III-2 迷宮
翌日、リクとアイザが目覚めたらもう昼になっていた。ドンドンという、宿屋主人のドアノック音で二人は飛び起きた。
主人はもう退室の時間であり、出て行かないならもう一泊分料金が必要だと言った。二人は考えた結果、まだヴィクスロアの街に詳しいわけではなく、他の宿が空いている保証もないため、とりあえずもう一泊分の料金を支払うことにした。その後身支度を済ませ、持っていた食料を食べた。
さぁ準備はできた、二人はヴィクスロアの街へ探索に向かうことにした。
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ヴィクスロアの街は全体的に落ち着いた建物が多く、シックで洗練された雰囲気だ。この間まで滞在していたルクコアは、カラフルな建物が多く雑多な雰囲気だったためまるで違う。
ルクコアは露店が沢山あり、活気ある声が飛び交っていたが、ヴィクスロアは露店そのものはあるものの、数店舗しかなくどれも落ち着いている。
「ここがヴィクスロアか〜。ルクコアとは違うな、何と言うか街並みがオシャレだ」
「洗練されているよね。歩いてる人も何か垢抜けてる」
リクとアイザは街の様子を観察しながら、中心部を目指し歩いた。ヴィクスロアの中央には大聖堂があり、その周りは広場になっている。広場には大きな時計台や数々の店舗が並び、人々で賑わっていた。早速、二人は鑑定所を探すことにした。
鑑定所はすぐに見つかった。大聖堂から少し南西行くと、大きく荘厳な建物が見えてくる。白い壁と濃茶色の屋根には所々装飾が施されていて、周りの建築物と比べると比較的新しい様だ。二人は屋根より少し薄い茶色のドアを開き、鑑定所へ入って行った。
鑑定所内部も、ルクコアより落ち着いていて物静かな印象だった。茶色を基調とした壁や天井、インテリアがセンス良く配置されている。遺物鑑定や依頼を受け付けるカウンター、遺物売り場などルクコアにも同じものがあったにも関わらず、雰囲気が全然違った。
二人は鑑定所の休憩スペースにやってきた。休憩スペースは酒場も兼ねていて、食事を取ったり情報交換したりと様々なハンターが利用している。
ヴィスクロアの休憩スペースは、酒場というよりはお洒落なカフェのようだが、きちんと酒類も置いてある。二人が珍しいものを見るように、キョロキョロと周囲を見渡していると、知った声が聞こえてきた。
「リク、アイザ?」
声のした方へ振り向くと、そこにはマックスが立っていた。ルクコアでよく話していた、顔見知りのハンターだ。
「やっぱりリクとアイザだ。お前達、こんなところでなにやってんだ?」
「マックスさん!久しぶりだね。僕たちも北部の迷宮に行こうと思ってやって来たんだ」
「そうなのか、それはいいな!……二人でか?」
「そうだ」
アイザが答えるとマックスは少し気がかりそうな顔をした。
「そうか……北部の迷宮なんだが、俺も行って昨日帰って来てな。それで思うんだが、迷宮には珍しい仕掛けがあるからもう一人くらい仲間がいた方がいい。だが、俺はもうチームを組んじまってるから都合が合わない。どうすっかな……」
マックスは悩ましげな表情をし、リクとアイザに問いかけた。
「そんなもの必要ない。私達は二人で十分だ。なっ、リク?」
「うん、二人で問題ないよ」
「しかしだな……」
マックスは依然として首を縦に振らない。リクとアイザとしてはむしろ二人の方が気楽なのだが、マックスはどうしてももう一人連れて行かせたいらしい。同じ歳くらいの子どもがいると言っていたし、過剰に心配しているのかもしれない。思い悩んでいたマックスが、遠くにいる人影を見て、閃いたように発した。
「あっ、ちょうどいいやつがいた!リク、アイザ、俺が紹介してやるからもう一人連れて行け。心配しなくても大丈夫だ。いい奴だし、遺物にそんな興味もないから分け前で揉めたりもしないぞ。なっ?」
正直なところ気が乗らなかったが、マックスの少し強引とも言える勧めにとうとう頷いた。しかし、遺物に興味がないとは、どんな人なのだろう。マックスはいい奴と言っていたが、ハンターで遺物に興味がない人なんているのだろうか?二人の頭の中は疑問だらけになった。
「よし、決まりだな。おーい!リーゼー!!」
マックスは遠くにいる人影を大声で呼んだ。その呼びかけに応じて、一人の少女がやって来る。
ピンク色の髪はくるくると肩につかないくらいの長さであり、紫色の瞳は澄み切っている。全体的に白っぽい服装をしていて、ベルトには短い杖のようなものを下げている。身長はアイザよりは高いが、リクよりは低そうだ。穏やかで優しそうな笑みを浮かべている。
「な〜に?マックス」
「お前、迷宮に行く仲間を探していたよな?こいつらがお勧めだぞ。リクとアイザ、ルクコアでよく一緒だったんだ」
リーゼと呼ばれた少女は、リクとアイザをじーっと観察した後、屈託のない笑顔を見せた。
「もしかして、二人とも私より歳下?……珍しい!」
「17歳だ」
アイザの言葉にリクは心底驚いた。
「えっアイザ僕と同い年なの?歳下かと思った……」
「どういう意味だ!」
リクとアイザのやり取りに、リーゼはぷっと吹き出し楽しそうにクスクスと笑った。
「ふふふ、面白いね。私はリーゼ、あなた達が良かったら私も仲間に入れてくれない?私、けっこう役に立つよ?」
リーゼは伺うような表情でリクとアイザを見つめた。アイザは何か考えるそぶりをし、リーゼの瞳をじっと見つめ返した。
「………わかった。仲間になろう」
「僕もいいよ。よろしくね、リーゼ」
「ありがとう。これからよろしくね!」
二人の返答にリーゼの顔はパァっと明るくなり、リクとアイザの手を握り嬉しそうにブンブンと振った。
リクとアイザ、そしてリーゼの三人はどのようにして迷宮へ向かうか話し合った。リーゼによると、迷宮はヴィクスロアから歩いて一日くらいの距離であり、迷宮の近くには小さな村がある。迷宮を訪れるハンターは、皆その村を拠点にして活動しているとのことだった。
本日は迷宮へ向かう準備日とし、明日ヴィクスロアを立つことにした。待ち合わせは朝8時、鑑定所前に集合だ。アイザとリクはリーゼと別れ、街で必要物資を調達することにした。
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リクとアイザは鑑定所から出て、ヴィクスロアの街並みを歩いている。必要なものは、大聖堂のある広場周辺で揃うと聞いた。ついでに、今日明日に宿で食べる食料も買って行くことにした。リクはアイザの方をチラリと見て反応を伺った。
「意外だったな。アイザはもう一人仲間なんていらない、二人で十分だと突っぱねるかと思った」
「そう思っていたが、マックスがあまりにしつこかったからな。それに、リーゼに嫌な感じはしなかった」
アイザは自分の人を見る目を自負している。リクを仲間に誘った時も、こいつなら信頼できると思ったのだが、それは正しかった。
リーゼに関しては、信頼できるとまではわからなかったが、少なくとも短期間行動を共にする相手として問題ないように感じた。鑑定所では、リーゼは色々な人から声をかけられていて、皆から慕われているようだった。
「僕も同感。それに行ったことない所だし、経験者がいた方が良いからね」
「そうだな。どんな迷宮かワクワクする!」
アイザは期待に満ちた表情をしている。二人はたわいもない会話をしながら、広場周辺の店で明日の必要物資を調達した。
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翌朝8時、鑑定所前。リクとアイザがそこへ向かうと、もうすでにリーゼが待っていた。昨日と変わらない様子でニコニコと手を振っている。
「おはよ〜。朝早いね〜」
「おはよう。ごめん、待った?」
「今来たところだから大丈夫だよ。それじゃあ行こっか」
ヴィクスロアの街から迷宮へ向かうには、平坦な道を進んで行くだけであった。北部はヴィクスロア以外は過疎地であり、あまり目立った村はないという。迷宮近くの村はグーラン村という名称であり、そこはハンターが沢山来るためそれなりに栄えているようだった。
変わり映えのない鬱蒼とした風景を見ながら三人は歩き続ける。ふと思い出したように、アイザがリーゼへ話しかけた。
「リーゼはいつも誰かと組んで迷宮へ行っているのか?」
「そうなの。私は攻撃力はないから、その方面が得意な人と組むことが多いかな?」
リーゼは後ろを振り返り、にこやかに返答した。
「攻撃力はないって珍しいね」
ハンターはその性質上、武器を持っていることが多い。遺物を探索するのに危険を伴う時もあるし、以前あった様にハンター同士で争いが起きることもある。一人で行動するなら尚更だ。
「その杖みたいなのは攻撃できないのか?」
アイザはリーゼの腰に下げている杖を指差した。杖は金色をしていて上に青い石、下に赤い石で装飾が施されている。
「これは……実際に見せた方が早いかな?リクくん、アイザちゃん、ちょっと止まって」
リーゼはリクとアイザの歩みを止め、右手で杖を持った。
「なにか……アイザちゃんその足の傷見せて?」
「いいが…ただのすり傷だぞ」
リーゼは、アイザの足にある小さな傷に向かって杖を差し出した。杖はパァっと青い光を放ち、たちまちアイザの足の傷を消失させた。
「「!!」」
「私傷を治すことができるの。さすがに生死をさまよう程の重症は無理なんだけどね。怪我をしたら私に任せて!」
リーゼはまるで天使の様に慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「すごいな!リーゼがいたらもうすり傷の心配はいらないな!私はよく怪我をするんだ、これからよろしくな!」
アイザは晴れやかな表情でリーゼに頼んだ。
「大丈夫だよ〜。でもアイザちゃん、怪我をするなら足を出さない方が良いんじゃない?」
アイザはショートパンツにロングブーツを履いていて、太ももが露出している。怪我をするなら肌を隠した方がいいのではという、リーゼの進言はもっともだ。
「これが動きやすいんだ」
「そうなの〜?まぁ傷は治すけど」
三人は何気ない話や迷宮の話をしながら、グーラン村へと向かった。
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グーラン村へ到着した頃には時刻は夕方になっていた。村は小さい割には栄えていて、迷宮目当てで来たであろうハンターが複数人いた。
リーゼの案内で小さな宿へ行くと、すでにハンター達が宿泊していて、ツインルーム一部屋しか空いていなかった。そのため、宿屋主人が別室のソファを部屋に持ち運び、簡易ベットを作ってくれた。
議論の末、簡易ベットにはリクが寝ることになった。アイザは自分が寝ると言って聞かなかったが、さすがに女の子であるアイザをソファで寝かせて自分はベットを使うわけにもいかなかった。
それにしても………とリクは考える。成り行きでアイザ、リーゼと仲間になったリクだが、まさか女の子、それもとびきり可愛い女の子二人と同じ部屋で寝ることになるとは思いもしなかった。数ヶ月前は一人で行動していたのに、信じられない状況だ。リクはなんだか落ち着かなかったが、明日に備え眠りについた。