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人徳SSSの勇者は追放されたいし裏切られたいし仲間を寝取られたいしクビにされたいし無能だと思われたい

作者: 剃り残し

「お願いだ! 俺をこのパーティから追放してくれ!」


 人生で初めての土下座。パーティメンバーの3人の引き攣った笑いが聞こえる。


 顔をあげると、これでもかと顔を引き攣らせた三人が俺の方を見ていた。


 俺達の四人パーティ『漆黒の純白』は世界一と称されるほどの強豪パーティだ。俺はそのリーダーを努めているが、昨日俺は運命的な出会いを果たし、パーティを追放されたくなったのだ。


「追放されたいの?」


 そう聞いてきたのは歴代随一の剣聖として名高いカレン。緑色の目をパチクリとさせて、訳がわからないといった様子で聞いてきた。


「そうだ! 何も言わずに俺を追放してくれ! そして後悔してくれ!」


「ちょっと言ってる意味が分からないのですよ……チャイカさんがいなくなるようなことがあったらそれは後悔しかないのですけど……」


 魔術師のローブを脱ぎながらポリカがそう言う。ポリカは王国随一の魔術師。国王からの筆頭宮廷魔術師、つまり国一番の魔術師と公認される称号を蹴ってまで俺達のパーティにいる。


「な、なら寝取られてくれ! レコレス! お前は聖女だろ!? しかも幼馴染だろ!? 誰でもいい! 俺の身内でもその辺のおっさんでも! 誰でもいいから寝取られてくれ! そうしたら俺はパーティを離れられるんだ!」


「ええ……チャイ君、そんな性癖があるの?」


 聖女レコレス。彼女も俺のパーティの仲間だ。国教であるアンジュ教の聖女。つまり、国の宝だ。そんな彼女も俺の仲間で、幼馴染だ。


「それは……えっ、な、な、な、なんで? 昨日も皆で楽しく魔物討伐してたよね? 私達、何かしちゃった?」


 カレンは気まずそうに尋ねてくる。


「何もないさ! 何もないからつらいんだよ! もっと責めてくれよ! 俺は何もしてないだろう!? 無能だって罵ってくれよ! 冷たい目で見てくれよ! こ、婚約破棄でもいい! 誰か俺と婚約をしてそれを破棄してくれ!」


「うわぁ……完全にドMに目覚めちゃってるのですよ……」


「ち、違う! 俺は……」


 三人は俺の前でしゃがみ込み、順番に頭を撫でてくれる。


「チャイカは自分のやるべきことを果たしてるわ。私達3人じゃうまく行かないもの。晩御飯でも宿でも喧嘩する。それを仲裁してくれるのがチャイカの役割でしょ?」


 カレンは笑顔でそう言う。


「チャイカさんはなんだってしてくれているのです。私の魔力が切れないようにこっそり魔法石を調達して私に渡してくれているのですよ」


 ポリカには俺の支援がバレバレらしい。それに気づかず、無能だと罵って欲しいのに!


「チャイ君がいないとこのパーティは弱いままだよ。昔はそうだった。そこにチャイ君っていうピースがハマってうまくいったんだから」


 レコレスの説明はそのとおりだ。


 かつては3人でパーティを組んでいた。既に名前を刻むための石碑が用意されているくらいには将来を嘱望されているエリートの3人を集めたパーティは必ず最強になると目されていた。


 だが、実際はそううまくはいかなかった。


 三人はことあるごとに対立、西へ行くとカレンが言えば、ポリカは東へ行くと答える。その話を聞いたレコレスは間を取って南へ行くと言い始める始末。


 戦闘でも息が合わない三人は期待されたほどの戦果をあげることはなかった。


 そこで登場したのが俺。チャイカだ。


 俺は剣もそこそこ、魔法もそこそこ。何をやっても真ん中くらいの平凡な人間。


 だが、そんな俺も突出している能力があった。それが『人徳』。千年に一度。今の大帝国を築いたとされる初代皇帝も同じスキルで優れた人徳の持ち主だったらしい。


 そのせいで俺は楽しく暮らしていた家を出て、三人と冒険者をすることになった。


 そのことに後悔はない。喧嘩はあくまで個人の価値観がぶつかり合っているだけ。擦り合せれば問題はない程度の衝突しか起こらないのだから。


 だが、俺は憧れてしまった。


 追放され、クビにされ、寝取られ、嘲笑われ、そこから這い上がる主人公達に。


 帝都の街角にある本屋で立ち読みをしていた俺は『追放もの』と呼ばれるジャンルにドはまりしてしまった。


 彼らはどんな逆境にも理不尽にも耐え、自分の隠された力を発揮して頂点に登り詰める。そんな姿に憧れたのだ。


「それでも俺は……追放されたいんだ! そうすれば俺の隠れた才能が発現して……役立たずだと思われていた力が最強になって……それでお前らを守れるようになりたいんだ!」


「……そもそも論だけどそれって追放されないと成り立たないのですか?」


 ポリカが首をひねりながら聞いてくる。


「どういうことだ?」


「要するにチャイカさんは強くなりたいのですよね? それならわざわざ仲違いをするステップを踏まずに、私達に稽古をつけてもらえばいいのですよ。ここには剣、魔法、癒やしの達人がいるのですから」


「そうね。珍しくポリカの意見に同意するわ」


「私もそのとおりだと思うなぁ」


 カレンとレコレスもポリカに同意する。


「で、でも……あいつらは……」


「あいつら? 誰なのですか?」


「あいつらはあいつらだよ! 名前は忘れた! だけど……皆苦労の末に強くなってるんだ!」


「苦労……追放されるのが苦労なのですか? 魔法の修行はもっときついのですよ。それこそ私のことを嫌いになると思うのです」


「剣も然りね。そもそも剣を握れるまで何年かかるのか分からないもの」


「癒やしの力なんてもっとですよ。人の命が関わるんです。精神力を鍛えるために徹底的にいじめ抜かれます……もう戻りたく無い……」


 3人とも自身の修行の経験を思い出したのか、苦虫を噛み潰したような顔でそう言う。


 駄目だ。こいつらはいくら言っても追放はしてくれないみたいだ。


「も、もういいよ! 今日は遅いしこれで解散な。気をつけて帰れよ。あ、飲みに行きたいやついるか? 無理するなよ。明日からまた冒険に出るんだからな」


「えぇ、行くに決まってるじゃない」


「私も行くのです」


「じゃ、私もぉ……こっそりお肉食べちゃおっかなぁ……」


 しまった。いつもの癖でつい飲みに誘ってしまった。


 三人はニコニコしながら俺についてくる。


「なんだかんだで面倒見が良いから好きなんだよねぇ」


「カレンさん、そういう抜け駆けは良くないのですよ」


「ばっ……ちがっ……そういう好きじゃないから!」


「えぇ!? 幼馴染の私に話を通してからにしてほしいんだけど!?」


「お前ら……酒のんだら喧嘩するなよな……」


 行く前からこれだと先が思いやられるな、と思ってしまうのだった。

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