表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンタク  作者: 小鳥遊
1/2

信託

――其々に正義があって、それらは他人からしたら悪であるかもしれない。

最近ではもう、ありきたりな文言ですよね。

 

 ――今、殺人犯が私の目の前にいる。


 それも、幾人もを殺した連続殺人事件の犯人だ。


「や。おねーさん。もしかして、見た?」


 どうしてそんな事が分かるのかって、目の前の……、十六くらいであろう少女の横には、頭から血を流す死体が横たわっているのだから。そして、可憐で目を引くような少女は自分を連続殺人犯だと、語ったのだから。


 今ちょうど、銃口が私の方に向いたところ。私は、死ぬのだろうか。恐怖のせいか、身体を上手く動かす事ができない。


「おねーさんはさ、万引きとかしたことある?」


 私はなんとか、首を横に振った。


「へえ。じゃあ、いじめとか、したことある?」


 再び私は首を横に振った。


「ふーん。じゃあ、何か悪い事、したことある?」


 私は首を……、横に振った。


「そっか」


 少女は拳銃を下ろした。


 ――――――――――――――――


 此処は都内某所、街外れの路地街だ。陰気臭い雰囲気が漂っていて、雨続きだったためか、水溜まりが其処ら中に広がっている。


 そんな曇り空の元、薄暗い裏路地の、汚れた、廃墟みたいな建物の中に、私は居る。


 カビ臭くて、硬いソファに座りながら、ざらざらとした音を垂れ流すテレビを見ていた所だ。


「昨夜、都内オフィス街の路地裏にて、男性が頭から血を流して倒れているのが見つかり、死亡が確認されました。死体は胸の前で手を握らされており、この特徴から警察は、近頃起こる連続殺人事件と同一の犯人による――――」


 突然、テレビの映像がプツンと消えて、そこには真っ暗な液晶だけが残る。


「はあ、陰気臭い場所で、陰気臭いニュースばっか見てどうすんのさ」


「……今のニュース、あれ、アンタの事でしょ……?」


「ああ、そうかもね?」


 私は、今話している少女に連れられて、ここに来た。


「私もいつか、ああなるの……?」


 私は恐る恐る聞く。今でも、現状に対する恐怖からか、声が震えている。


「ううん。だって、お姉さんは悪い事、してないんでしょ?」


 あれは……、嘘だ。だって、悪い事なんて……。


 少なからず、今まで生きてきて、後ろめたい事をしたことは、ある。けど、万引きだとか、いじめだとか、そんな程度の重たい事ではない。だから、私は首を横に振ったのだ。


 でも今、首を縦に振ることは、出来なかった。


「私は、自分の家に帰れるの……?」


「ううん。私が満足するまでは、一緒に居てもらうよ」


 私は、絶望した。少女がどうすれば満足するか、だとかを考える事は無くて、ただ、私は帰ることが出来ないという事に、絶望した。今の曇り空みたいな心境が、一層重たくなったような気がする。


 私は、連続殺人犯にいつか殺されるかもしれないと感じながら、生活していかなければならないのだ。元の、アパートに一人暮らしで、仕事も上手く行くようになってきて、友人と遊びに行ったりしていた生活には、きっと戻れないのだ。


 私は目から涙を流した。


「ええ、ちょっとちょっと! どうしたの!? お腹空いたの? 食べ物ならいっぱいあるから、何か作ろうか?」


 少女は、突然泣き出した私を見て驚く。私に近寄って来る少女に、演技臭さだったりを見て取ることは出来ない。


 連続殺人犯である少女の、慌てふためく様や、言葉遣いは年相応の物だ。そんな、少し可愛げもある少女がどうして人を殺すのか、私はなんだか、知りたくなった。


 涙の粒を袖で拭って一息ついてから、私は口を開く。


「ねえ、君はどうして……、人を殺すの?」


 少女は少し考える振りをしてから、再びこちらを向く。その顔は、笑顔だった。


「おねーさんが見た現場、あれさ、何人目だと思う?」


「……?」


「私に殺された人、どんな人だと思う?」


 少し、沈黙を置いてから、追って少女は話す。


「あれは、十九人目。名前は雨宮アキヒト、三十五歳」


 少女は殺した男の詳細を語る。しかし、今まで語った内に、動機になるような事は全く無い。


 しかし、少女は加えて、宣うように言った。


「ソイツはね、一回暴行で捕まったんだ」


 私は、声が出なかった。どうしてかは、自分でも分からない。でも、何とも言えない感情が、胸の内側で渦巻いていたのは、何となく分かった。


「私は、悪い人を殺すんだ。殺して、殺して、それから、悪い人が居ない、みんなが幸せに暮らせる世界を作るんだ」


 私は、ぱっちりとした眼で笑う少女が言う事を、理解できなかった。悪い人をみんな殺す……?みんなが幸せに暮らせる世界……?そんなの、無理だ。


 私には、今の少女の発言が、狂心だとしか思えなかった。教信からなる理想論を掲げて、大言壮語を並べながら、やっていることは相手と変わらない……、ううん、もっと悪い事だ。そんな狂信を謳う彼女を、私は怖く思った。そんなキョウシンを声にして示したって、誰からも共信を得やしないだろう。


 パッとしない気持ちと同時に、心が狭苦しくて、息詰まってしまいそうで、声を上げた。


「……お腹空いた」


「そっか! じゃあ、ご飯にしよっか!」


 私はぎこちない夜を、少女と共に過ごした。


 


 朝、硬いソファの感触で目が覚める。全身が凝り固まったみたいに動かしにくい。昨夜はよく眠れなかった。


 キッチンの方に目をやると、少女はエプロンをしていて、そこからフライパンで何やらを焼いている音がする。


「あ、おはよう! もうすぐ目玉焼き出来るから、まっててね!」


 少ししか眠れていないが、慣れない環境のせいか、目はすぐに覚めた。


 意識を起こして、それから身体を起こして。そうしていると、少女がテーブルに皿を並べる。


 私は椅子に腰を掛ける。テーブルの上にはトーストが一枚と、目玉焼きが一枚。


 目の前の少女は、はむっ、とトーストに齧りつく。こんな様子を見て、誰が彼女を殺人犯だと思うだろうか。


「その……、今日も、殺しに行くの?」


「もちろん。悪い人は殺してあげなくちゃ」


 昨日の事が全部夢だったり、幻覚を見ていたんじゃないか、とか思って確認してみたが、そんな事は無かったみたいだ。いっそ、私の頭がおかしかった方が、良かったんじゃないか。全部夢か幻覚だったら、どれだけ良かっただろうか。


 そして、その返事が嘘じゃない事は、後にテレビが教えてくれた。


「都内某所にて、男性が頭から血を流しているのが見つかりました。遺体の様子から見て、先日の殺人事件と同一犯と――――」


 私はテレビを消した。昨日と似た様な事を繰り返すニュースを見ていると、なんだか私までもが事件に関わってしまっている気がして、堪えられなかった。


 少女が住処にしているこの廃墟は、ドアに鍵なんかついていないし、窓だって開けっ放しになっている。つまり、私はいつでも逃げることが出来るという事だ。


 でも、私は逃げなかった。逃げられなかった。


 私が逃げて、少女を告発すれば、きっとこの殺しは終わるだろう。


 でも、そうすれば正義は潰えて、罪は氾濫を起こしてしまう。


 逃げたら、私は正義を現した様な彼女から、苛まれてしまう様な気がして。私は彼女から、殺される理由を得てしまう様な気がして。


 仕方なく、仕方なく。そうって先送りにした断罪を、彼女が下すのだろう。


 なけなしの倫理観のせいで、正義だとか、良心に板挟みにされてしまった私は、どっち付かずで動けないままに、時間は経っていく。


 次の日も、一人。


 その次の次の日にも、一人。


 その次の日には、三人。


 


 どんどん人が殺されて行く。そして、その死んで行った人達は皆、後ろめたい過去を持っているのだろう。


 しかし、それが少女の殺しの免罪符になるとは、私は到底思えなかった。


 血生臭い両手で正義を謳う少女を、私は未だに、まともだとは思えなかった。


 私は陰った心のまま、眩しくも感じる少女と相対した。


「おねーさんはさ、何をしていた人なの?」「おねーさんはどんな食べ物が好き?」「おねーさんの趣味ってなあに?」


 色んな事を聞かれた。でもその内容は全部、他愛のないものだった。初めて出来た友達と話すときの様に、少女は私に質問をした。


「おねーさんの名前、なんて言うの?」


「……曇。クモリ、ミカ」


「そっか。私はハレ! 改めて、よろしくね!」


「よ、よろしく、ね……」


 すると、ハレは口を閉じる。私はこの静寂の持つ意味を理解できなかった。


「ね、クモリ! 買い物行こう!」


「えっ」


 


 そう言って、ハレは私の手を掴んで、路地裏を飛び出した。


 天気は曇り。でも、暗がりに居た私には、少し眩しかった。


「ちょっと……、ちょっと!」


「……うん?」


 どんどんと前を行くハレは、私の止める声を聞いて、不思議そうに後ろを向いた。


「うん? じゃなくて、大丈夫なの?」


「人目に付くところに出て、その……、バレたりしないの?」


 私は、この健気な少女が殺人犯だという事を、今更思い出した。


「ああ、大丈夫だよ。それに、堂々としてると、逆にバレないっていうじゃん?」


「そっか、そうだよね……、ごめん」


「ううん。でも、クモリが私の事気遣ってくれて、うれしかった!」


 ハレは私に微笑む。……やっぱりまだ、眩しいな。


 


 食べ物だとか、歯ブラシだとか、生活に必要なモノを、店を転々として買っていった。それから、ハレの案で、買い物が一段落した後、私達は街中の喫茶店に向かった。


 落ち着いた雰囲気の喫茶店では、パソコンを開いて仕事に勤しむ人だったり、男女でテーブル席を陣取る様子だったり。ローファイの生み出す風情が、それらを一つの色へと纏め上げる。


「いらっしゃませ、お好きな席どうぞ」


 ハレは入り口から近いカウンター席に向かっていく。私も隣に座った。


 思えば、久しぶりに外へ出た。遊園地に来た子供みたいにきょろきょろと、店内を何度も見渡す。


「おねーさん、私カフェオレ!」


 おねーさん、と呼ばれたのでハレの方を向いた。しかし、彼女の視線はカウンターの方へ向いている。呼ばれたのは店員のお姉さんの方だった。


「お、ハレちゃん。わかったよ~!」


 カウンターのお姉さんは愛想良く返事をする。どうやら、ハレはこの喫茶店には何度も訪れているみたいだ。そんなことを考えながらボーっとしていると、今度は私の注文を聞かれたので、取り敢えずカプチーノを頼んだ。


 少し間が開いて静かな時間ができると、頭の中では色んな事が行き来する。どれも取るに足らない、仕様も無い事だ。


 外に出て、カフェに来てみて、変わりなく動く世の中。自分がこの世界で、ちっぽけな存在なんだと、そんな気がして堪らなかった。


「おまたせ~、カフェオレとカプチーノ」


 カウンター席の、私の前にコーヒーカップが置かれる。


「ハレちゃん、最近どう?」


「……? 元気ですよ?」


 ハレはカフェオレを口にしながら、店員の方を向いて不思議そうにする。


「なら良かった。いや、最近物騒じゃん? 連続殺人事件だっけ?」


「ああ、最近ニュース、そればっかりですよね」


 今、店員のお姉さんに、目の前の少女がその犯人だと言ったら、何が起こるだろうか。白い目で見られるのは、ハレか、私か。きっと、私なんだろうな。


「そ。だからハレちゃんも気を付けなよ~? ……っていっても、ハレちゃんは狙われたりしないか」


「どういうこと?」


「それがね、SNSで話題になっててたまたま見たんだけど。今まで連続殺人で殺された人、全員が全員、前科がある人らしいの。だから今、ネットでは犯人を応援する人まで出てきて、大変みたいなの。――で、ハレちゃんはいい子だし、狙われ無さそうだよね~ってこと」


「……当然だよ。人なんてみーんな、しょうもない事に意味を持たせるのが、大好きなんだから」


「……? どういうこと?」


「あ、いや、何でもないです!」


 その言葉を聞くと、店員のお姉さんは「そっか」と言葉を残して、私達の前から離れて行く。どうやら注文が入ったみたいだ。


 先程の一瞬、ハレの表情が、曇ってしまったように見えた。あんなにも眩しかったハレが。そして私は考えた。


「どうして、ハレは悪い事が、嫌いなの?」


「知りたい?」


 何となく、聞いてみたのだ。でも直ぐに、愚問だと気づいた。


 どうして少女は悪を裁くのだろうか。きっと、その訳は、私なんかには重たすぎるのだろうな。知って、苛まれてしまうなら、また私が何か背負わなくちゃならないのならいっそ、そんな訳は知りたくなかった。


「や、いい」


 今私は、ハレの表情の変化に、何らかの意味を求めたのだ。そのことに気づいた私は何となく、ハレと目を合わせる事が出来なくなった。


 そう思って私が目を離した途端――。


「ね、クモリ」


 グッと肩を掴まれて、思わず私は顔を向ける。


「今日は、楽しかったね!」


 私は今、少女と初めて目を合わせる事ができた。そんな気がした。――だって少女の眼は……、暗くて鬱蒼としていたから。


 


 ――今日私は、久しぶりに外に出た。少女が私を、外に出してくれたのだ。どうして、とか考える暇も無く、健気な少女は私を曇天から連れ出した。


 


 勿論少女にも、リスクはあった筈だ。私が逃げ出してしまえば、今まで聞いたことを警察に話してしまえば、少女はいつか捕まってしまうだろう。しかし、今思えば少女は、私を信じてくれていたのかもしれない。そう考えたら、意外と悪くない気分だった。ズルいじゃん、こんなにかわいい子がさ、私の事を信頼してくれてるかもしれないって、考えるだけで幸せだった。連続殺人犯だとか、善悪だとか、そういう事はもう後回しにしてさ。でもそんな幸せは、ずっとは続かないモノ。


 


 


 ある日の、いつもの時間。ハレは、煤を被ったみたいに汚れた身なりで、綺麗で可憐な顔には切り傷をつけて、廃屋へと戻って来た。


「……どうしたの?」


「……通報された。仕留め損ねて、ちょっと揉み合ったらコレ」


「……は? じゃあ……」


「うん。ココもヤバいかも」


 遂に来た。と思った。これが嬉しいか、悲しいかは、もうどっちつかずで分からなかった。


「じゃあ、逃げないと……、だよね。急ごうよ!」


「……」


「……ハレ?」


 ハレは苦虫を噛み潰したような顔をして、黙っている。


「……クモリは、逃げてよ。クモリの事は、まだきっとバレて無いから」


「は? 私だけ――」


「人ってさ、たまにアニメとか、漫画みたいな妄想をしたりするよね。自分が英雄になって世界を救ったり、或いはヒール、若しくはヴィランとして、プロバガンダに努めたり。そしてそんなことが出来たらいいな~。とか思うんだ」


 私は、私の言葉を遮って話す少女の言う事が、よく理解できなかった。ただその言葉は、自分を諭すためのものだと、何となく思った。


「けど、それって実現が出来ないから、どう足掻いても、どんなことを出来る人でも、そんなことは出来ないから、それが今よりも『良いこと』として頭で思えるようになってくる。そしてそれを、自分なら出来るんじゃないか。とか身の丈を違えて思っちゃったりする。自分が神託であるかのように、『良いこと』を振り翳すんだ」


 言葉の断片を合わせていって、ようやく分かった。少女は今、自分の事を言っているのだ。正義を現したかのような彼女自身の事を。


「でもさ、仕方ないじゃん。昔から人はそうやってきたんだから。冷めたような、シニカルな今でも、虚像に縋りつく昔からは、あんまり変わってないんだ」


「……」


「――行くね」


 そう言い残して、ハレは廃屋を後にした。――私は、動けなかった。


 私は、パッとしないまま、元の生活に戻った。こんなことがあったとか、他の人に言うことはできなかった。あの路地裏でのハレとの事は、胸の内に止めて置いて、その後も外に出すことは無かった。


 


 私は何も、悪人のままだった。



小鳥遊です。人の思想や考え方って、ちょっとやそっとじゃ変えられないですよね。私達や、彼女等の名前みたいに。


一応続きがありますが、この章だけでも読めるように書きました。ですので続きは、良ければで結構、気長にお待ちください。宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ