II-3 仲間
ジゼルは暗い顔をしていた。リクとアイザに父親の捜索を頼んだとはいうものの、本当に見つかるのだろうか。見つかったとしても、もしかすると……。
悪い方向に考えてしまう頭をブンブンと横に振った。
「お父さん……」
「はい〜」
ジゼルが呟くと、この場に似つかわしくない気の抜けた返事が返ってきた。聞き覚えのある声に驚き、ハッと顔を上げる。すると目の前に服が薄汚れているが、何も変わらない父親の姿があった。
「お父さん!?なんでここに!!?」
驚いて目を見開き、父親であるマッシュに問い詰めた。
「ハンターの男の子と女の子が助けてくれてね。これは……遺物の力で移動してきたんだ。心配かけてごめんね、ジゼル」
「お父さん……うあぁぁぁん」
大声で泣くジゼルをマッシュは優しく抱きしめた。
⬜︎⬛︎
リクとアイザは山道を15分くらい登り、ビガー村へ到着した。
村へ入っていくと、何やら村人達が集まっているのが見えた。中心にいるマッシュと目が合うと、村人をかき分け二人の方へ向かってきた。
「お二人とも!良かった、村へ来てくれたんですね。改めてお礼を言います。助けてくれてありがとうございました」
マッシュは両手を合わせて言った。マッシュの隣にいたジゼル、マッシュの妻と思われる女性、村人達も次々と二人へお礼を言った。
「大丈夫ですよ。そんな大したことしてないです」
「私なんて助けられた方だからな」
リクは謙遜し、アイザは朗らかに笑った。
「それでも、私の命の恩人です」
「リク君、アイザちゃん本当にありがとう」
ジゼルも溢れんばかりの笑みを浮かべた。その様子を見て、リクとアイザは心がいっぱいになった。
その日はマッシュの家で一泊させて貰うこととなった。リクとアイザとしても、これからあの険しい山道を下りるのは骨が折れるため、申し出は大変有り難かった。
村の家は石造りとなっていて、マッシュの家も例外ではなかった。リクとアイザは大層なもてなしを受け、ビガー村の伝統的な料理を食した。山菜や川魚をふんだんに使った少し辛口な炒め物、蒸した芋、鹿の燻製肉、ヤギのミルクなど、どれもとても美味しかった。
食事の後は皆で談笑し、気づいた頃には夜も更けていた。一日中歩き回っていたせいか、リクとアイザはすぐに眠りについた。
翌日、リクとアイザはビガー村の外れに立っていた。マッシュは二人に申し訳なさそうに聞いてくる。
「リクさん、アイザさん、私に遺物を譲るなんて本当にいいのかい?」
「大丈夫ですよ。僕達には必要ないので」
「それに、一番初めにウサギを助けようとしたのは、マッシュさんだろ?気にしないでくれ」
正直なところ、リクとアイザとしても、見つかった人参遺物は便利なものだと思うのだが、なんせウサギの糞と一緒に出てきた印象が強すぎるため、使いづらいのである。マッシュは気にしていない様子なので、人参遺物は譲ることに決めた。
「多分2級か3級だと思いますけど、移動系は需要があるので高値がつくと思いますよ」
当然だが、需要が高いものは価格も上がる。移動可能な範囲など詳細は不明だが、もしかしたら人参遺物はそこそこの値段がつくかもしれない。
「お父さん、鑑定に出すなんてもったいないよ!それがあれば一瞬で街へ降りられるんだよ!」
ジゼルがキラキラとした目をしてマッシュを見ている。確かに、街へ行く度にあの険しい山を往復するのはとても難儀であるため、遺物で移動できれば万々歳である。
「そうだな。どの程度まで移動できるのか試してみようか!」
「うん!」
マッシュ親子は嬉々として遺物の使い道について話している。
「じゃあ、ジゼル、マッシュさん泊めてくれてありがとうございました」
「世話になったな。料理本当に美味かったとカリナさんに伝えておいてくれ」
「うん!お母さんに伝えるね。本当にありがとう」
「リクさん、アイザさん気をつけてくださいね。あなた達の旅の幸運をお祈りします」
リクとアイザは二人に手を振り、村を後にした。
⬜︎⬛︎
リクとアイザは村から山道を下り、ルクコアを目指し歩き進む。昨日しっかりと休むことができたので、足取りは軽快だ。
「そうだ、リク。まだお礼を言えてなかったな。洞穴の中で助けてくれてありがとう」
アイザはしっかりと目を合わせて伝えてくるので、リクはなんだか照れ臭かった。アイザの顔を見ないように少し俯いて答えた。
「別にいいよ。大したことしてないし」
「いや〜マッシュさんも遺物も無事見つけて、なかなかロマンがあったな」
アイザはとても満ち足りた顔をしている。
「それ毎回言ってない?はじまりの聖杯を見つけるのがロマンなんじゃないの?」
「それもそうだが、私は沢山冒険がしたいんだよ。そのために村を出たからな。もちろん、はじまりの聖杯も見つけるつもりだ」
「ふーん……アイザの村ってどの辺なの?」
ふと、リクは疑問に思った。今までにアイザの出自については聞いたことがなかったと。まだ付き合いが短いということもあり、当たり前と言ったらそうなのだが。
「………」
「………?」
アイザはじっとリクの顔を見て、納得した様な表情で話しを続けた。
「リクになら言ってもいいか。私はラタ族の血を引いているんだ。だから北東にあるラタ族の村で生まれ育ったよ」
「えっ……!?ラタ族ってあの、遺物を作ったラタ族?」
リクは心底驚いた。ラタ族といえば遺物を作ったとして有名だが、すでに滅びてしまっていて現代では存在しない民族と言われている。まさかそのラタ族の末裔が自分の目の前にいるとは……。信じられないような話しであったが、アイザが嘘をついているようにも思えなかった。
「そうだ、驚くのも無理はない。ラタ族は滅びたと言われているからな。大昔、バトレア族に攻められ大半のラタ族は死んでしまったが、生き残ったラタ族が北東に逃げてな。その生き残りが作ったのが私の村だ。歴史的事情もあって、村やラタ族のことは秘匿されている。表面上はただの辺ぴな村だよ」
ラタ族については、現代ではわずかな資料しか残っていなく不明な点が多いが、高い文明を持っていたと言われている。その未知の種族の血を引いている者が生きているなんて、とんでもない騒ぎとなるのは容易に想像できた。
特殊な事情を話してくれて有難いが、そんな重要なことを自分に話してくれていいのだろうかとリクは危惧した。人懐っこいアイザのことだ、色々な人に話していないといいのだが……。
「そうなんだ…でもそんなこと僕に言ってもいいの?」
「リクだから話したんだよ。昨日思ったんだ、お前は信用出来るやつだって。さすが、私の初めての仲間だな!」
(初めての仲間……そうか、アイザも今まで一人で旅をしていたんだ)
リクは少しホッとした。自分だけが誰かと行動を共にすることに不慣れというわけではなく、アイザもきっと同じでわからないことも多かったのだろうと。
「私は直感したんだ。リクとなら、きっとはじまりの聖杯を見つけられるって」
「……買い被りすぎじゃない?」
「もうっ、そこは素直に褒められておけって!」
リクはどうやら少し捻くれていて、疑り深いところもあるようだ。だが、素直じゃないのは言葉だけであり、表情は少し照れていてわかりやすい。アイザは心から楽しそうな笑みを浮かべた。
「ははっ」
「なにさ」
「リクは素直じゃないなぁ?」
「……さっさと山を降りよう」
アイザのニヤニヤした顔を無視し、リクはわざとぶっきらぼうな物言いをしたが、足取りはゆっくりであり、街へ帰る道中、アイザが置いていかれることはなかった。