II-1 仲間
リクとアイザが仲間になって早くも一ヶ月が経った。リクの日常は目まぐるしく変わったかと言うと、そうではない。
お互い別々の宿に泊まり、朝食を適当に済まし、ルクコアのレンガ広場に集合する。その後、リクが西に探しに行くと言うと、アイザは東に探しに行くと言い別行動する。その後再びレンガ広場に集合し、成果を報告し現地解散する。翌日以降も一緒だ。
これは仲間と言うのか?とリクは疑問に思うのだが、なんせ今まで誰とも手を組んだことはなく、こんなもんかと納得して今日までに至る。
この日もいつもと同様にレンガ広場に集合していた。違ったことと言うと、リクとアイザがどこに行くか相談しているとモニカが話しかけてきたことだ。
「おはよう。リク、アイザ!」
「モニカさんおはようございます」
「おはよう、モニカ。珍しいな、モニカがここにいるなんて」
「今日はお仕事がお休みの日でね。そこのパン屋さんに買いに来たの」
モニカはパンが入っているであろう紙袋を抱え、にっこりと笑った。服装もいつもと違ってラフであり、靴はヒールを履いていないので、リクと同じくらいの目線だ。休日の格好なのだろう。
「確かにあのパン屋は美味いな」
アイザが納得したように頷く。
「二人こそ、ここで何してるの?確か……一緒に行動しているのよね?」
「そうです。これからどこに探しに行くか相談しているところです」
果たして『一緒に行動』し、『相談』なのかは疑問であるが……。
「そうなのね!まだ行き先が決まってないなら、ビガー村近くの洞穴はどうかしら?なんてことのない短い洞穴で、遺物の反応が強いみたいなんだけど、なかなか見つけられないみたいよ?」
モニカは鑑定所で働いているため、遺物の情報がよく入ってくるが、最近の話題はもっぱらこの洞穴で、遺物の反応はあるが見つからないと皆一様に嘆いている。
「それはいいな、ロマンがある!リク、そこへ行こう!」
アイザはまるで水を得た魚の様になった。モニカに別れを告げ、リクとアイザはビガー村へ向かうことにした。
⬜︎⬛︎
ビガー村へ向かう旅路は険しい山々であった。元々東部は山間地帯であり、リクとアイザは岩肌が多くボコボコとした山道を登って行く。
「アイザ、大丈夫?」
リクは加工物で跳躍力が強化されているため、山を越えることは容易いが、アイザはそうではない。息を切らし、苦戦しながら斜面を進んでいた。
「私もそっちの靴に変えようかな……速くても山は越えられん…」
「アイザの靴は速度強化だもんね。確かに、東部は山が多いから跳躍力の方が良いかもね」
「うーん…でも速いのも便利なんだよなぁ。いっそのこと、右が速度で左が跳躍力ってのはどうだ?」
「………それ歩くの大変じゃない?」
リクとアイザは冗談を交わしながら、そして所々休憩しながら進み、とうとうビガー村に辿り着いた。
「やっと着いたー!!」
アイザは両手を大きく上に挙げ、全身で深呼吸をした。
「ちょっと休憩する?」
「いや、今快調なんだ。このまま進もう」
アイザは先程とはうって変わり爽やかな表情だ。リクは方角を測る遺物を確認した。手のひらに収まる丸い形をしていて、指針は北東を差している。
「わかった。えーっと確か、ビガー村から北東に進んだところに例の洞穴があるはず。あっちだね」
リクは遺物が示しているのと同じ方向を指差した。
そこへ一人の女の子が声をかけてきた。年齢は12-13歳くらいだろうか。茶色の長い髪を、後頭部の高い位置に一つで結んでおり、同じく茶色の瞳で様子を伺うようにリクとアイザを見ている。
「あなた達、ハンターの人?」
「そうだよ」
リクは女の子の問いかけに対し、親切に返答する。
「あなた達もあの洞穴に行くの?」
「もちろんだ。そのために来たからな!」
アイザは堂々とした様子で女の子に笑顔を向けた。女の子は少し目を丸くした後、キッと目に力を入れ、緊張した様子で二人に話した。
「…お願いがあるの。お父さんを見つけて欲しいの!」
「「……お父さん?」」
リクとアイザは怪訝な表情をし、声を揃えて女の子に問いかけた。
「私のお父さん、ハンターではないんだけど、あの洞穴に遺物を探しに行ったの。だけど、もう三日も帰ってない。村の人達で洞穴の中や周辺を探したんだけど見つからなくて……。お父さんと一緒に洞穴に入った人が言うには、気付いたら消えてたって。単純な作りの洞穴なのにっ……おかしいって…。うっ…お母さんはっ、おっお父さんは食料……沢山持って行ったから大丈…夫って、ずぐに見つかるよって言う……げど私っ心配で……」
女の子は泣きながら事の顛末を話した。大人びている様に見えるが、まだ子どもだ。父親がいなくなって三日も経てば、涙も出てくるものだろう。
「よし、わかった。お兄さん達に任せて!必ずお父さんを連れて帰ってくるよ」
「あぁ、私達は凄腕のハンターだからな!あっという間に解決してみせるさ!!」
事情を把握したリクとアイザは女の子に笑顔を向け、なるべく安心させる様に振る舞った。その言葉を聞いた女の子は再び泣き、涙でぐちゃぐちゃになった顔でお礼を言った。
⬜︎⬛︎
ビガー村から北東へ山道を下るよう進んでいく。どうやらビガー村は標高の高いところにあり、そこから降りて行った場所に例の洞穴があるようだ。
リクは念のため、先ほどの女の子の名前を聞いておいた。女の子はジゼルというようであり、父親の名前はマッシュだ。
「遺物探しだけではなく、人探しも加わったな!これは張り切ってやらなければならない」
アイザは鼻息を荒くし、やる気に満ち溢れているようだ。
リクは少し心配になった。アイザは善人であり能力が高いと思うが、いかんせん一人で突っ走るところがある。洞穴の中、自分達も迷子になってしまったら本末転倒だ。リクは身を引き締める思いで洞穴へと向かった。
ビガー村から山道を15分ほど下ったところに、洞穴が見えてきた。入り口は思ったより小さく、成人男性3人が並んでギリギリ入れるくらいの大きさだった。
入り口から奥を覗くと暗くて何も見えない。リクとアイザが腰に下げていたハンマーと風剣を取り出し洞窟の方へ向けると、それらはブルブルと震え出した。
「共鳴してる。この中に遺物があるのは間違いなさそうだね」
「私の剣もだ。私達全ての遺物が反応するなんて、この中の遺物は相当感度が良さそうだな」
リクは鞄の中からランプを取り出した。加工物であり、ランプの上部を引っ張ると光る仕様となっている。
アイザも鞄の中に手を入れ、ガサゴソと何かを探し、加工物のゴーグルを取り出した。ゴーグルのレンズは薄い青色をしており、アイザが装着するとより青色が強調された。
「準備は大丈夫か?行くぞ!」
「うん、行こうか」
その言葉と共にリクとアイザは洞穴へ入って行った。
⬛︎⬜︎
洞穴の中は少し外より冷たく、湿った空気が漂っていた。薄暗い洞穴の中を歩いて行くが、中は静寂であり、リクとアイザの足音がだけが聞こえている。
「やけに静かだな……」
「さっき村の人が言ってたもんね。わかりやすい洞穴なのに全然遺物が見つからないし、行方不明者も出てるから皆帰って行ったって」
リクは先ほどビガー村の村人に聞いたことを思い出した。この洞穴はとても単純な作りとなっていて、一本道を進んで行くとと二手に分かれるが、別れた先はそれぞれ出口に繋がっている。ただ真っ直ぐ、道なりに進むだけで出口に到着する。
行方不明となったマッシュは村人二人と一緒に洞穴に入ったが、最後尾を歩いていたため、いなくなった瞬間は誰も見ていなかった。村人が言うには、道が二手に分かれる前のことだったらしい。
リクとアイザはわずかな光を頼りに、暗闇を歩いていく。
「そう言えば、アイザのそのゴーグルってどんな風に見えるの?」
「正直あまりよく見えないぞ。物とか人が青白くぼんやり光ってる感じかな」
「そうなんだ。あまり使い勝手良くない?」
「洞穴なんかは合わないかもな。何もないから、ただリクが光って見えるだけだ」
たわいもない話を続けていると、どうやら分岐点に到着したようだ。リクのランプが辺りを明るく照らし、道が二手に分かれていることが確認できる。
「どっちから進もうか」
マッシュは分岐前に行方不明となったようだが、これまで歩いてきて不審な点は見られなかった。聞いていた通り、ただの一本道だ。
「私は左側の道を行くから、リクは右側の道へ行ってくれるか?」
アイザの提案をリクは慌てて否定した。
「えっ?バラバラに行くってこと?さすがに二人で行動した方が良いよ」
「どちらも出口までは一本道だろう?それぞれがおかしなところがないか確認した方が早いんじゃないか?」
「でも……」
アイザの提案にリクは乗り気ではなかった。確かに単純な一本道と聞いているが、行方不明者が出ている洞穴だ。用心するにこしたことはない。
「私は一刻も早くジゼルの父親を助けたい。それに遺物の共鳴はどちらの道も反応している。両方同時に行った方が何かわかるかもしれない」
所持している遺物の武器を持ち、左右どちらの道の入口に進んでも、両方とも共鳴に変化はない。つまり、左右の道に異なる遺物が存在するのか、狭い範囲なので同じ遺物に反応しているのか不明なのである。
「……わかった。気をつけて行こう」
「あぁ。リクもな!」
リクとアイザはそれぞれ別の道に向かい、出口を目指し進んで行った。