III-1 迷宮
洞穴に行った後から、リクとアイザは行動を共にするようになった。部屋は別々だが宿は一緒であり、朝食を共に済ませた後、どこに探索に行くか相談する。そして目的地まで行き宿に帰ってくる。まさに四六時中一緒にいる状態だ。
この日もリクとアイザは一緒に鑑定所へやって来た。ルクコアの滞在も長くなって来たので、そろそろ街を出ることを検討しているのだが、次の滞在先を決めかねての訪問だ。
「よぉ、リク、アイザ!」
話しかけてきたのは、坊主頭の入った筋肉質な男だ。一見怖そうに見えるが、とても人柄がいいことを二人は知っている。コールの隣には、茶色のロングヘアの艶めかしい女も一緒にいた。
「コールさん、ジェニーさん。お久しぶりです」
「久しぶり。しばらく依頼を受けていたからね、鑑定所にはあまり来れていなかったわ」
ジェニーが言った『依頼』というのは、文字通り遺物発掘の依頼だ。発掘スキルのない人が、たまたま遺物を見つけたため依頼したというケースもあれば、海の中など特殊な環境にある遺物を発掘してほしいというケースもある。また、遺物石の発掘依頼が出ることもあり、依頼表に記載のある遺物石を持っていくと買取金額が何割か増しになる。
分け前は依頼人から掲示された金額になるため、通常の発掘よりは安いが、自分で遺物を探す必要はないため、小遣い稼ぎをしたい時にはおすすめだ。
「そうだったのか。そういえば、マックスは最近見ないな」
マックスというのは壮年期の男でルクコア在住のハンターだ。リクとアイザは鑑定所ではコール、ジェニー、マックスの三人とよく話していた。中でもマックスは、リクやアイザと同じ歳くらいの子どもがいるとかで、何かとよく気にかけてくれていた。
「あぁ、マックスはハンター仲間に誘われて北部の迷宮に行ったよ」
「あぁ〜あそこかぁ。名前は聞いたことがある」
「私もだ。どんなところなんだ?」
リクとアイザは興味津々といった様子でコールに尋ねた。
「小さい迷宮なんだがな、迷宮自体が遺物という不思議な所なんだ。迷宮内の様子が次々と変わるから面白いぞ。質のいい遺物石がよく見つかるし、時には大物も見つかると聞く」
コールの話しを要約するとこうだ。その迷宮は北部最大の街、『ヴィクスロア』より北へ行ったところにある小さな遺跡だ。遺跡自体が遺物のようになっていて、不思議な力がある。
なぜ迷宮と呼ばれているか、それは遺跡の特性にある。どういう仕組みかはわからないが、その遺跡は一定の時間が経過すると、遺跡内の様子が様変わりするのだ。遺跡内の構造や位置、次の階へ行く方法、見つかる遺物の種類など時間が経つと変化する。時には恐ろしい仕掛けもあるとか……。
そして出口からではなく、自分の意思とは裏腹に突然外に出されることがほとんどだと言う。そのため、外へ出られないということはないのだが、出口まで進むのに遺跡内を堂々巡りしてしまうことから、迷宮と呼ばれている。
コールの話しを聞き、アイザの顔はいきいきとしている。
「それは面白そうだ、リク!私達も行ってみよう!」
「そうだね、行ってみようか」
リクとアイザの次なる目的地は、北部の迷宮に決まった。まずは北部最大の街、ヴィクスロアへ向かうことにした。
地図を確認すると、ヴィクスロアへ向かうには2つの山を越え、3つの村を経由していくことになりそうだった。長旅に備え、リクとアイザは装備や持ち物を揃えていく。鞄もハンターご用達の大容量の加工物に買い替えた。遺物石からできた布を使用しており、見た目より多くの物を収納できる優れものだ。
加工物を作る職人を加工士と呼ぶ。リクやアイザの履いている靴、付けているグローブなども加工物=加工師の作品である。
⬜︎⬛︎
翌朝、リクとアイザはルクコアを後にした。ルクコアは人も街も居心地が良く、二人にとっては第二の故郷の様な思い入れがあった。他の街へ行っても、いずれルクコアへ戻ってくると感じていた。
最初に登るのは、ビガー村へ行く時にも登った山だ。相変わらず岩肌が出ている荒々しい山だが、ビガー村へ行った時とは別ルートのため、少しは進みやすくなっていた。リクとアイザは黙々と登っていく。
途中休憩をしながら進み、夜には最初の経由地である麓の村にたどり着いた。村では老夫婦が営んでいる民宿に泊まった。暖かい食事と床につき、二人はしっかりと休むことができた。
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翌朝、リクとアイザは老夫婦にお礼を言い民宿を後にした。その後平坦な道を歩き進み、次の経由地である2つ目の村へ到着した。しかし、特に用もないため、少し休憩し遠くに見える2つ目の山を目指した。
2つ目の山は、昨日登った山より標高は低いが、木々が生い茂っており視界や足場が悪い。そのため、山を降りきれず、野宿する可能性も考えられた。幸い天気には恵まれそうだが、果たしてどこまで進めるかはわからない。リクとアイザは気合いを入れ、山へと入って行った。
山は思ったより足場が悪く、真っ直ぐに進むことも困難だ。やっとの思いで草木をかき分けたが、足場が悪く進むことを断念したこともあった。途中、アイザが遺物の風の剣で草木を刈り取ろうとしたが、木々が薙倒れ却って進みづらくなる可能性もあり止めることにした。四苦八苦して進み、そうこうしているうちに夜になった。二人は今夜は山中で野宿することに決めた。
リクは集めてきた木の枝に加工物で火をつける。アイザは持ってきたコップの中に遺物石を入れ、水を浄化している。遺物石は加工しなくても、石の効果だけで使用できるものも沢山ある。水は先ほど、近くを流れる小さな川で入れてきた。
焚き火の前、リクとアイザは防寒具を肩からかけ、座りうずくまった。辺りはすっかり暗くなっている。アイザは乾いた喉を潤すため、水をゴクゴクと飲んだ。
「ふぅ〜疲れた。やっと休めるな」
「お疲れ」
リクも水を飲み、その後固そうなパンを一口食べた。
「明日で山を降りられるかわからないな。山を降りて少し歩くと、3つ目の経由地の村があるんだったよな?」
「うん、明日の体力と相談だね」
「……」
「……」
辺りは静かであり、パチパチと木が燃える音と動物の鳴き声しか聞こえない。リクは懐かしむ様にポツリと話した。
「思い出すなぁ、師匠と野宿したこと」
「師匠?」
「うん。小さい頃、師匠と旅をしていてね。よく野宿なんかもしてたから」
アイザは初めて聞く話に耳を傾けた。
「師匠はハンター兼鑑定士をやっていて、各地の遺物を集めまわっていてね。一緒に色々な所へ行ったよ。だけど、歳をとるにつれて旅が辛くなったみたいで、今は国の中央辺りの村にいるよ」
「それで、リクは旅に出たのか?」
「うん、村にいるのもいいんだけどね。まだ行ったことのないところも沢山あるし、旅がしたかったから」
リクは話しをしていて不思議だった。今まで師匠以外の人に、自分の生い立ちについて話したことはなかった。アイザとは最近出会ったばかりなのに、なぜこんなことを話しているのだろう。アイザは話しやすいからだろうか、それとも……。
「私も、行ったことのないところは沢山あるよ。これから一緒に行こう、リク」
「そうだね」
アイザはとても優しく笑った。その表情は焚き火の灯りのせいか、なんだか別人のように見えた。リクも優しく笑い返した。火を消すと満点の星だけが夜空に輝き、二人は静かに眠りについた。
⬜︎⬛︎
翌日も再び山の中を進むが、思ったより体力を消費しているので、無理をせず早めに休むことにした。
ルクコアを出て4日目の朝、あと少し下りれば山外へ出られるところまで進んだ。黙々と歩いた二人は、ようやく山の麓へたどり着いた。ボコボコとした土道を進んでいくと、3つ目の経由地である小さな村が見えてきた。
村人に聞くと、ここからヴィクスロアまでは歩いて数時間だと言うので、リクとアイザは少し休憩し向かうことにした。山を越え野宿もしているため、体力は減りフラフラだったが、なんとか最後の力を振り絞り歩いていく。
「「着いたー!!」」
二人は言葉と同時に座り込む。ヴィクスロアに到着した頃には、辺りはもう真っ暗だった。体力は限界を迎えており、一刻も早く休む必要があった。歩いている人に声をかけ、近くの宿の場所を尋ねた。
紹介されたのは小さな宿だった。恐らく街の外れだからだろう、宿は空いていたが、初めての街ということで用心のため、リクとアイザは同じ部屋に泊まることにした。部屋に入るとシングルベッドが2つ置いてあり、二人はそれぞれに倒れ込む。
そして、どちらからともなくスーッスーッと寝息が聞こえてきた。長旅に疲弊した二人は朝まで起きることはないだろう。