我が人生に邪魔者は必要なし。表舞台から退いていただきます。
「アリテシア・グラリオス、私は貴様との婚約を破棄する!」
この国の第一王子殿下の愚かな声が響き渡る。
私ことアリテシア・グラリオスはこの国の公爵令嬢だ。
そして今し方、大声を上げたデリオス第一王子の婚約者だ。
ふー。愚かな子供だとは思っていたが、残念だがこいつは大馬鹿者だった。
私は返事をすべく王子を見つめる。
くっ(笑)大馬鹿者よさらばだ。
「お」「兄上! それは誠でしょうか!」
えっ? 私の言葉を遮る人物が私の前に出る。
「ジョージオ第二王子殿下‥‥‥」
「あっ、アリテシア嬢。すまぬ。出過ぎた真似を」
「いえ。お構いなく。第二王子殿下」
私は言外にどうぞどうぞと促した。もろ手を挙げてお任せする。
馬鹿とのやり取りに労力を費やすのは全くもって無駄な行為である。
金銭対価も生じない。ただ働きは御免被る。
「チッ。なんだジョージオ。そうだ誠だ! 私はこの悪女との婚約を破棄する言ったのだ」
「それならば何故公式の場で突然言い渡されるのですか。それ相応の理由がなくば王子と言えども許されることではありませんよ」
デリオスは嫌そうな顔で。ジョージオは冷静に馬鹿な事を仕出かした兄に至極まともに理由を尋ねた。
おや。この男、常識がわかりそうだな。
私はこの男を常識のある人物だと好印象を抱いた。
ああ、常識人とは仲良くしたいものだ。
このような人物が上司だと助かるのだが‥‥。
「相変わらずお前は口煩いな。ふんっ! 私が破棄をすると望んだからだ。まあ理由を聞きたいのなら教えてやろう。私は真実の愛を見つけたのだ! そしてその愛する人をこの女は嫉妬から迫害したのだ! どうだこれが理由だ!」
なんと驚くではないか。子供ぽいとは思っていたがこれではまるで子供だ。
そう、駄々を捏ねる子供ではないか。
あ~(笑)これはこれは思いの外目的が達成しそうだ。
ふっ、順風満帆な人生を送る私の人生計画。
幸先が良いぞ。ああ早くこの馬鹿な王子よ、失脚してもらいたいものだ。
私が手を下すこともなく自ら破滅の道に向かってくれ。
そうそう。私を巻き込むなよ。(笑)
呆れ切っていたジョージオが信じられない者を見る目で問いかける。
「あ、兄上‥‥それが、理由なのですか? そのような私的な理由で? アリテシア公爵家の令嬢に衆人環視の中、婚約破棄を迫ったのですか」
確認するように言い直したその理由、聞けば聞く程、馬鹿らしい。呆れるしかない。見ろ、周囲の貴族達も呆れているではないか。全く。
リアクションに困る発言は控えてもらいたいものだな。
「う、コホン。あー兄上。それはそれはおめでとうございます。真実の愛でしょうか? それはそれは。私達王族にはなかなか巡り合うことが出来ないものです」
「ええ。そうですわ。おめでとうございますデリオス第一王子。貴方に相応しお相手を自ら見つけになられるとは流石と申しましょうか」
ジョージオと私は笑いを堪え、デリオスに祝辞を述べた。
様子を窺っていた周囲も声を上げて祝福をしだした。
おめでたい。おめでたい。と‥‥‥。
そう。おめでたい。こいつはおめでたい奴だと。
貴族社会は弱肉強食だ。弱みや隙を見せれば喰らい付かれる。
そこに情やお情けなどありはしない。
如何に自分の利を得るか、上に覚えめでたき人物と売り込むか。
我ら貴族は足を引っ張られぬよう追い落とされぬよう、戦々恐々な日々を送っているのだ。
王子などその最たるも。王子達は王になるべくお互い競い合う。辛辣な世界に生きているのだ。
栄耀栄華を極まるのは一部の勝ち組貴族である。
私は常に勝ち組にいたい。そして順風満帆な人生で生涯を謳歌するのだ。
私の人生計画を邪魔する者は排除するのみだ。ふん。
いま私達はこの国の学園卒業の祝賀会の会場にいる。
会場内にいるのは卒業生だが、エスコート役の部外者や在学生も場内にいる。
私とこの第一王子は同卒で、婚約関係にある。
18歳で卒業。2年後の成人を迎えて立太子(デリオスに問題行動が無ければ)そして私と結婚の予定であった。
だがしかし。
この王子は己の愚かさを自ら晒したのだ(笑)多くの貴族の目の前で(笑)
愚かだ。本当に愚かだ。
だがこれでこの愚か者との結婚もこいつが将来の上司になることも、お流れだ。おじゃんだ。白紙だ。ああ素晴らしい!良きことかな。良きことかな!
(ああー何と素晴らしい! ワンダフルだ! 我が人生最高の日ではないか!)
私は感極まって涙が出そうになる。だがしかしそんな無様な姿は晒さない。笑。
どうやらデリオスは周囲から認められ祝福されたと勘違いをしたようだ。馬鹿ものめ。
呆れを通り越して可哀想になる。
仕方ない今こいつは敗者に成り下がったのだから。
まあ、今まで奮闘してきた相手だ。同情はしてやろう。
ご苦労様だ。さて勝ち組からご退場いただこうか。第一王子。
この身分も今日‥‥までだろうな。
「であるからしてアリテシア! 私との婚約は破棄してもらおうか!」
ほくそ笑んでいたのですっかり忘れていた。
まだ続いていたのか‥‥。
「王子、この場での返答は控えたく存じます。後日、場を設けますのでご了承下さいませ」
「なっ! なんだと!生意気な!お前が悪女だから私の相手に相応しくない!責任はお前にある! それに私にはマリアンヌがいる!彼女こそ私の運命の相手であり真実の愛の相手だ!」
先程も言っていたな私が悪女だと? 何を言っているんだこいつは。
どうにもこうにも会話が成り立たんなこいつとは。お前の立場を考慮してやったのに。私の温情を無下にするとはな。
そもそも婚約者がいるのに他の女と浮気をしておいて何を言っているのだ。
今も浮気の証拠を公衆の面前で曝け出しておきながら、間抜けたことを言うとは。
そう、浮気の証拠。
婚約破棄を宣う場で浮気相手を同席‥‥‥いや今も腕に絡ませて何を言っているのだ。こいつらの頭の中は一体どんな構造をしているのやら。
デリオスの腕にしがみついている女‥‥。此方を睨みつけるのは止めて戴きたいものだ。どうでもよいが浮気女を侍らせて私に悪態を吐くこいつの神経を疑うな。おそらく周囲の者も同意見だろう。黙ってはいるが。
「あ、兄上。その態度で仰られては、どう見ても兄上が有責。浮気相手のご令嬢を連れて会場入りをなさっています。これには言い訳できません」
おお、常識人、代弁してくれてありがとう。
「な、なんだとジョージオ! お前は悪女の味方をするのか!」
いやだから悪女とはなんなのだ。会話になっておらんぞ。全く。
「兄上、今は悪女の話などしておりません。貴方は婚約者を蔑ろにして、それで他のご令嬢をエスコートしております。婚約者に対して余りにも非礼です。どんな理由があろうとも上に立つ者のすべき行動ではございません。何故道理から外れたことをなさったのです」
「なんだと‥‥」
「お、王子これは…」
デリオスの取り巻きが状況の不味さを感じ取りデリオスを諫めようとしている。
ああ、早く終わらせて欲しいものだな。時間の無駄ではないか。我ら貴族は忙しいのだよ。全く。これ以上時間外労働はしたくないのだよ。仕方ない早く帰るためだ。
「デリオス第一王子殿下。陛下からの御許可はいただいていますか。このように唐突に公言なさったのです。勿論、陛下の命でございましょうね。まさかご命令もないのにわたくし達の婚約を破棄なさろうと?」
面倒この上ない。この場は伝家の宝刀を使ってさっさと終わらせよう。
「デリオス第一王子殿下。わたくし達は陛下のご命令で婚約を結びました。破棄にしろ解消するにしろ陛下のお許しなくては出来ません。当たり前過ぎて言いそびれましたか王子殿下」
勿論、許可など貰っていないのは明白。
陛下がご自身が下した命をそうそう撤回など出来ないのだ。
だから私も我慢して幼少からの婚約を今まで受け入れていたのだ。
ふっ(笑)保険を掛けておいたがね。
ああ愉快だ。今こそ保険が役立つ時だ(笑)
「皆様、ご静粛に」
この場を収めるのに動き出した学園長の顔色は悪い。
そうだろうな。毎年何人かは羽目を外す愚か者がいたとしても王族自らやらかしたのだ。驚いただろうし、煩わしいだろう。
「えー今日この場は我が魔法学園の卒業を祝う場でございます。趣旨に反することは例え王族と言えど看過できませんな。デリオス第一王子殿下。弁えなされ」
とうとう学園長自らか。さてデリオス、どう出る?
「な、お前こそ私はこの国の第一王子だぞ。無礼だ!」
おいおいこの学園に身分を持ち込むのはご法度だぞ。
特に王族の権力は生半可ではない。上に立つ者ほど使い処を厳しく見定められる。またもや、やらかしたな。
「‥‥デリオス第一王子殿下お言葉ですが、この学園では身分をひけらかすことを許してはおりません。本日卒業したからと言ってまだ祝賀会も始まっておりません。早々規定を破って身分を振りかざすのですかな」
「うっ‥‥」
返す言葉はないか‥‥。全敗だな第一王子。
「まっ待ってください!学園長! 身分と仰るのならそのアリテシア様こそ身分をひけらかしました。身分の低い者として私をいじめたのです」
ここに来て王子の腕に絡みついていた女が参戦してきた。
(何だこの女‥…)
「ふむ。貴女はマリアンヌ嬢でしたかな。王子にも言いましたが貴女もですか。今日の趣旨に反する行動は控えて貰いたいと私は申しましたが。聞いておりましたかね?」
「えっ?」
「貴方方はこの学園で何を学んだのでしょうか。これは学園の卒業許可を再考しなければならないようですね。いやはや。然し貴方方の今後を考えれば致し方ありませんな。では後日再考会議を行いましょうか。それまで貴方方の卒業許可は保留です。陛下には私が責任を持って進言いたしましょう」
「へっ?」「えっ?」
「さてさて卒業生諸君。そろそろ祝賀会を始めましょうか。では卒業保留の方々はご退場いただきましょうか。先生方誘導をお願いしますぞ」
王子と女と取り巻きが先生に連れて行かれた。
連れて行かれる際も騒いでいたがこれは無視だ。無視されていた。王家の威信などあったものではない。みっともない。
だがしかし。これは予想外だ。
予定としては激昂でやらかす王子を陛下の元にしょっ引いて婚約を解消させ慰謝料を踏んだくる‥‥だったのだが。
ふむ、予定と少し違ったがこれならよしとするか。そうこれは想定内だ。
王子の失態には変わりはない。よし今から父上に報告だ。それで陛下に進言していただこう。
ふふ(笑)狙い通りの婚約解消だ。馬鹿な王子との結婚は白紙だ。幾ら最高権力機関の王家に就職とあってもあんな愚鈍な王子の子守など御免被りたい。割合が合わないのだ。自由な裁量など妃では無理だろう。
私は最高機関でなくともそれに準ずる権力があればそちらでも構わない。
それに準する‥‥我が公爵家が最適なのだから。
さて公爵家に戻ろう。戻ってこれから我が身の振り方を考えねば。
ああ、そうだな領地は兄が受け継ぐから私はその兄の手助けということで居候させてもらおうか。嫁になど行くものか。居候で老後も面倒を見てもらうのだ。
ふっ。領地経営なら手伝ってやってもいいぞ。面倒なお茶会は兄が出ればいい。
ああ、私は兄の後ろで悠々自適に暮らそうではないか。
素晴らしい! 我が人生を謳歌しようではないか!
ー完