00、プロローグ
女主人公ですが、プロローグのみ別視点です。
「やっと見つけた」
クラフトは小さく呟いた。
今夜は王太子殿下の婚約者の選びも兼ねているため、国中の貴族令嬢が全員出席を求められているはずだ。逆に今日欠席する令嬢の家は王家に謀反の意志ありと見られてしまうので、よほどの理由がない限り出席するはずだと思っていた。
「これは確かに見つけられないな。ふむ。周りへの馴染み方は称賛に値する。それでいて取材もしているのだろうな。諜報員としてスカウトしてみようか。ほう」
王太子殿下の婚約者を夢みて華やかに着飾っている令嬢たちの中、薄いグリーンの腰壁と同じ色のドレスを纏い、明らかに目立たぬよう仕立てた姿だ。
クラフトの熱のこもった視線の先の女の子は目立たない装いを活かし、今夜の有力候補の公爵令嬢を筆頭とした女性グループの末端へたくみに近づき話を聞いている。
反対勢力令嬢が近づくと少し距離を取り野次馬と化す。決して巻き込まれないように静かに観察し、はじめから居なかったかのように壁の花の令嬢へと戻る。あの馴染み方なら市井の状況把握も得意そうだ。
「…なるほど。ああやってネタを仕入れているんだな」
「クラフト?どうした?気になる令嬢でも見かけたか?ついにお前にも春がやってくるのかぁ」
王太子殿下の婚約者選びに合わせてこの機会に独身同士に出会いをという思惑が見え隠れしている会場はいつもより浮ついた空気が漂う。
「…ああ。とても気になる」
なんてったって、『アレンドール王国物語』を書いた作者だからな。本人はまだ私にバレていないと思っているが、すでに裏はとれたんだ。あとは彼女から内情を聞くだけだ。隣国の暗殺事件の真相をなぜ知っていたのか。本人が関わったのか、だれかからの情報か。真相を知っているものは限られている。隣国の手の者が関係者にいることは間違いない。
「…え?まじか。どいつ?」
同期のハマールが近づいて俺と彼女の周辺へと目線を交互に動かす。
「ほぅ。あそこはクレッセント公爵家の派閥ってとこか。あそこの令嬢、有力候補ではあるが気が強そうだからなぁ。殿下の心を射止めるかはわからないなぁ。あの中のどの子だ?まぁお前は派閥にこだわらなくてもいいしな。なんてったって噂の氷鉄の補佐官殿だし。あ、聞いたぞぉ。ついに五十人斬りしたって?『あの氷鉄の表情で冷たく振られたい!』という強者のご令嬢もいるっていうから記録更新は続きそうだな」
“氷鉄の補佐官”。どんな賄賂や誘惑にも靡かないその姿が評価され、宰相の横で陛下につけられた名だ。さらに、私がアプローチしてくる女性をことごとく断ることでも有名になった。
「うるさい。結婚は考えていないんだ。告白されても幸せにできるかわからないのに責任もとれないからな。断るの一択だ」
「お前、結婚考えてないって言いながら気になる令嬢がいるって、分かってるのか?」
ハマールはニヤニヤと俺を見ている。気になっているのは仕事でだ。
「いや、彼女が気になるのは今調査中の件の関係者だからだ。ちょっと聞き込みしてくる」
「聞き込みって…おいっ。今かよ」
同僚が止める間もなく踏み出した。やっと直接会うことができる。今捕まえないとすぐに逃げられそうだ。これまでの調査で感じたんだ。あいつらは逃げるのが上手い。家族ぐるみで隠している。そうだ。二人で内密な話をするなら踊りながらに限る。それくらいは嗜んでいる。断ることはないだろう?
すぐさま壁の花へ近づき、彼女を追いかけて誘う。戸惑いを隠せない表情にしてやったりと思ったが、彼女は別の意味で戸惑っているようだ。こう見えて結婚したいランキングに入る自分だ。少なくとも顔は整っている方だと思う。自分からダンスを誘うことは滅多にないことも戸惑いの理由だろうか。ふふ。
どうしてあのタイミングだったのか。あの女に興味がありすぎて、周りが見えていなかった。あのときの俺の行動は確かに適切ではなかった。猛省しても後の祭り。
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