I-1 遭遇
前編
20年前、"はじまりの聖杯"が発掘されてから現在に至るまで、世の中は沢山の遺物で溢れている。
古代民族であるラタ族の作った遺物は、不思議な力を宿しており、その謎は現代でも全て解明しているわけではない。
遺物の登場により、夜でも部屋の中は明るくなった。いつでも綺麗な水が飲め、新鮮な物を食べることができるようになった。遠い街まで一瞬で行けることも、重たい荷物をまるで空気のように待つこともできる。
遺物は、人類の生活に大きな変化をもたらした。
でも、それだけではない。
人類の生活に密接に関わっている遺物だ
———そう、とても儲かるのである。
遺物は古今東西、高い値で取引されている。
そのため、世間では遺物を探し、売り捌く"ハンター"が大活躍している。
この少年もその内の一人だ。名前はリク、黒い短髪と黄緑色の瞳、ブロンズ色のハンマーを腰にぶら下げており、本日もまだ見ぬ遺物を探し求めている。
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「この辺にあると思うんだけどな」
リクはそう呟き、ゆるやかな斜面となっている岩山をひょいひょいっと登って行く。
今日来たのは、メッグ村という小さな村の近くにある岩山だ。靴は遺物石から作られた加工物を履いているので、通常の何十倍ものジャンプが出来る。
『遺物石』とは珍しい効果を持った石の総称で、これらを加工すると『遺物』や『加工物』ができる。
『遺物』はラタ族が作った珍しい古代の道具の総称で、現代ではその技術の全ては真似できないと言われている。
『加工物』は遺物を模倣して作った現代の道具であり、比較的入手しやすいのが特徴だ。
まるで平面を歩いているように、軽々と岩山を登って行く。一段上に飛び越えた先で、ふと手に持っているハンマーが少し震えた。
不思議なことに、遺物同士はまるで共鳴したかのように震えたり、音が鳴り反応するため、遺物を持っていると別の遺物の場所がわかるのだ。
わかると言っても詳しくはわからなく、共鳴する時もあればしない時もある、という何とも理解できない仕様ではあるのだが……。
「よし、ここかな?」
リクは大きく息を吸い力を込め、一際大きく共鳴した所をハンマーで砕いていく。すると中から小さくて透明な遺物石が出て来た。リクはにんまりと笑い、同じ要領で共鳴したところをハンマーで次々と砕いていく。
辺り一面を探索すると、全部で7つの遺物石を発掘することができた。手に入れた遺物石を、大きな黒い鞄の中に入れていく。
今回は大きい遺物石を赤色と黄色の2つ、小さい遺物石を透明色の5つ程を発掘した。思ったより少なかったのだが、大きい遺物石を発掘できたため、悪くない成果と言ったところであろうか。
「ここから近いし、一回鑑定所に行くか」
リクはゴツゴツとした山肌を、軽やかな足取りで駆け下りて行った。
⬜︎
「こんにちはー!」
リクは元気な挨拶と共に鑑定所へ入って行った。
『鑑定所』とは、その名の通り遺物の鑑定をするところであり、他にも遺物の売買、ハンター同士の情報交換など、いわゆる遺物関連の何でも屋だ。
「お疲れさま。今日の成果はどうだった?」
カウンターで優しく微笑みながらリクに声をかけたのは、鑑定士のモニカだ。『鑑定士』はその名の通り、遺物の鑑定を行う職業で試験に合格しないとなることができない。
モニカは見目麗しい女性で、褐色の肌、赤色の長い髪、メガネから覗く青い瞳が特徴的だ。リクは少し大袈裟な様子で、カウンターにいるモニカに答えた。
「思ったより少なかったけど、遺物石が7つかな?」
「じゃあ鑑定してみるわね。ちょっと待ってて」
鑑定すると言っても、今回は遺物石だけなので全部5級であり、そんなに時間はかからないはずだ。
モニカは遺物石を隅々まで観察している。かけているメガネは鑑定用なのだろうか。鑑定士はメガネをかけていることが多い。羽のついたペンを取り、何やら紙に書き走っていく。
「終わったわよ。全部5級だけど、ちょうど大きい遺物石に需要があったみたいで、値段が少し上がっているわ。合計27500グラってところかしら?」
「そうなんだ。それはラッキーだった」
「売るのでOK?」
「うん、お願いします」
リクが答えると、モニカは鑑定結果が書かれている紙をリクに渡し、サインを求めた。そして少しヘンテコな、恐らく遺物であろう四角い箱のような物から金銭を取り出し、リクに渡した。
「じゃあ27500グラどうぞ。また来てね!」
「はーい」
リクはモニカに手を振り、カウンターを後にした。
(お金も手に入ったことだし、今日は何を食べようか……)
リクは考えながら鑑定所の出入り口に向かう。すると、周囲が騒がしいことに気が付いた。辺りを見回すと、鑑定所にいる人々がカウンターの方を見ていた。先程リクがいたカウンターとは別のところだ。
そのカウンターでは、一人の少女が鑑定中のようだった。白く短い髪、リクと同じくらいの年齢だろうか。
彼女の周りだけ、ぽっかりと穴が空いたように誰もいない。周囲の人々は、遠巻きで彼女の様子を見ているようだった。リクがその野次馬に近づくと、所々彼女と鑑定士の話し声が聞こえてきた。
「これは………よく見つけましたね。」
鑑定士の中年男性が、目の前に置かれた遺物と見られる剣をじっくりと観察している。
「たまたまだ。私の遺物と波長が合ったんだろうな。鑑定を頼む」
彼女はなんてことないように言い放った。後ろを振り返り、何を見てるんだ?と言いたげな表情で、周囲の野次馬を見渡す。その時、リクはオレンジ色の瞳と目が合ったような気がした。彼女は凛とした、意志の強そうな瞳をしていた。鑑定士がゴホンと咳払いをする。
「これは2級ですね。金額は480,000グラです」
おぉーっと野次馬がざわめいた。次々に『2級かぁ』や『高額だな』などのヒソヒソした声が聞こえてきた。その声を何も気にしていないかのように彼女は返答した。
「そんなもんか。わかった、ありがとう」
「売りますか?」
「いや、やめておく。元々自分で使おうと思っていたんだ。だけど、どんなもんか価値を知りたくてな。手間をかけさせたな」
「そうですか。ではまた何かあればご贔屓に」
「あぁ。その時は頼むよ」
そう言って彼女は、颯爽と鑑定所の出入り口から外へ出て行った。
(2級で800,000グラか•••なかなかお目にかかれない遺物だなぁ)
遺物というのは1級から5級まで等級がある。どのような判定基準なのかは鑑定士にしかわからないが、市場やハンター間で出回っている大体の目安は、次のようになっている。
5級——遺物石のこと(石によって効果は様々であり、加工物の原料としてして使う場合が多い。)
4級——希少性を伴わなく、あまり実用性のない物(用途のわからない置き物、目が光る人形など)
3級——希少性や実用性を伴う物(水を浄化する壺など)
2級——さらに希少性や実用性を伴うが、類似品や同一品があるもの(炎を纏う剣、空を飛ぶ盾など)
1級——今までに類似品や同一品の出ていない、希少性の高いもの(???)
過去には、用途のわからなかった4級遺物の使い方が判明し、再鑑定後に等級が上がったケースもあった。これらのことも、遺物市場を盛り上げる要素となった。
リクは鑑定所を出て、ルクコアの街に出た。『ルクコア』は東部で一番大きい街であり、大勢の人が訪れる。遺物を売りに来たハンター、遺物を仕入れに来た商人、地図を片手に楽しそうな観光客、美味しそうな飲食店、人も店も活気に満ち溢れている。
最近はルクコアを拠点にしているため、何泊か宿を取っている。利便性や治安は決して良くない場所にある宿だが、安いので連泊するハンターに人気だ。活気ある街並みを横目に、街外れにある宿を目指し歩いて行った。
宿に近づいて来たころ、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
(この辺では喧嘩なんてよくあることだ)
しかし、気になって声のした方を見ると、先ほど鑑定所にいた白く短い髪の女の子に、大柄の男女が絡んでいるようだった。物陰からそっとその様子を覗き見た。
「だからさ、ちょっと貸して欲しいんだよ、その遺物。俺達も剣を集めてるからちょっと見てみたいな〜って」
赤黒い鎧を身につけている大柄の男が、彼女に言い寄っている。
「断る。なぜ見ず知らずのお前達に貸さなきゃいけないんだ。私は用があるからどいてくれ」
彼女は、大柄の男女にはっきりとした口調で言い放ち、そこから立ち去ろうとする。しかし、今度は男と同じ赤黒い鎧を身につけた大柄の女が立ち塞がり、怒鳴ったように叫んだ。
「あんたわかってないの?その剣よこせって言ってんの!あんたみたいな弱そうなのが持ってても意味ないから、私達が使ってやるって言ってんの!」
大柄の女の言葉を聞いた彼女が、呆れたようにため息をつく。
「それならそうと早く言え。まぁ当然、お前達にはやらないけどな。お前達、遺物をハンターから奪う奴らだな?いるんだよな、自分が遺物を見つける能力がないからって人から奪う奴ら。ハンターの風上にも置けないただのクズがな」
彼女の言葉で明らかに大柄の男女の目つきが変わった。
「おい、今なんて言った?俺達がクズだと?……じゃあ俺達に負けるお前はクズ以下ってことだなぁ!!!」
(まずい……!)
リクは自然と足が動き、彼女を庇うように大柄の男女の前に飛び出した。大柄の男が、訝しげな表情をして問いただす。
「なんだ?お前……」
「僕はその、なんと言いますか……喧嘩はやめた方がいいと思います…!」
「……あんた何よ?仲間?」
同じく訝しげな表情をした大柄の女もリクに問いただすが、先に彼女が答えた。
「仲間ではない」
「仲間じゃねぇならそこをどきな!!お前だって痛い思いしたくねぇだろ?」
「私達は後ろの女に用があるんだ。お前はお呼びじゃないんだよ!!」
大柄の男女が畳み掛けるようにリクに言い捨てて、後ろにいる彼女までがこう言った。
「そうだ、そこをどいてくれ。こいつらの相手は私だ。」
(何やってるんだ僕は、何も考えずに前に出て…!)
リクはどうしたら良いかと狼狽した。そして咄嗟に後ろを振り返り、「ごめん!」と言って彼女を横抱きにした。抱えたまま勢いよくジャンプし、民家の屋根の上に飛び乗った。
「!!!」
大柄な男女も、そして彼女もリクの行動に驚いているようだった。彼女は目を見開いてリクに問いかける。
「お前何をする……!」
「ちょっと捕まってて。逃げるが勝ちだっ」
リクは彼女を抱き抱えたまま、建物の屋根から屋根へぴょんぴょんと飛び渡って行く。
「ちょっ……!落とすなよ!?」
「大丈夫!屋根移動は慣れてるから」
リクはにっこりと笑って言うと、彼女は観念したかのような表情をし黙ってしがみついた。
喚いている大柄の男女の声が、段々と遠くなっていった。