Ⅱ-2 仲間
リクはアイザと分かれ、右側の道を進んだ。右側の道は今まで歩んできた道と変わらない様子だった。
洞穴の壁をランプで照らすが、抜け穴などないし、道が崩れているところもない。所々小石が落ちているのは確認できるが、草も生えていない岩でできた道だ。話し相手もいないので、無言で周囲を観察し歩いていく。
歩いていると、遠くが少し明るくなっているのが見えた。そろそろ出口が近いようだ。リクは一歩一歩確かめるように進み、とうとう出口に辿り着いた。出口から外へ出ると、辺りがとても眩しかった。リクは手で目を覆った。
右側の道の出口は、岩崖の一角だった。二人は余裕で立てるくらいのスペースがあり、下の山道へ降りるには2mくらいの高さだろうか。岩肌に、誰かが降りたであろう跡が残っている。
リクはキョロキョロと辺りを見回し、もう一方の出口を探した。それぞれの出口がどれくらい離れているのかわからないが、リクのいる場所から左側の出口は確認できなかった。
「アイザーッ!」
大きな声で叫ぶが、反応がない。聞こえてない可能性も考え、数回アイザの名前を呼んだが、一度も返答はなかった。
(アイザ、大丈夫かな……)
リクは心配になり、元来た道を引き返して行った。
⬜︎⬛︎
時を遡ること数分前、アイザは左側の道を進んでいた。ゴーグルを付けると物や生物は青白く光るが、それ以外は暗いままである。つまり、周辺に小石が数個転がっているだけの洞穴では視界がほぼ真っ暗だ。
(二手に分かれようと言ったものの、リクのランプがないと何も見えんな……)
行方不明となったマッシュを早く探したいがための提案だったが、少し自分の選択を後悔していた。自分で言った以上進むしかないため、一歩一歩慎重に真っ暗な洞穴の中を歩んで行く。
しばらく歩いていると、アイザの視界に青白く光るものが横切った。アイザはその物体を凝視した。その物体は、両手で抱えることができるくらいの大きさであり、長い耳が2本ある、よく見ると手足が2本、下の方に丸い尻尾の様なものが付いている。
(……ウサギだ!山の中の洞穴だ、野生動物がいても何ら不思議ではないな)
気にせずウサギの横を通り過ぎようとするが、ふと疑問に思った。アイザが近づいても、ウサギは全く逃げないのだ。野生動物というのは警戒心が強く、人間が近づくと逃げるのが大半だ。アイザの村の近くにいた野生動物もそうであった。これだけ近づいても逃げないのは、よほど人慣れしているか、もしくは……
「お前、怪我しているのか?」
アイザは心配になりウサギを抱えようと触れた、その瞬間………
目の前からウサギが消えた。
「えっ!?」
突然の出来事に目を見張った。先程まで抱えようとしていたウサギが、急に消えたのだ。逃げたのだろうか?いや、逃げたというより文字通りウサギが消えたのだ。突然のことにアイザが驚いていると、呑気な声が聞こえてきた。
「あれぇ〜?もしかして君も移動したの?」
「!?」
アイザはまたしても驚いた。自分以外誰もいないと思っていた洞穴から、急に声が聞こえてきたためだ。
「誰かいるのか!?」
アイザがキョロキョロと見渡すと、大きな男が青白く光って見えた。
「お前……」
「驚かせてごめんね。まさか人が来るとは思ってなかったから」
大きな男は、人の良さそうな顔でアイザに笑いかけた。アイザはちんぷんかんぷんという様子で男に話しかけた。
「これは……どういうことだ?私はさっき誰もいない洞穴で、ウサギを抱えたら、ウサギが消えて、その次は人に会ったぞ?」
「混乱するよねぇ…私も最初はそうだったよ。君と同じさ、仲間二人と洞穴を歩いていたら、ウサギさんがいてね。そのウサギさんが何かを訴えている様に見えて、どうしたのかと抱っこしようと思ったら、気付いたらここにいたんだよ。もう3日になる」
3日……その数字にアイザはピンと来た。
「お前、マッシュさんか!?」
「えっなんで私の名前知ってるの?」
マッシュは考える様な表情をしアイザを見た。
「お前の娘に頼まれたんだよ!ジゼルに、お父さんを探して欲しいって!」
「ジゼルが……そうか、ジゼルにも心配かけているよな。よし!君、ここから出よう!」
「もちろんだ!」
アイザは光の如く即答した。
⬜︎⬛︎
「出ると言っても、そもそもここはどこなんだ?」
アイザからすると、マッシュが青白く光って見える以外は真っ暗なので、ここがどこなのか、どのような所なのか全くわからない。
「ここは、小さな丸い部屋の様になっていて、出入り口はないんだ」
「出入り口はない!?じゃあ私達はどうやってここへ来たんだ?」
アイザの疑問はもっともだ。出入り口がなければ、そもそも入ることはできない。
「これは私の考えなんだけど、遺物の力だと思う」
「遺物?確かにこの状況ではそれしか考えられないが…しかし、私は遺物を見つけていないぞ?」
アイザが洞穴で見つけたのは、あのウサギと小石数個くらいだ。
「多分、あのウサギさんが遺物なんじゃないかな。もしくは、ウサギさんが何らかの方法で遺物の力を得ちゃったとか」
「うーん……今までに生物としての遺物は発見されていないが、私達の共通点はウサギに触れたことだし、可能性としては考えられるか」
「そう、あのウサギさん、この子を助けて欲しかったんだと思うんだよ」
そう言ってマッシュは、膝の上にいたウサギをアイザへ見せつける様に抱きかかえた。
「ウサギだ、あれ?さっきの?」
「ここに来る前に会った子とは別の子だよ。あの子は耳が長かったけど、この子は耳が短いんだ。私がこの部屋に来る前から、このウサギさんはここにいたよ」
確かに、マッシュの言う通り先程のウサギとは耳の長さが違う様に感じた。
「なるほど、ウサギの願いに遺物が反応した。ありえる話だな。しかし、ウサギが入って来れるなら出入り口もあるのでは?」
「私も洞穴にゴーグルで入ったからよく見えないんだけど、手探りで探したけど見つからなかったよ」
「そうか……よし私も探してみるか」
アイザは岩壁を手で触り、出入り口がないか探してみる。しかし、上から下まで岩壁を触ってみても、どこからどこまでも壁が続いており、穴が空いている様子や仕掛けがある様子はなかった。アイザは座り込みため息をついた。
「見当たらないな……」
「君、誰かと一緒に来なかったの?」
アイザはギクリとした。
「来たには来たんだが、その……別ルートで行こうと提案してしまったんだ」
「そうか、でも君がいないことに気付いて、探しに来てくれるかもしれないよ?」
探しに来てくれるのだろうか……。アイザは今まで一人でしか行動したことがなく、仲間というのがよくわからなかった。いや、仲間になろうと持ちかけたのはアイザ自身なのだが、一般的な仲間というのはこのような状況の時、探しに来てくれるのかわからなかった。
リクは良い奴だ。だからこそ仲間に誘ったが、反対を押し切って一人で進んだ自分を、見限ってしまったのではないだろうか。アイザは少し不安になった。
ガッガッガラガラ
遠くから何やら物音が聞こえてきた。アイザとマッシュは何の音かと耳を澄ませた。そして、音はどんどん大きくなり、近づいてくる。
ガラガラガラガラ
大きな音と共に明るい光が差し込んだ。それがランプの光だと気づいた時、聞き慣れた声が届いた。
「良かった〜。アイザいた〜〜」
リクはホッとしたような表情をした。アイザを見つけた安堵から、声が少し大きくなっている。
「………リク、探しに来てくれたのか?」
「当たり前だろーっ?右側の道から外へ出てアイザを呼んだけど、反応がないからどうしようかと思っちゃったよ」
リクは困ったように笑っている。そして、アイザ以外にもう一人いることに気付いた。
「あれ?この人は……?」
「あぁ、マッシュさんだよ」
「マッシュさん!?ってジゼルのお父さん?」
リクは目を見張り、マッシュに問いかけた。
「そうだよ。ありがとう、君が岩壁をぶち破って出口を作ってくれたんだね」
先程のガッガッガラガラという音は、リクがハンマーで岩壁を叩き、岩が崩れていく音だったようだ。
「しかし、よくここにいることがわかったね?」
「あぁそれは、コイツのおかげだよ」
リクの足元から、耳の長いウサギがぴょんぴょんと飛び出し、耳の短いウサギの元へと向かって行った。
「左側の道に行くとウサギがいてさ、何やら小さい穴みたいなところにひたすら入ろうとしてたから、穴を大きくしてやったんだよ。そうして進んで行ったら、アイザがいたから驚いたよ」
二匹のウサギは嬉しそうにぴょんぴょん跳ね回っている。
なるほど、マッシュの言う通り、耳の短いウサギが小部屋から出られなくなり、耳の長いウサギは助けて欲しかったのかもしれない。
三人+二匹は左側の道を進んでいき、とうとう洞穴から出ることができた。
「出口だー!」
アイザは大きく全身を伸ばした。洞穴にいた時間はほんの数十分だったにも関わらず、何日もいたかのように長く感じた。アイザでそうなのだから、マッシュは尚更長かっただろう。マッシュは外に出ることができ、清々しい表情をしている。
「マッシュさん、怪我はありませんか?」
「ありがとう、大丈夫だよ。もしもの時のために食料は沢山持って行っていたからね。ピンピンしてるさ!」
太陽の下で見るマッシュは、思ったより元気そうに見えた。白髪混じりの髪と髭をたくわえた恰幅の良い男であり、怪我もなくやつれてもいなかった。不幸中の幸いだろう。
「あのウサギ達はどこ行ったんだ?」
アイザはキョロキョロと辺りを見回した。ウサギは草むらの影からぴょんっと出て、三人の所へやって来る。そして、ブーブーという鳴き声と共に再び草むらへ向かっていく。所々後ろを振り返りこちらを見てくることから、ついて来いと言っているのかもしれない。
三人はウサギの言う通り、草むらまでやってきた。そして草むらの影を見てみると………
「これって遺物?」
オレンジ色の楕円形の物が草陰に落ちていた。一見遺物石の様に見えるが、遺物石と違って透き通っていないため、恐らく遺物だ。その大きさや形、まるで人参のようだ。
「もしかして、ウサギはこの遺物を飲んだのか?」
アイザがなぜそう考えたのかは一目瞭然だ。なぜなら、遺物と見られる物の横にウサギの糞が落ちているから。きっと遺物を出した時に一緒に出たに違いない。
「そうだろうね、この遺物人参に見えるもん。これは間違えるよ」
リクがそう言ってしまうくらい、その遺物は人参そっくりだった。
「つまり、ウサギが人参遺物を飲み込んでしまって、そのウサギを触った私達二人が別の場所に飛ばされた。……ということは、その遺物は触れた人を別の場所に移動させるってところか?」
「そんなところかなぁ?」
リクとアイザは今回の事件を推理している。そしてどちらからともなく同じ事を言い出した。
「「触ってみて」」
「「!」」
リクとアイザは顔を見合わせた。
「リク、触ってみたらどうだ?良い所に行けるかもしれないぞ」
「いやいや、アイザこそ触ってみてよ。山道下りなくてすむよ?」
二人が遺物のなすり付け合いをしていると、間からヒョイっと手が伸びてきた。
「この遺物で移動できるのかい?どれどれ、じゃあ家に帰りたい!なーんて……」
シュッ
マッシュが告げた瞬間、その姿が消え人参遺物だけが地面に残されていた。
「「!!」」
リクとアイザは再び顔を見合わせた。人参遺物に直接触れないように布で包み、急いで山道を下りて行った。