのだ。
二人に案内され、打ち合わせや依頼などの確認に使うであろう、ギルド併設の軽食堂のテーブルにつく。
「君にこれは早いかもしれないから、この当たりを頼むと良い」
そう言って二人はシードル2つと頼んでいた。りんごを発酵させたお酒を頼んでいた。
わたしはまだ余りお酒は飲まないけど、水の良くない地域ではアルコール類が主になることが多いらしい。
けれどここでメニューにあるミルクを頼むのもなぁと思ってしまったが、飲めない物を頼むよりは良いか。
「じゃあミルクで、おねがいします」
「ああ、飲み物はこんなところにしておこう。我々はこのあともあるしな」
「ええ、流石に手先が狂うわけにはいきませんからね」
緊張をほぐすためか、結構雑談というか、こちらを気遣ってくれているのがわかる。
「それで……いきなり本題に入ってしまうのだけど」
銀髪の女性がこほんと一つ息を整え、真面目な表情になる。
「えぇと募集内容に関しては理解している、でいいのかしら」
「は、はい! 水と治癒、ですよね」
「ということは水魔法の魔法使い、ということかしら?」
「い、いえ違います……その、わたしが授かっているのは魔女、です」
声が小さくなってしまうのもわたしの授かっているクラス、魔女は多種多様なスキルが扱える反面、これといった得意分野が少ない、とも言える。
薬草学なら錬金術師に負けるし、各種元素魔法は専門的な魔法使いの足元にも及ばず、治癒に至っては神官とは雲泥の差だ。
ただ魔女特有の、複合的な能力を要求されるものや錬金術師にはできない魔法合成による調合、一種類ではなく多種類の元素魔法、治癒にしたって神の奇跡ではなくポーション類や魔法による補助によった治療をと、出来ることは同じでもその過程は大きく異なる。
「魔女……ほうほう」
「これはこれは……」
女戦士のほうはこちらをじっくりと眺めるように見つめてくる。そして銀髪の女性もしげしげと見つめてくる。
二人の視線が集中し、なんだか恥ずかしくなってきた……
「あ……あの……?」
なにか頷くものがあったのか、こくりと頷きあう二人で、一体何が何やら……
「いや、これも毎日の鍛錬の成果かな」
「めぐり合わせが良いのかもしれませんね」
「……?」
ついていけずに頭に「?」ばかりが浮かんでくるが、悪印象では無いみたいで、そこだけは良かったのかもしれない。
「で、でも魔女、なんですけど……大丈夫、なんですか?」
「ええ、むしろ一番良い相手かもしれませんね。魔女ということはある程度の錬金術に各種魔法が使える、と見てよろしいですか?」
「あ、はい! 得意なのは元素魔法は水、火、土に魔術魔法、神聖系法術をある程度は……」
ある程度、というのも各種技能自体はそこまで高レベルなものではない。一応、使える程度に過ぎない。
それにしても王都とかではこうやって面接をするものなのかと思った。なかなか緊張するし、まだカチコチに固まったままだけど、しっかり話せただろうか?
「しっ! 静かに……」
むしろ声をより小さくすることを求められた。
「その使える範囲というのに、マジックトーチやヒールあたりは使えるかな?」
「使えます。水は浄化のクリアランスだけですけど……」
マジックトーチは魔術魔法の一番低級な魔力を灯りに変換する魔法で、魔力操作の練習にも使われる。
ヒールは神聖系法術の低級魔法の一つで、ちょっとした擦り傷や切り傷を体力や満腹度と引き換えに癒やす。
クリアランスは水元素魔法の一つで、軽く身を清めたり、水洗いするといったもので、どちらかといえば錬金術師などに重宝される。
これらの複数の魔法も魔女でなければ同時に習得するのは多少困難で、ある意味ではクラス能力が発揮されているとも言える。
「では改めて自己紹介とクラスの説明をしよう」
飲んでいたカップをテーブルに戻し、女戦士の人が真面目な表情に戻る。
「私はセレン、クラスは戦士をしている。元はしがない軍人の家系の末妹だった」
もとから身体を動かすのは得意だったがねと、続けて自己紹介を終える。
「セレンと似たようなものですが、私はティーナ・オーモンドと申します。元はセレンの実家でメイドをしていましたが……」
まあ色々あったのですよと、クラスに関してはとくに言及しなかったが、魔法使い系なのかな。
「じゃあわたしも! えと、わたしはミリアン。みんなはミリーってよく言ってました!」
「ほうほう、なら私達もそれを踏襲したほうが良いか?」
「あ、はい! で、ですね。クラスは魔女で……田舎から上京してきました!」
「ふふ、良いめぐり合わせでしたし……このあとどうしましょうか? 臨時で補充できましたっけ?」
「あー……枠自体は取ってあるが……荷運びってことならなんとかなるが……」
荷運びと言って微妙な視線を向けてくる。
「そうだ、それとクラスを授かっているということは成人で間違いないか? たまに居るから……」
「もちろん大丈夫です! これでも結構立派なんですから!」
「あらあら……背伸びっぽくて可愛いところも……あ、いえ何でもありません」
「よし、なら手続きをしてくる。少しギルドカードを借りるぞ」
「いってらっしゃい。私達はこのままちょっと待ちます」
手続きといってセレンさんはギルドのカウンターに並び直していた。
「あの何か手続きってあるんですか?」
「トラブル防止を兼ねてあるんです。誰がどういうパーティーに所属しているのかとかですね」
なるほど。あとから言った言わないで揉めないようにってことなのだろうか。
「あとは単純に予約の都合ですね。入場制限がありますし」
「それってランクとかですかっ!?」
目を輝かせてどういうシステムになっているのかを聞いてみる。
なんでもダンジョンに潜るには予約が必要ということで、誰がどういう所属なのかを明らかにしないといけないみたい。
さらに入場料自体は先払いのようで、これが手続きが必要な理由でもあるそうだ。
「やっぱり夢はオリハルコン級! みたいな?」
「あら、それはアルクスギルドの評価単位ね。ここじゃ鉄級から始まって銅、銀、金よ」
「そうなのっ!?」
「それにアルクスギルドはもとから紹介制だから、新人なんか入れないし、スカウトされるのって他のギルドのエースばかりよ。……金に物を言わせて」
ティーナさんが最後は何かを呟くものの、忌々しげにアルクスギルドのことを評価する。
お父さんって何級って言ってたっけな……たしか金とか銀では無かったような覚えがあるけれど、あまりよく覚えていない。
でもわたしがオリハルコン級が夢だと言ったのはお父さんの影響だったはず……となるとアルクスギルドに関係していたのかもしれない。ただ今は紹介制だと言われたし、伝手もなければ調べることはできないだろうけど。
「ミリー、君のカードを返しておくよ」
「あ、はい……このマークって?」
受け取ったカードにはティーナさんとセレンさんと同じ花と剣を意匠したマークがスタンプされていた。
「同じパーティーメンバーであることを証明するマークよ。万が一落としたり、未帰還になったときのためにもね」
未帰還、それはお父さんのように行ったっきり帰ってこなかった人を表す。
入場数と退場数を管理し、一応は捜索もしてくれるが……あまり頼りになるとは言えないそうだ。
あくまで技量に応じた自己責任で、ギルドからの指示依頼で無い限りは日々の数字にされてしまうらしい。
「そうだ、このカードだと何かわかります……?」
「これは……銀級カード? だけど……パーティーマークが刻まれていないわね」
ティーナさんに渡したのはお父さんのカードだ。今回調べ物や何かをするには必要かと思って、王都に向かうに当たって持ってきた。
話を聞くにしても、何かしらの現物があったほうがお互い分かりやすい。
「ソロ冒険者だったってことですか?」
「そうとも限らないわ。マークを刻まないこともあるし、探索メインでなかったらその時その時の同じ依頼を受けた人同士で組むことが多いのだから」
知ってる人にとってはカード一枚からそこまで分かるみたいで、持ってきて良かったと思う。
「セレンはこの人の名前に聞き覚えはある?」
「いや、済まないが分からないな。銀級だとしてもそれなりに居るからね」
「そっか……」
それでも手がかりが見つかったようなもので、これからも調べていかなきゃ。
「さて、お互いにある程度話し合ったところだし、手続きも終わった。なら行くとしようじゃないか」
「そうね。このままじゃ予約時間を過ぎちゃうわ」
セレンさんとティーナさんは次の用件があるようで、このまま足止めするわけにもいかない。
「あ、こんなに時間取らせちゃったし……」
「何を言っているんだ? ミリー、君も一緒に来るんだよ」
「えっ!?」
驚きのあまり、思考停止したままのわたしを連れて、セレンさん達は荷物を持ってどこかに向かっていく。
そんな二人の後ろにわたしも一緒に付いていくものの……なんだか心細くなってきた。
「あのー……どこに行くんですか?」
「どこってそれはもちろん迷宮だよ。予約時間だからね」
「だいぶ予約も取りにくくなってしまいましたし、さすがに遅れるわけにはいきません」
どうしよう……そんな急に行くなんて思ってなかったから、身の回りの装備しか持っておらず、他の荷物はほとんど宿においたままである。
それに技量もまだ示してないし、本当にだいじょうぶなんだろうか……ドッキリでした、と言われても不思議じゃない。
「うぅ……」
ちょっと不安になってきた。替えの下着も無いし、何かあったらどうしよう……
「ま、大船に乗ったつもりで居てくれて問題ないさ」
努めて明るい声で励ましてくれるセレンさん。だけどほぼ未経験のわたしで大丈夫なんだろうか。
「ええ、貴方にはまずは慣れてもらいませんと」
「が、がんばります……!」
遅れないように、やや駆け足気味に二人の横に一緒に並んで、町中を進む。
田舎とは違い、中央からここまで雑多に人がうろうろしている。みんなどこか向かう予定があるのか、迷いのない足取りで通りを埋め尽くしていた。
そのまま歩くこと二十分くらいだろうか。王都の郊外近くにまで来ると、同じような冒険者らしき人物がかなり多くなってきた。
「この辺って露店が多いんですね」
中央通りやギルドの近くでは見なかった露店がだんだん増えてきて、妙に活気がある通りになっていた。
なにより香ばしくていい匂いのする露店や、修繕を呼びかける武具職人、こんなところでもポーション類を売り歩く行商人と枚挙にいとまがない。
「そろそろ迷宮の入り口だから人通りが多いのよ。それにどうせ使う場所といえばここなのだし」
ティーナさんが教えてくれた通りに、他の冒険者らしき人もこの場で道具を購入したあと、そのまま迷宮へと潜っていった。
「さ、並びましょう。すぐ受付になるけれど、しっかり固まっておいてね」
ガヤガヤと田舎では見ないほどに人だらけで、気を抜くとはぐれてしまいそうになる。
きゅっとティーナさんが手を握ってくれて、その温かな手のひらの感触がとても柔らかかかった。
「すぐに順番になるな。まぁ予約しているのだから当たり前なんだが……」
「ギルドカードと入場券を提示してください」
迷宮の入り口では衛兵が淡々と受付処理をしていた。
流れ作業としか思ってないのか、とくに顔を上げるでもなく、提示されたプレートと台帳が一致するかだけを調べている。
そしてどんどん列を消化していき、わたし達の番が回ってくるのだけど……
「あれ、前の人入場券なんて出してました……?」
小声でセレンさんに聞いてみるものの、何やら渋い顔をしていた。
「優先権の問題だな……アルクスギルドのやつらだ」
「部屋が取られていないと良いですけどね……」
何やらいまいち状況がつかめないものの、横入り的なことをしてるっぽい?
入場管理をしている衛兵も、やる気なさげなおざなりなチェックをして通過させていた。
かと思えばわたしたちの番になると妙に詳しくチェックを始める。
「三人とも同じパーティーメンバーで間違いないな? 他に要チェックかどうか……人相書きにも無いな」
ぱらぱらと手配書を穴が空くほどにじっくりと見回す。さっきの人たちとは対応がぜんぜん違うし、なによりちょっと失礼な感じ。
「よし入場記録を付けてやったが、時間を守れよ」
「……ありがとうございました」
イヤイヤ感が丸出しになりそうだけど、とりあえずお礼を言って進む。なんだか対応が全然違うなと思うものの、理由がいまいち分からない。
「…………」
「…………」
二人とも無言で進み続け、ある程度進んだところで……
「あーもう、フォリウムギルドだからってああまでしなくていいのにっ!」
最初にブチ切れたのはティーナさんだ。優しげな声なんてどこにもなく、今にも掴みかからんばかりの怒気に塗れていた。
「まあそんなもんだ。ティーナも落ち着いてくれ。新しく入ったミリーもいるんだから」
「あ、と、そうね……」
「そのー、どんな状況、なんです?」
少し間抜けな声になってしまったけど、ギルド間で確執でもあるのだろうか。
「あー、そうだな……現場についたら話す。まずはマジックトーチを頼む」
「あ、はい。使いますね。マナよ、明るく輝き光となれ、マジックトーチ!」
詠唱自体は習った通りに、魔力を巡らせ、点火するように意思を込める。
爆発させるものではなく、持続的に照らすためにも身体に宿る魔力を放出するマナに変換し、蝋燭のように形作ることが必要になる。
この放出する形をきれいに作ることが、少ない魔力で、長く照らすコツになるそうだ。教えてもらった人からの受け売りだけど。
「おぉ、随分安定した明るさなんだな」
「いい人に出会えましたね」
「えへへ、それほどでも……」
三者三様の感想だけど、初級魔法といっていいものでこんなに褒められるなんて。
わたしはこの魔法にも結構慣れていて、一度の点火でだいたい十分程度は持続させられる。一緒に他のことをしたり、呼吸が乱れると持続時間が減ってしまうが、それでも結構な明るさと時間のはず。
「それじゃあ目標地点まで進もう。ここを直進して3つの分岐点のあとに右だ」
セレンさんの指示通りに、途中に左右の分岐があるところをまっすぐ進み、ちょうど3つ目の分岐を右に曲がる。
ほどなくして迷宮のドアを開けると……そこには不思議な光景が広がっていた。
「……? ソファー?」
この場に似つかわしくないソファーがおいてある。多少ボロボロな感じはするけれど、座ってても問題はあまり無さそうだ。
他にも棚がおいてあり、今は何も置かれていないが、ホコリのあとから何かしらが置いてあった様子はうかがえる。
「さて、それじゃあ出るまではリラックスしていてくれ。私も準備をしておかなければな」
セレンさんは荷物から予備の武器を取り出し、ソファーの前のテーブルに置く。そんな光景を不思議に思わずティーナさんは剣の横にカップを置いていた。
「……?」
二人は準備万端とばかりにソファーに座る。つられてわたしもソファーに座る。
「あれ、ここに何しに……?」
「ああ、討伐任務みたいなもんだ」
「そういえば説明が途中でしたし、ここで詳しくお話しましょうか」
そう言ってティーナさんは置いたカップに水を注いで、手渡してくる。うん、ちょっとぬるくなってきてるけど、お水だね。
「迷宮とかダンジョンとか呼ばれている場所なのですが……あら、ちょうど反応ありですね」
「任せろ」
セレンさんが武器を装備し、立ち上がる。あまり気負った感じもなく、少し離れた位置で止まる。
ほどなくして魔力感知に反応するのは、妙に濃くなり始めた魔力の反応と、なにかしらの術式が実行されたような感じがした。
「わっ! なにこれっ!?」
セレンさんが立つあたりの床が鈍く光り始めた。その様子を気にした感じもないけれど、リラックス状態から武器をしっかりと構え直している。
低音が響き、煙のような渦が床から湧き出たかと思えば……モンスター!?
唸るような声を上げるのは、武器を持った……なんだろうか、犬の頭を持つ人のようなもの。だけどそこには不気味さしかない怪物のような姿をしたものがいた。
「え、あ、わっ……! ま、マナよ、炎の矢となり燃え上がり、ファイアボルト!」
急に近くにモンスターが湧いたことに、慌てて炎の矢を飛ばす火元素魔法を唱える。
「大丈夫だ! ふんっ!」
構えた剣を一閃。即座に現れたモンスターを切り捨てる。
行き場をなくした魔法は漂うように動き、とりあえず壁にぶつけて消滅させる。焼き焦がすような痕ができ、炎がどんどん小さくなる。
「ケホッ、ケホッ……火魔法もかなりの腕前なのですね」
使った魔法の後始末で、ティーナさんが土埃にまみれてしまった。狭い部屋の中に、炎の矢を飛ばしたからか舞い上がる土埃が一帯をめちゃくちゃにしてしまった。
座っていたソファーにも土埃がまみれてしまい、そのまま座るのは……うーん、ちょっと気になるかも。
「あ、その、すいません…………」
「いえ、先に言ってなかったので気にしないでください」
「私は手入れをしておく。ティーナ、後は頼む」
「ええ、後は私がやっておきますから」
「……?」
セレンさんは武器を拭ってメンテナンスを始め、ティーナさんは倒されたモンスターを……ざくりと突き刺す。
「まあそこそこですね。魔石持ちしか出ないのはありがたいことですが」
「ミリー、済まないが水魔法が使えるなら剣先とこの布を洗って欲しい」
「あ、はい。やりますね。マナよ、流水となり浄化せよ、クリアランス!」
魔力をマナへと凝縮していき、水へと変換して汚れた刃と布を浸す。あとはぱぱっと浄化を終えれば汚れた布もきれいな布へと大変身だ。
「やはり魔法を使える人がいると楽ですし、良いめぐり合わせでした」
モンスターをバラバラにしていたティーナさんが笑顔で迎えてくれるけど、微妙に、いや確実に血の匂いと汚れがついている。
だけどそれより気になるのは……
「探索ってもしかして……」
「はい。こうやって迷宮の一角で狩りみたいなことをします」
そうだと言わんばかりにティーナさんが頷く。ということは、この場所が予約したところなの?
「そうだな。ここ半年くらいか。予約の取れた一階か二階の部屋で狩りまくるんだ」
上がりとなるのはこの魔石と、モンスターが持っていた武器や防具、稀に宝箱のようなものを持って現れるらしい。
そしてこの部屋のように、召喚陣がある部屋を狩り場として扱っているようだ。この場所ならモンスターの出現がある程度予測ができ、なにより獲物を狙い合う人同士の争いを防ぎやすい。
「迷宮探索ってこんなことなのっ!?」
あれから何度も床からモンスターが出現することに、驚きながらもそのほとんどをセレンさん一人で切り捨てていく。
倒した後はティーナさんがざくざくと魔石を剥ぎ取ったり、たまに出てきた宝箱の罠解除をしたり、素材になりそうなモンスターの毛皮やらを解体していた。
わたし? わたしは水元素魔法で剣を洗ったり、布を洗ったり、たまにセレンさんが受けた傷を癒やしたりするくらい。
……あれ、ほとんど何もしてないような……?
あ、でも大事なことに、ずっと灯りを維持してたよ! たぶんこれはすごいことだと思う!
そんなこんなで二時間近く経ったころだろうか、セレンさんが荷物を片付け始めた。
「そろそろ頃合いか。帰還準備を始めておいてくれ」
「準備といっても……」
とくに何かを広げたりしてないので、使った水を側溝らしきところに捨てるくらいしか。
でも時間の大半が手持ち無沙汰だったような気がしてならない。
そんなことを思っていると、外のほうでガヤガヤとにぎやかな声がしてきた。
トントンと、こんな迷宮内で聞くことは無いだろう、ノックの音がする。
「おつかれ様でーすと、お、ちょっと早く来てしまったところでしたが……」
ノックと共に現れたのは6人組のパーティーで、ぱっと見でセレンさんより強そうな人は見えなかった。
「お疲れ様。私達はもうこれで引き上げる予定だ」
「おー、そうですか。急かしたつもりはありませんでしたが、釣果の方はどうです?」
「魔石そこそこのあまり大穴は出なかった、というところだな」
セレンさんが他のパーティーと雑談をしているとき、丁度床が光り始めた。
「おや、丁度出現ですか。ではこちらが頂いていきますね」
「ああ、それじゃ私達はこれで失礼する」
ちらりと戦闘の方を見れば、前衛二人がしっかりと防備を固めつつ、後ろからの二人が槍を使って仕留めているところだった。
連携もよく、多く湧いたモンスターを盾の壁で阻みながら、隙間を槍で通すとは、まるで軍人のように統率の取れた動きをしていた。
「ミリー、帰るぞ。もう次のパーティーに明け渡してるしな」
「あ、うん。分かったー」
様子をもう少しみたいなとも思ったけど、部屋のドアを閉じて廊下に出る。
「なんだか、すごい不思議な体験だった……」
ぽつりと呟くけど、本当にそんな心境であった。探索ってこんなことをしてるのだろうか。
「おつかれ、ミリー。ところで君はどこの宿を取っているんだ? 遠かったらまたギルドで分配などをするが」
「あー、えと、わたしはここの……とまり木の枝ってところに宿を取ってます」
取り出した鍵に宿の名前と、部屋番号が刻まれている。なんとなく入ったところにしては、おしゃれな花柄模様まであって、結構気に入っている。
「なるほど、少し歩くことになるが私らが泊まっている宿に来てもらって良いかな?」
「はーい、ギルドには戻らない感じなんですね」
「ああ、出来れば、な」
「ですね」
■初体験と現実
ティーナさんとセレンさんに従って、そのまま迷宮から出た足で宿に向かう。
二時間ぶりに地上に出たら、眩しさにくらっとしてしまうのは、意外と疲れていたのかもしれない。
魔法をこんなに短時間で多く使ったのも、迷宮に潜ったのも初だった……けどこんなのでいいのだろうか。
三人で宿のある通りに向かって歩いていき、わたしの泊まっている宿を過ぎて、少し高級な宿のある通りに来たけれど……
「はぇ~、こんなところに宿を……」
見た目からして大きめで、玄関前にも花が植えてあったり、併設されている食堂も明るく開放的な作りで、いい匂いまで漂ってくる。
名前も星々の瞬きと書かれていて、間違いなく等級の高い宿で、今のわたしには泊まれそうもないところであった。
「横の食堂で個室を取ろう。分配だけじゃなくて話もしておきたいしな」
そのまま隣の食堂に入ると、ここも掃除が行き届いて清潔感のある個室へと通された。
打ち合わせも出来るようにか、食堂にしては珍しいくらい、頑丈な扉で区切られており、窓の外もしっかりとした柵が張られている。
「まずは軽く食事を取ろう。結成記念と今日の冒険を祝して」
そうセレンさんが宣言し、何やら紙に色々と記入している。
見たところ、注文表みたいなものだろうか。飲み物の数や食事に関して数字を記入していた。
書き終えた注文表を持って部屋から出ては、しばらくすると帰ってくる。
「適当に注文してしまったが、食べられない物とかは特に無いかい?」
「はい、わたしはだいたいの食べられるし、大丈夫です!」
村に居た頃は、食べられるものは何でも食べないと苦しい状態だった。
ポーション作成や錬金薬などによって、収入が多かったけれど、それでも辺境の村なんてそんなものである。
ただそこそこの蓄えはあったので、飢えることは無かっただけで、贅沢な物や美味しいものというのはかなり少ない。
そんな事を言っていたら、給仕をしているメイドさんらしき人が注文品を持ってきた。
移動式のテーブルなんて、やはりここはかなり上質な宿とその食堂なのだろう。
キュラキュラと絨毯と台車の音が響き、どんどん料理を並べていく。
最初の前菜なのか、野菜をカットしたものに、チーズが添えられていてしっとりとした舌触りに濃厚な味が広がる。
こんなに良いのかなと思いつつも、出されたワインはふんわりと華やかな香りがし、口をつけるとまろやかで優しい味がする。
「これって結構高いんじゃ……?」
「中級程度の宿さ。それにこういうところでないとな」
セレンさんはこれが普通とばかりにワインを飲み干していく。そこそこ大きなボトルだったと思うんだけど……
「私達はある程度稼ぎの良いほうですからね。セキュリティを考えるとこのクラスは維持しておかないと危ないのですよ」
良い宿はそれだけ堅固で、荒くれ者はたしかに排除されてしまいそうだ。なにより不審者だと近づくだけでも猜疑の目を向けられる。
そう思えば止まり木の枝はそれなりではあったけど、たしかにそれなりの警備状況ではあった。
侵入しようと思えばたぶんそう難しくはない。そんな場所に大金やそれに類する物を置いておくのはトラブルのもとにもなる。
「まあ、そんなことは気にせず食事を楽しもう。ある程度遊べるのはこういうことしかないしな」
くっとグラスを空けて一息つくセレンさん。わたしもちびちびと飲みながら運ばれてきたスープ、パンを食べると主菜らしきカットしたお肉のステーキまで出てきた。
やはり食は値段相応だなぁと思いつつ、とても美味しい料理に舌鼓をうつ。
「次に分配に関してだが、現物分配は……やや面倒か?」
「今回の収入になりそうなものは低級魔石が36個、中級魔石が7個、宝箱から入手したのがこちらのスクロールらしきものですね」
ティーナさんがテーブルに並べているのは、今回の狩りで得られたものだ。
数が少ないものや同じもので分けられないのがあるし、わたしには価値がよくわからない物でもある。
「一度売却してからの方が良いですが、分配に関しては四等分で一人分はこのまま積立にしたいのですが……ミリーさんはそれで良いですか?」
価値的にはそれぞれ銀貨1~2枚程度なのが低級で、中級にもなると5~10枚になるそうだ。
振れ幅が大きいのは傷がついていたりすると大きく価値が低下するもので、モンスターの倒し方次第で大きく変化する。倒すときに魔石を傷つけてしまえば、たとえ倒せても実入りが減ってしまう。ある意味では綺麗に倒せるのは実力の証とも言える。
となれば今回の稼ぎはだいたい銀貨90~110枚程度らしい。ちなみにこの宿は二部屋とって一日だいたい銀貨4枚だそうだ。わたしが泊まっていた止まり木の枝が銅貨60枚なのを考えると、一部屋が約三倍の宿である。
「積立って何に使うんですか?」
「基本的にパーティー全体に関わるものはこちらから出してます。治療院に支払うお金やセレンの武具修理に掛かる費用が主ですね」
単純に等分しただけだと、セレンさんは身を張って戦うから消耗が多いのだし、変に分配金に差を作られるよりは納得もできる。
それにわたし自身、あんまり活躍してないだろうし……こんなので分前をもらっていいのだろうか。
「で、今後の話にもなるんだが……このままミリーは参加してくれる、で良いかな」
「あ、はい。大丈夫です」
募集掲示板では一ヶ月も待ってる人がいるくらいだし、何より同性のメンバーともなればそこまで気を遣わなくてもいいし……
いやでも飛び込みで打ち解けられないのでは冒険者としては未熟、なのかもしれない。でもなぁ……
「ではこれからもよろしくお願いしますね、ミリーさん」
「はーい、こちらこそ!」
ティーナさんの手を取って握手をする。相変わらず柔らかな手だなぁと思いながら、感触を楽しむ。
「じゃあこのまま歓迎を含めて……ミリーもこっちの宿に移ってもらってもいいかな」
「そっか、別の宿だと連絡とか大変だし……でもあんまりお金が……」
「そこは積立から出すことにしているから問題ない。一応私らも一人個室にしている」
なるほど、これもパーティーにとって必要なことだから、というわけなんだ。
さすが慣れてるのだろう、新しく所属するわたしとしては、良い環境だと思う。
荷物を一度取りに帰って、すぐに引き払うことを伝えると、少しだけ嫌な顔をされてしまった……
とはいえこれも必要なことだから仕方ないよねと思いつつ、全ての荷物、ちょっとした錬金術用の道具や、杖の手入れ用のものだったり、調剤用の薬研やらと意外とかさばるものばかりだ。
「うー、一度変に荷物をあけちゃったから……」
収納するのが大変で、片付けが苦手なわたしにとって、大変な作業になる。なぜ……どうして……一度収納されたはずの物が入らないのか。
まるで魔法のように、膨れ上がった荷物はなかなかカバンにに入らず、最終的に無理やり押し込んでみたり、圧力をかけてみたりして、ギリギリになりながら詰め込むことができた。
「はぁ、なんとか入った~」
みちみちと音がするような気もするのはきっと気の所為だし、大丈夫大丈夫。あっちに着くまで保てば良いんだから。
そう気合を込めて持ち上げる。
「出発っとー」
自分にファイトとエールを贈りながら、止まり木の枝から星々の瞬きへと頑張って進む。
外に出ても、そこそこ人通りが多く、こんな混雑してるところに大荷物なわたしが居たら、邪魔をしている感じがするけれど……
ただ一つ気になったのが、意外と怪我をしてるっぽい人が多いのが目についた。
迷宮帰りなのだろうけど、浅くない傷を負ってる人や、火傷らしきものをしてる人。ぱっと見ではあるけれど、五体満足のまま引き上げてくる人が少ない気がした。
なるほど、これなら治療院や治癒系の術を持ってる人が優遇されるのだろうなと思った。
けどその割に募集にはあんまり無かったような……よく見てなかっただけだろうか? いや、そんなことは無いと思う。
「こういうときは折角の仲間に聞いてみるのも……って良いのかな」
まぁ悪いことがあったわけでもないし、別に良いか。
星々の瞬きへと到着したものの、そういえばセレンさん達がどこの部屋かを聞いてなかったことに気がつく。
「あ~……わたしってなんでこうおっちょこちょいなんだろ……」
絶望しつつも取り乱すわけにもいかず、玄関でがっくりと肩を落としていたら、宿の受付の人に話しかけられていた。
「当宿にようこそ、お客様は待ち合わせをしておりますか?」
「あ、はい……その、セレンさんとティーナさんですが……」
とりあえず二人の名前を伝えて事情を伝える。すると受付をしていた人にはもう連絡が行っていたのか、すぐに対応してもらえた。
「すまなかったなミリー。部屋のことを伝えて忘れていたから、来たら教えてもらうように言っておいたんだ」
「いえ、大丈夫ですけど……本当にここで大丈夫なんですか?」
「構わないよ。これがミリーの部屋の鍵だ。とりあえず十日分でその都度更新する予定だ」
十日分ともなるとポンと銀貨20枚くらいの出費なんじゃ……気前良すぎる!?
「ミリーさん、気に病む必要はありませんから。さ、私も荷物を持ちましょうか」
ティーナさんがわたしの荷物を一緒に運んでくれるみたい。手取り足取りお世話をされているような……
通された部屋は清潔な白いベッドに、ふわふわのシーツと布団、おしゃれなローテーブルにソファーが置いてある。
棚や衣装入れやクローゼットまで備えてあり、かなり上等な個室のようだった。これなら調合版を広げても苦にならない。
問題があるとすれば、これを散らかすであろう未来が少し気になるところだけど……まぁいっか!
とりあえず調合版を机に置いて、使う素材は周りに配置してと……あ、でもこんないい部屋の中で匂いがつくようなことをしてても良いのだろうか。
あとで聞いてみないといけないこととしてリストアップしておく。追い出されるような真似はセレンさん達に迷惑をかけるし、これでも人としての常識は備えているつもり……たぶん。
他にも当座の着替え以外も揃えていかないと、着たきり雀になってしまう。たった一着の着替えだけでは、いま着ているのを洗濯する→着替えを汚す→着るものが無くなるの3コンボが目に見えている。
それでなくても調合や調剤作業をしていると服をどんどん汚すのだし……いままでお母さんが洗ってくれて、着替えの用意までしてくれていたんだ。
いまこの場では感謝を伝えられないけど、心の中でお母さんに感謝をする。うーん、一人で都会に出るってこんなに大変なことなのか。
とりあえずとして着替えをクローゼットに引っ掛けておく。いくつも空のハンガーあるし、何着か着替えを早めに買っておこう。
「あ、そうだ。貴重品はどうしよう……」
ずっとお金を持ち続けるのは、と思って部屋を見ると角にある棚の下に頑丈な箱が置かれていた。
こんこんと叩くと金属の箱で扉を錠前で止めるタイプのものみたい。今は錠前が無いから、これは各自で買ってくるか、宿に借りるかしないといけなそうだ。
持ち上げようとしても、かなりの重量と壁と床に頑丈な鎖で繋がれていて動かすことはできないようだ。
無骨な金庫であるもののインテリアに隠されており、それほど違和感は無い。これもリストアップと錠前の購入も考えておかないと。
とりあえず適当に放置するよりはと、錠前がなくても貴重な物は金庫に詰めておく。
お金も分散して配置し、金庫に入れるもの、衣類に仕込んでおくもの、道具に仕込むものと部屋の片隅に分散させておく。
これなら一つ失っても即座に無一文にならずに済むし、ここは防犯も堅固であると思われるが、出来ることはしっかりしておこう。
あとは冒険以外……いや、冒険というのかなぁ、あれ。迷宮に挑むというところは確かに冒険かもしれないけど。
概算で一度の潜りでだいたい銀貨20枚前後を分配で貰う感じっぽくて、宿代は積立からだしこんなに貰っていいのだろうか。
ある意味、成功者? みたいな状態だからこれは良いということにしよう。
■二人の思惑
募集をしてすぐに来た新人ミリアン。彼女の評価は二人の中では異常なほどの高評価だ。
「まさかすぐに来るとは思わなかったな。募集期間一ヶ月で支払ってたのに」
掲示板を利用する権利は7日、一月、三ヶ月といくつかの期限で区切られている。長いほど期間に対しては安くなるが、それでも結構なお値段になる。
掲示するに当たって内容の調査、妥当性、ギルドへの評判など各種選考が行われる。
不当に安く、あるいは高く提示するのも禁止されているし、内容に対してもかなり精査されてからようやく掲示できる。
契約として正しく手続きを行わなければ罰則もあり、ギルドに掲示するということは責任を持つことでもある。
初心者ギルドと下に見られるフォリウムであっても、矜持があるのだ。
「しかし前の二人とも良好な仲を築けたとは思っていたのですが……」
ティーナが前に別れてしまった二人のことを回想する。今回募集をすることになった件でもある。
セレン達は元は四人組で活動していたが、所属していた魔術師と神官がパーティーを脱退してしまったのだ。
魔術師はここでは魔法をぶっ放せないと不満を言い、しかしそれを解消するにはより下層に挑まなければならないが……フォリウムギルドに所属している限り、それは望めない。
迷宮なのに、自由に探索などできやしないのだ。
利権が、しがらみが絡みつき、入場予約制などというものがまかり通っているのである。
迷宮などと言ってるが実態は鉱山のような扱いだ。
迷宮の奥深く、おそらく最深部にはコアと呼ばれるものがあり、それが魔力をもって様々な物を生み出す。
持ち帰ることが出来れば大きな財産となる。つまり金である。
それは魔力という代償があれば無尽蔵に湧き出すのなら、それを独占しようとするのは当たり前の話だ。
どこの迷宮も大手ギルドが囲い込み、それ以外の侵入を阻んでいるのが実情で、中のモンスターよりも競合するギルドの方がよっぽど厄介なものである。
セレン達が所属しているフォリウムギルドはその点は独占に立ち向かうもので清廉潔白だとは言わないが、所属する冒険者にはしっかりと還元はしている。
迷宮以外では護衛や採取など各種依頼はあるもののの、実入りが少ないのが現実だ。
危険な獣やモンスターを相手にしても雀の涙。魔石が取れなければほとんど換金できない。
モンスターの素材だからと強力なものは少なく、叡智によって生み出された金属武具には足元にも及ばない。唯一幻想種とまで呼ばれるような龍の皮ですら、希少金属の剣でさえあれば引き裂いてしまえる。
もちろんどちらも希少なことには変わりないが、人の生み出した叡智たる武具は矛があまりにも進化してしまっているのだ。
されど魔石はそんな危険なモンスターから得られるもので、灯りや燃料に利用されることで、木材とは遥かに次元の異なる効率を誇る。
大量の木材を燃料にするよりも、モンスターから得られる低級魔石の方が遥かに高効率でエネルギーとなる。
ある意味では冒険者というのは燃料を確保する人であるとも言える。
「彼女がちょっと心配ですけどね」
魔法をぶっ放したいだけの魔術師の事を思い浮かべながら、お茶をすする。
「それよりもあいつの方が許せん。あれほど面倒を見たのに結局治療院に転職していったんだぞ」
「それは仕方ないでしょう。雇用条件で期限を決めていた、報酬が割に合わないと言われたら仕方ありませんよ」
「くっ、それを言われたら引き下がるしか無いな……」
ティーナは昔からの馴染みだが、あとの二人はこの街で知り合ったのだ。情で訴えるのは間違っているだろう。
「だが前に久しぶりに会ったらとんでもない嫌味を言われたんだが……」
「治療院の方が儲かる、でしょう」
セレン達は基本的にはパーティーでありながらも、セレン独力でほぼどうにかなる。上層では珍しい「ナイトメア」と呼ばれる特殊個体以外は苦戦する相手は居ない。
幼少から鍛えてきた剣技と弛まぬ鍛錬の成果ではあるが、パーティーとしては少し歪であった。
ティーナ自身はそんなセレンを支えるように、鍵開けや罠解除、休息のための世話に、多少の短剣術と弓術を誇る。
そのせいで神官だった男にはあまり手をわずらわせることは無かったものの、ここに居なくてもいいのではと思わせてしまった部分はある。
そんな状況でより報酬の出す治療院が神官のヘッドハンティングを仕掛けてきたのなら、なびかれても仕方のないことであった。
「怪我を負うことが多いからな。この職業は」
「ミリーとはできるだけ、友好的にしたいですね。彼女は悪い人では無さそうでしたし」
「ああ、素朴な、と言ってしまっていいのだろうか。騙されないか見張る必要もあるだろう」
「私達が騙さないようにもね」
勿論だ、とグラスに残ったワインを飲み干す。
「次の予約が3日後に1枠取れましたし、今週は3枠となかなか運がいい結果でした」
「フォリウムギルドじゃ……中層は無理か?」
「厳しいですね。でも私達の成果ならそろそろ説得はできそうではありますが」
パーティーにそれなりの強さの前衛、魔法を扱える後衛、治癒術も扱えるのなら危険だからの一言で断らせるのは難しいだろう。
もっとも枠の問題だなんだと難癖を付けられるのは目に見えている。でも実力が無ければ候補になることすら出来ない。
だがこのまま冒険者が増えれば、探索に回れる回数が減っていくだろうことは想像に難くない。
「ままならない事ばかり、か」
いまこの場に居ることすら本当はままならない事だ。実家が没落しなければ、騎士団で上を目指すか、どこかに嫁ぐか、あるいは婿を貰うか。
なんの因果か、冒険者になってしまったのだから。
書いたもので、採用に至らなかったので供養に。